エピローグ後編 1年後の夏 妖狐
24時を過ぎ、ラボの照明が暖色系のライトに切り替わる。プシュッと音がして、コールドスリープ装置のガラスケースが開き、金毛の狐が目を覚ます。
『脈拍正常です。尻尾が再生いたしました』
腕に抱きあげると琥珀色の瞳が一瞬開いて、またすぐに閉じてゆく。
「ノーア、彼女はまだ眠いようだ」
ふさふさした二本の尻尾を撫でてやると、狐は気持ちよさそうに体を丸める。
『覚醒しました。マスターは狸寝入りしています』
「プッ、狐なのに?」
笑うと、手の中の毛玉がビョンと空中で一回転してブロンドヘアの美しい女性に姿を変える。
『
ノーアがパネル照明を派手に点滅させる。拍手音が鳴り響き、小包BOXがガタンと音を立てて、畳まれた白衣が取出口に転がり落ちる。
「おかえり、来未」
白衣を広げ来未に羽織らせ、頬を撫でる。半年ぶりの彼女の輪郭にやや緊張する。
「ただいま、流くん」
『裸で成人男性の前に立つ行為は至極危険です。白衣の釦を留めてください』
「構わないわ」
「い、いや、構うかも」
「そう?」
『あたり前です、あたり前田のクラッカー。覚醒万歳、おめでとう!』
ノーアはよほど嬉しいようで、また拍手音を響かせる。
「そもそも何で目覚めの時刻が真夜中なんだ?」
「あら。だってデザートは夜が美味しいし、どのみちこの部屋には窓なんてないじゃない」
「デザートって君……」
身体が熱くなる。ずっとこの日を待ちわびていた。自分が目覚めた瞬間を繰り返し思い出しながら、彼女はもっと長く待ってくれていたのだと、感謝しない日は無かった。
「来未……」
「ノーア、熊のティラミスは食べ頃かしら?」
手を伸ばそうとすると、来未はふぃとコールドスリープ装置の方を向いた。よく見ると寝台の足元の部分に小さなリボン付きのカップがある。
『解凍されています。召し上がりますか?』
「もちろん」
川蝉のデザートをえらく気に入った彼女が、コールドスリープ前に足元に忍ばせておいたものである事に気づく。
「ああ、美味しい! どうしたの流くん、耳まで真っ赤よ」
「な、何でもない。ところで尻尾の再生は一本で良かったのかい?」
白衣の裾がめくれ上がって、二本の尻尾が揺れている。最近寛ぐ時、彼女はこのスタイルである。
「また眠れば良いもの。それより私からの課題は済ませたのかしら?」
「あ、あれか。実はニューロンのあたりがよく分からなくて、途中で……」
「何ですって!?」
ブロンドヘアが逆立ち、ティラミスの蓋が握りつぶされる。
『脈拍、血圧が異常です!』
ノーアが警告音を鳴らす。猫男爵のシーツが宙に浮き上がり、枕がバシッとソファにぶつかる。
「な、何だか君、妖力が増してないかい?!」
「尻尾が増えたんだもの当たり前よ」
「えっ」
「あなたは本当の化け狐をまだ知らない、覚悟しなさいよぉぉ」
最愛の人は不吉な笑みで、ティラミスのたっぷりのった匙を俺の口に突っ込んだ。
おしまい。
金色の妖かし 翔鵜 @honyawan
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