第19話 川蝉の新作デザート

「それで、また引き下がってきたのか」

平次は目を見開いてがっかりと言わんばかりに両手を上げた。『川蝉』は本日も伽藍堂で、冷房の効いた店内は居心地が良い。

「過去に付き合った男は一様に彼女が妖孤だと知って酷い仕打ちをしたらしい。山に罠を仕掛けたのも恋人だったそうだ」

「尻尾が減ったのは祟とか呪いなのか?」

「さあ、俺はそっち方面はサッパリだよ。蜥蜴の尻尾みたいに再生すれば良いのだけれど」


雑誌を開くと、みどり園の記事が目に入る。毎年恒例の天の川イベントが開催されたようで、カップルのインタビューが載っている。

「あたしは今年、行きましたよ。そのイベント」

店主が餡蜜を運んでくる。近ごろ新調したエプロンには、店の名にちなんだ鮮やかな水色の鳥が描かれている。

「マスターが? 奥様とですか?」

「いやぁ、実はバツイチでして、お恥ずかしいですがコレと」

そう言って小指を立てる仕草にもついつい笑みがこぼれるのは、人柄故である。


「あれ、黄色いチェリーに変えたんですか?」

「着色料を気にされる方もあるんでね。時代ですよ、仕方がない」

もの寂しい気分でそれを口に運ぶと、これはこれで味は悪くない。

「あたしゃ、外見てのはあまり関係ないと思いますよ。むしろ、ロボットじゃなくて良かったじゃないですか。思う心があれば、恋愛は可能です」

「マ、マスター聞いていたんですか?」

「そりゃまあ、初めて聞いた時はおったまげましたがねぇ。でもまぁ、良かったじゃありませんか。自分が死んだ後の奥方の気持ちを考えたら、共に死ねるのも悪くないんじゃないですかね」

大胆な発言をした店主は涼しい顔で水のお代わりを継ぎ足して行く。


「マスター来てやったぜ! あれ平次何してんだ?」

カランコロンと爽やかなベルチャイムが鳴り、現れたのは皐である。束ねた銀髪の後れ毛が、汗で白い肌に纏わりついている。

「皐こそどうした?」

「試作品を食べに来たんだよ。若い娘の意見が聞きたいらしくてな。マスター出してくれ」

「はいはい、只今」

店主がカウンターの奥へ行くと、皐は平次の太腿に尻を下ろし、飲みかけのアイスブレンドに手を伸ばす。


「皐さん、昨夜は迷惑かけたね」

「礼なら来未に言いな。運んだのは彼女だ」

皐の言葉に平次が指をパチンと鳴らす。

「凄かったなぁ、瞬間移動だもんな」

「えっ?!」  

「知らなかったのか? 瞬く間で目を疑ったよ」

「平次なんて扉の向こうまで確認したもんな」

皐は笑うと、ストローをグラスから抜いて溶けかけの氷を口に頬張った。


「あたい思いついたんだけど、尻尾が減る病ならコールドスリープしてみたらどうだ?」

「病なのか? 聞いたことないぞ」

平次は膝から皐を降ろして彼女の顔を覗き込んだ。

「それは他に尻尾の多い奴がいなかったからさ」

「だがこういうのは凡そ呪いの類じゃないのか。妖怪なのに人間を愛した罰とかが常套だよ」

「それはヒトのエゴだ。あたいは両親が死んだとき、しばらくは熊に愛されて育ったんだぜ?」


店主が新作のデザートを3人分運んでくる。黒い熊の顔にミントと生クリームが添えられている。

「マスター、これはみどり園のマスコットにみえるんだが……」

「ええ。町おこしですよ。みどり園はこの街随一の遊園地ですから、敬意を払っている訳です」

「パクリでなくオマージュだと? よし皐、食ってみろ」

平次はスプーンで熊の耳の部分をすくうと皐の口に運んだ。

「うんまぃ! 中のティラミスがほろ苦くて最高だよ」

「ふむ、男性にも食べやすいですね」

「口にあって良かった。それでしたら……」

店主は手を叩いてカウンタに戻ると、小さな紙袋を手に戻ってきて俺の脇に置いた。


「あとひとつありますから、お土産にお持ち帰りくださいな」











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