エピローグ前編 1年後の夏 学園
風鈴の音の心地よい、次の夏がやってきた。
「流先生!」
俺は青空学園で、夏の間だけ臨時教師を勤めている。普段は大学に通いAIを学び、休日はラボの経営に奔走する二足の草鞋生活である。
「今日は青空ランチにしよう。外に椅子を並べて」
「はぁい」
桃花が手をかざすと、向日葵がそちらを向く。彼女は植物の成長を促すことのできる不思議な能力を持っている。
「五十川先生は今日が最後ですね。ご苦労様でした」
佐藤新校長が眩しそうに手をかざしながらやってくる。トレードマークのパンチパーマが短めの七三分けに変わっている。
「佐藤先生、イメチェンですか?」
「校長になりましたので、ストレートパーマをあてました。癖っ毛は生徒受けが悪かったもので」
「あれは癖毛でしたか……」
「半分はゲン担ぎです。この学園はこれから良くなりますよ」
佐藤はテーブルに加わると、格闘家らしく豪快に食べ始める。
事件はといえば、ノーアの復号化した送金記録がきっかけとなり、紋太の母親殺しの被疑者として六光会の屋敷という男が送検された。屋敷は教団に全財産をつぎ込んでおり、教祖の命令には絶対服従のいわば教団の飼い犬であった。
屋敷は供述の中で、元校長が呉竹美紀の殺害を教祖に指示、自分は教祖の指示で犯行に及んだのだと語った。動機は母親が転校に同意しなかった為であった。
「良い金蔓だと思った」
また彼は元校長を恐喝し、数回に渡り金を巻き上げたが、その事実が教祖に漏れ、お仕置きを受けた腹いせに、校長室の薬を持ち出したのだと悲しげに付け加えた。
その後の捜査で、学園の経営陣が校長の横行について黙認していたこと、六光会は資金繰りの為に大麻を育てていた事などが芋蔓式に発覚したが、自力党は関与を全否定、三者の繋がりを示す証拠は出ず、能力開発が諜報員の育成目的だったのかどうかも不問に付された。
――「いつの時代も権力者は醜いわ」
来未は紋太の密室トリックの証拠品を提出しなかった。彼女がどんな人生を歩んできたのか、苦い経験を経ても尚、人の姿をしているのは何故なのか聞いてみたいと思ったが、未だ機会に恵まれないでいる。
「先生、いつでも来てね」
桃花がポロシャツの裾を引っ張る。青空学園は経営陣を一新、『自然の中で溢れる個性を育てる』の謳い文句で、不登校児の受け入れに注力するなどしながら経営を保っている。
「もちろん、来るよ」
チリンチリンと靡く風鈴に、子供達を護ってくれるよう願いを込める。
「途中まで見送るよ!」
生徒を代表して紋太と俊介が駆け寄ってくる。色々あったが、ともかく学園には先生が戻り、生徒には笑顔が戻った。
「じゃ、みんなの事頼んだぞ」
オフロードバイクに跨り、二人の頭を撫でる。
「おう、任せときぃや!」
紋太が自分の胸を叩く。
「先生、恋煩いはどうなったの?」
俊介が小声で尋ねる。
「ああ、彼女は今眠っているんだ。今夜目覚めるよ」
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