第2話 『神出鬼没』

 真面なスタート無しに、青春の鐘が鳴るわけもなく。

 なんとも影の薄い日々を送っている。

 あの出来事が功を奏したのか、親しい友人は出来た。

 まあ、初日から遅刻するようなやからは、多分自分が相手の立場であっても、多少気になるものだろう。教師側の印象は最悪だろうけど。


「いや~まさか、入学式の晴れ舞台に遅刻する生徒がいるなんて思いもしなかったよ」

 軽く微笑むその男子生徒は、至って普通、強いて普通じゃない点を挙げるなら、自分なんかとつるもうとしたことだ。きっと悪い奴じゃないけど。


「本当、ビックリしたぜ。どれだけ度胸があるんだと思っていたんだがよ、期待外れだったな」

 いかにもノリの良さそうなオーラを放っているのは、適度に制服を着崩した、運動部気質のがたいの良い男子生徒だ。

 前者が尾崎、後者が佐伯だ。


「はあ……散々だった」

「またまた。よく見るとあの子可愛いじゃん。なんか来てから寝たきりだからじっくり見れてないけど……」

「全く以てその通り。女子と関われるだけマシってもんだ」

 そう笑いながら、二人揃って僕の肩を叩く。

 相変わらず適当だ。でも、これでいい。

 そんな意味のない会話を続けていると、着信音が鳴る。


「ごめん、ちょっと」

 廊下を小走りして、今は誰もいない手洗い場の窓辺に来た。

 相手は「Dr.」だ。


「もしもし」

「電話したら三秒で出ろと言っているだろう?」

「今日は何ですか?」

「何だい?その冷たい態度は。まあいい、君『神出鬼没』と接触しただろう?」

「それは彼女のことですか……?」

「いかにも。素晴らしいネーミングだろう?」

「それはどうでもいいとして、ご用件は?」

「……そういえば、君には他の超能力者の存在を示していなかったと思い出してね」

「それは薄々分かっていました。ただ確信が持てなかっただけで」

「ふーん、ならいい。かく忠告しておこう……」

 性別不明なため、博士で通すことにする。

 博士は、無駄に間を空けて真剣そうに言った。

「彼女から、眼を離さないように」


 プツンと切れた。一体何なんだ、あの人は。

 いや、そもそも人かどうかすら怪しい。ロボットかもしれないし、エイリアンかもしれない。

 態々彼らが人語で喋ろうとするとは到底思えないけど。

 でも、可能性の一つとして有り得る。

 こんな奇妙な呪いがあるのなら、UMAの一体や二体居ても不思議ではない。

 話が逸れたけど……「彼女から目を離すな」ってどういう……

 

 ふと彼女の机の方に目をやる。

 いない。

 さっきまで、ぐっすり寝ていたのに。

 まさかとは思うけど……

「どうせ、手洗いかトイレでしょ……」

 次第に不安は増大していく。

 最後の時限の最後まで、彼女は姿を見せなかった。

 博士の話が本当なら、彼女は何処かに瞬間移動をしたことになる。

 博士風に言うと、空間跳躍だったかな……

 僕は自分のに加えて、殆ど空っぽの鞄を持って、学校を飛び出した。




 彼女を何故か必死に探してしまっている最中、また突然電話が振動した。


「よし、今回の記録は二・三五だー。引き続き励むように!」

「そんなのはどうでもいいです。何ですか?」

「いや、もうじき彼女がワープする頃だと思ってね」

「はいはい、当たりです」

「もう雑だなぁ……まあ、いいや」

「それで?」

「あ~そうそう、君の携帯に彼女の座標を送ったから。あと、彼女の携帯の位置情報が確認できるようにしておいた」

「いつの間に……またハッキングですか?」

「いいや、今回は違う。彼女と接触して携帯をくすねて、プログラムその他諸々を入力して、落とし物と称して届けた。先見の明というやつさ」

「それ、もう犯罪なんじゃ……」

「ちっちっち。少年、昔から言うだろう?観測されなければ、事象は起こってないのと変わらない。犯罪も同じさ。発覚しなければ、罪には問われない。もっとも、僕に罪悪感などないけどね」

 そう、博士の一人称は「僕」。まあ、男だと暫定しておこう。


「じゃあ、切りますよ」

「はいはーい。頑張ってくれたまえ」

 即ポケットにしまい、その座標を目指した。

 

 そこは単なる空き家だった。

 ブロック塀を乗り越え、彼女を捜索する。

「おーい、どこにいるの〜?」

 応答はない。また眠りこけているのかな。

 予想通り、硬い木の床の上で死体と見間違えるかと思うほど、すやすやと寝ている。

 俯せだから余計に。

 その寝顔は一言でいえば、赤子のようである。

 起床を待っていたら日が暮れてしまうので、肩を揺すってみる。


「おーい、起きて~」

「うん?あと五分だけ……」

 そうはさせるかと、肩を両手で掴み、身体を無理矢理起き上がらせる。

「ふわぁぁぁ……どうしたの?」

 欠伸と共に出た涙を垂らしながら無知な怠けた顔でく。

「どうしたも、こうしたも、君を捜しに来たんだけど」

「なぜ?」


 よく考えたら、どうして僕は彼女が行方不明になって焦ったのだろう。

 ただの他人なのに。

「え~っと、それは……」

 自分でもそんなこと分からない。だから答えようがない。

 すると、彼女は何かを悟ったように頷いて。

「うん、成程。大丈夫、何も言わなくていい」

 顔に出ていたのか、彼女はほくそ笑みながら続ける。

「ずばり、私が好きだから!」

「は?」

 勝手にどこかへ消えたと思ったら、想定外のこの発言。

 流石に僕の頭も機能が停止しかけた。

 絶句から抜け出し、呆れて告げる。

「違うの?」

「全然違う」

「そう」

 さっきの悪ふざけで体力を消費したのか、また深い眠りへと落ちた。

 本当に彼女が何を考えているのか分からない。

 というか、彼女に出会ってから混乱しっぱなしだ。

 今度、詳しく話を聞かないと。

 これからの指針を決定してから、気付いた。


「あ……!」

 そう、彼女を持って帰らなければいけない。

 家の場所が判明しているのは不幸中の幸いだ。

 でも、お世辞にも軽いとは言えない。

 人間なんだから当然ある程度の重量はある。

 その後、彼女を背負いながら帰途に立ったのは言うまでもない。

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