「超」能力研究論
四季島 佐倉
第1話 『時間停止』
まただ。また止まった。
この目に映る全てが。
森羅万象、万物が。
ただ一人、僕だけを除いて。
「はぁ……」
なんか、飽きた。
この光景を何度見ただろう。
写真のように静止している。
けれど、立体的だ。
何の暇つぶしにもなりやしない、詰まらなく、そして恐ろしい呪いだ。
『時間停止』
それが自分に与えられた運命か。
ちっとも嬉しくはない。
ある人間は、この現象を引き起こす鍵的存在の能力を超能力と命名した。
なんでも、超能力といっても、念力やテレパシー等を連想させる方ではなく、超、つまり超自然を巻き起こす、又はそれに巻き込まれる能力、宿命だと言いたいらしい。
足で地面を鳴らして、苛立ちを表現しても神様は慈悲をかけてはくれないようだ。
「戻った……」
世界は再び、再生ボタンが押されたのか、時が取り戻されて動き出す。
毎回冷や冷やさせられる。なにせ止まったからといって、ちゃんと元のように歯車が噛み合って、再起動するという保証もないのだから。
永遠に停止空間に閉じ込められるよりは、死んだほうがマシだ。
死ぬ度胸もない癖に、またそんなことを考えてしまう。
こんな境遇でなければ、もっと人生を楽しめたのに、という言い訳はもう出尽くしていた。
さて、僕のこれの詳細について、少し掘り下げておこう。
効果:時間停止
原因:不明
当事者である、自分にでさえ、これ位のことしか解らないのだ。
あと、この現象は意図的ではなく、無意識に、僕の意志とは関係なく起こる。
制御できるのならば、こんな詰まらなくて無駄な時間を増やすような真似をするこいつをとっくに封印しているだろう。
停止しているとき、運動は全て止まるが、解除されれば再び変化せずに動き出す。
一応、停止している間も物体を動かすことは可能なのだけど、移動させることによって未来が大幅に変化してしまうことを恐れて、何も試せずにいる。
このことは自分の中で永久に保存しておくつもりだ。時間停止など、ばれっこない。
止まった時間の中で、観測者がいるとは思えないからだ。
故にその点については特に問題はない。
呪いだと天に嘆きながらも、密かに己が特別であるということを噛みしめて、喜んでいる自分がいたことは否めない。
さて、僕はこの四月からめでたいというほどでもない、高校入学を果たすわけだけど、なんとそこは徒歩で通えるのだという。
ただそれだけの理由で、選んだわけだ。おかげで面接の際に志望理由をでっち上げるのが大変だったけど。
*
昔から変わらぬ時計の目覚まし音に、むくりと起き上がる。
備えあれば憂いなし。昨日の晩八時には床についたから、十分睡眠もとれた。
「よし!」
ベッドに座り込みながら、自らを鼓舞するが如く、拳をつくる。
着替えようとベッドから下りると、足元に何か起きっぱなしにしていたようで、妙な感覚を足裏に覚える。
「ん?」
はて、縫い包みは……持っているわけがないし。布団は……この家には無い。
僕はそれの正体を知るために毛布という名のベールを剥いだ。
唖然とした。それはこの部屋に、この家にある筈のない物だったから。
いや正確には物ではなく、人なのだけど。
何故か制服姿の女子高生が、そこにはいた。
これは……まずい。
全く心当たりがないけれど、非常に誤解を生みそうな状況ではある。
僕が連れてきたのか?いや、こんな子は知らない。そもそも女子高生に知り合いはいない。
酒は飲んでないし、何か徘徊して、人攫いを無意識に起こさせるような病にはかかっていないと思うけど……
若しくは実は多重人格でした、というオチは……有り得ないか。
何度目を擦っても、その眠り姫は視界から消えなかった。
「うん……うにゅ?」
目に涙を浮かべ、大口を開けて欠伸をしながら、彼女は起き上がった。
「……」
傍で立ち尽くしていた僕と目が合った。
殆ど半開きだったが、大体解っただろう。
その刹那、僕の脳内では面白い具合に、感情と情報が飛び交った。
この子は誰なのか、と自問自答を繰り返してみたり、訳の分からない状況に戸惑いながらも、通報されて冤罪で捕まることを恐れてみたり。
しかし、その不安は彼女の一声で一切合切吹き飛ぶことになる。
「また、かぁ~」
また?何を言っているんだ、この寝起き少女は。
まだ寝ぼけているのだろうか。それならば、今のうちに外に放り出してしまおうか。
その言葉の真意を探ろうか迷っていると、急に彼女は立ち上がった。
なんか、若々しい
そして、こう言い放った。
「お腹空いた~!」
「え?」
「だから、ご飯!」
「あの、一応聞くけど、初対面だよね……」
さあ、どうだ。顔見知りだったらそれこそ、もう自分を信じられない。
「だから、何?」
不機嫌そうに聞き返す。初対面の相手に飯を
まあ、僕も知らなかったとはいえ、踏みつけたけども。
僕は問い質すことを諦めて、一先ず朝食にすることにした。
心が拒否していても、身体は自然に二人前を作っていたのだから、なんとも無意識とは恐ろしい。
我が物顔で食卓に居座る、彼女。
目玉焼きを運ぶやいなや、
無礼極まりないのに、いただきますとごちそうさまは言えるらしい。
それが誰に向けたものかは解りかねるけど。
朝食を食い終わって、漸く事の厄介さに気づいた。
「私の家ってどこ?」
「は?」
そんなこと知らないよ。最早持て成すに値しない、迷惑な客人だ。
ここはもう、逃走に限る。
「じゃあ、僕は学校に……」
「待って」
背後から抱き着かれ、いや絞められた。こんなにロマンティックの欠片もないハグを僕は知らない。眠そうにしながらも、その腕力は獣を殺せそうだと思うくらい、強く
どうしようもなく、コアラのようにしがみつくその枷を背中に持ちながら、歩き出した。
待って。流石にこの格好で街中を進むのは危険では?
「あの……離れ……」
「断る」
「でも」
「断る」
「じゃあ、せめて腕にして」
「仕方ない、私を一生養ってくれるのならば、考えないでも……」
「嫌です」
寝言はさておき、彼女をやっとのことで背中から剥がせた。
まだ、腕を拘束されているのだけど。
なんか犯罪者みたいに手を後ろに捻って、がっしりとロックされている。何だろうこの仕打ちは……
その感触を感じる余裕もなく、信用できないナビに沿ってその家を目指す。
「ここ……?」
表札には廻神と刻まれている。
文句を言いたい気持ちは山々だったけど、時間の猶予も無いから、諦めざるを得なかった。
「こんにちは……」
呼びかけても応答がない。
「私一人……」
それを先に言ってほしい。
足早に玄関から彼女の自室に向かった。
「なんだこれ……」
僕は絶句した。無造作に置かれた、教科書や参考書の数々。
ゴミ屋敷か……
剰え菓子の袋や文房具も散らかってる始末。
想像はしていたが、本当にどうしようもない。
片付けは
「何もいらなくない?」
「はい?」
「だってずっと寝てるし」
学生の本分である勉学を放棄した、その女は開き直るように断言した。
じゃあ、ここに来る必要もなかったのでは、と責め立てる余裕は無さそうだ。
「取り敢えず、行かないと!」
「お~」
全然やる気の籠っていない、賛同する声が途切れる前に、僕は急いでそこを後にした。
寄生虫のように腕に付着したままの、ぐーたら少女を半ば引き摺りながら。
高らかに鳴る鐘は解りきっていた絶望を再来させた。
こうして、登校初日から
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