第3話 『心域観測』
あれから、もう何度も彼女は迷子になった。
屋上や校庭、コンビニや雑居ビルまで。
あらゆる場所に移動し尽くした。
「うう、眠い……」
だらしなく見られるかもしれないけど、今はそんなことを気にする気力もない。
「大丈夫~?」
「ありゃ、来たばっかなのに随分とお疲れだな」
もう限界だ。心も体も疲労困憊。
それなのに、当の彼女は仮眠を取っている。
もう少し労わってくれてもいいのに。
端から期待していないのに、疲労から心の叫びが漏れ出る。
また溜息一つ。
「おや?何故登校したばかりなのに、もうゾンビみたいなのかな?」
「え?」
えっと……どちら様でしょう。
こんな爽やかな美少女に知り合いはいないと思うのだけれど。
「あ……もしかして私のこと知らない?」
「すみません、まだ男子すら名前と顔を覚えていないので……」
「いや、大丈夫。では改めて、
少し止まった、気がする。錯覚かな?
軽く頷いて、言われるがままに握手を交わすと、満足したのか元気よく立ち去ってしまった。
「怪しい……!」
耳元で眠そうな声が響いた。目を向ける頃にはもう机に突っ伏していたけれど。
それにしても……どうして一瞬だけ止まったのだろう。
てっきりどんどん停止時間が延長されていくのかと予想していたから、嬉しい誤算ではある。でも、間隔が短いのが気になる。
それがずっと頭を
無意識に板書は写してあるけど。
よし、今日はどっか行っていない。
「帰ろ」
「そうだね」
こんな何でもない日常が続けばいいという願いはきっと神には届かない。
こんな呪いを持っている時点で、事態に巻き込まれることはもう予想がついていた。
「助けて、助けて!」
そう叫びながら、その少女は鈍器片手に襲い掛かってくる。
速い。追いつかれる。
——死ぬ。
「私を一人にしないでぇー‼」
「うわぁぁぁ!」
やっと目が覚めた。凄く目覚めが悪い。
一体何だったんだ、あれは。
予知夢でないことを祈るばかりだ。
「はぁ……」
別に夜更かしをしたわけでもないのに、溜息と欠伸が絶えない。
それもこれも全部、あの夢の所為だ。
「だいじょぶ?グッジョブ?」
「どちらかというとバッジョブ……」
あ~眠すぎてまともな会話も出来やしない。
今日の授業は百倍しんどくなりそう。
後から考えると授業時間はあっという間に過ぎていた。
それはつまり、僕がずっと眠りこけていたということに相違ない。
いつも通り纏わりつく彼女を率いて、帰路に立とうとしていた時のこと。
「ん?なんだこれ」
下駄箱になんか入ってた。手紙であることは間違いないのだが、問題は内容だ。
「それは……ラブレター?」
「いやいや、そんな訳ないでしょ……」
よし取り敢えず開けよう。勘違いして欲しくないのだが、これはあくまで重要な要件かもしれないから、一応確認するってだけで、万が一にも有り得ない恋文的なあれだと信じているわけではない。
いざ封を切るとなると緊張するなぁ……
パンドラの箱じゃないことを祈る。
なになに……
『一目見た時からあなたの事が好きでした。もしよろしければ、今日、屋上に来てください。』
「やはり、ラブレター?」
「そう、っぽい……」
正直な気持ちを述べるならば、勿論嬉しい。でも……
匿名なのが少し気になる。あと、恋文にしては内容が簡潔過ぎるような。謂わば業務連絡のような。
「行く?」
「そうだね……行ってみないと分からないだろうし……本人に会って質問すればいいか」
考えてみると、屋上に来たのは今日が初かもしれない。単純に機会が無かったのだけど。
扉を開くと、確かに女子生徒らしき人影が確認できる。
「来てくれたんですね」
特にこれといって気になる点も見当たらない、至って普通の女子高生が目の前に立っていた。少し気になったのは首にかけたヘッドホンぐらい。
「この手紙は君のものだよね……?」
「はい、その通りです」
「本当に宛先は僕で合ってるんだよね」
「間違いないです」
疑り深くなっていたかもしれないけど、彼女から余り恋愛的な感情を感じない。
他人だから当然なのだけど、妙に余所余所しい。
「失礼だけど、君の名前は?」
「私は
うーん、名前を聞けば浮かぶと思ったんだけど……
全く心当たりがない。
一分ほど間が空いた後、彼女はこちらを窺うように口を開く。
「それで、答えの方を伺っても……?」
どうしよう。彼女のことは知らないけど、断る大層な理由も無いし……
迷った末、決断を下す。
「ごめん。君の事をよく知らないし、僕には無理だと思うよ」
「そんな……」
彼女が上目遣いでこちらを見つめ、何の脈絡もなく手を握る。
その時、また時が止まった。
「なんで……」
予想外の時間停止に戸惑う。
取り敢えず僕は彼女の手を振り解き、いつ解けてもいいように定位置で直立したまま、彼女を観察する。どうしても腹に一物あるような気がしてしまうのは、僕の所為なんだろうか。
体感で五分経った頃、また時は動き出す。
僕の手が腰の横に戻っているのを見て、彼女は冷めた顔をして後ろを向き、舌打ちをした。
やっぱりか……
僕はとても複雑な気分だった。自分の勘は正しかったが、そうあって欲しくなかったという思いもあった。所謂希望的観測に傾きそうだったのだろう。
「あー腹立つ。ホント反吐が出るような演技は疲れるわ。他の能力者利用してとんとん拍子で進む手筈だったのに。なんでこう面倒臭いんだか」
「もしや、君は……」
「そう、能力者。言葉にするだけで馬鹿馬鹿しくて笑えてくる」
何と言うことだ。こんなにも早く遭遇してしまうとは。
うん?ちょっと待ってくれ。
何故彼女は僕が超能力者だと知っているんだ?
廻神が話したとか……いやいやそんな訳は……
「因みに誰から教えてもらったとかじゃないし、廻神とかいう怠け者女は関係ないから」
な……廻神のことも知っている⁉
じゃあ、彼女は一体どうやって情報を……?
「それは簡単な事よ。それが私の力」
「能力ってまさか……」
「そう、私の能力は——」
今までのことから推測すれば一択に絞られる。それが事実なら世界を破滅させることも容易いくらい危険な存在だ。
「——『心の中が分かる』最高の能力」
自身の予想が当たってしまい、絶望した。
「嘘だ……」
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