第11話 平次の提案

「まさか、深読みしすぎだろ」

平次はタバコに火をつけようとして、「ここは禁煙だった」と苦笑した。

「校則を読んだか? この学園では、能力者には特別奨学金制度が適用されるんだ」 

全寮制のこの学園には、親のない子供も在籍している。能力を認められ入学した者には、15歳までの生活が保証される。

「本当か? プロフィールに能力に関する記載が無いな。この資料では埒が明かん。来未さんに捜査権限はないのか?」

「そりゃないさ」

平次はうぅむと唸ると、バックパックから網の塊を取出しこちらへ放り投げた。


「百聞は一見にしかずだ。とりあえず、明日行ってみよう」

両手で網を受け止め、広げてみると、ハンモックである。

「巻き込んで良いのか?」

「俺の出る幕だろ? 学生時代、囲碁部のお前を無理やりミステリサークルに入れたのは誰だ?」

「あたいもついていくよ」

薪割りを済ませた皐が、ハンモックを筋交に括り付けていく。狭い空間に互い違いに上手く並べて、あっと言う間に寝床が3つ完成する。


「よし、皐を連れて行こう。きっと役に立つ」

「いや危険だよ」

首を横に振ると、鼻先数センチの距離まで皐が顔を寄せてくる。灰色の瞳に魅入られ、動けなくなる。

「流、あたいのパパとママはスパイの仕事に誇りを持っていたけれど、正義を貫いたせいで最期は土左衛門になった。子供達が悪い政治家に利用されているなら、助けないと」

平次がゆっくりと頷く。

「山奥なら皐が必要になる。蛇を掴んで逃がす女だぜ?」


 夕飯は平次が釣ったという鮎を竹串に刺して火を囲んだ。ぐるりを川に囲まれているせいか森の夕べは涼しく、縦横無尽に伸びる大木から垣間見えること座の一等星は、田舎街の良さを思い出させた。

「来未さんに連絡しなくて良いのか?」

金属製のカップには良く冷えたビールが入っていた。事の次第を短いメールで送ると、すぐに『お気をつけて』とだけ返信があった。



 翌朝早く森を出ると、秘書の篠塚がワゴン車を待たせていた。

「おはようございます。朝食をご用意してあります」

サンドイッチと珈琲を受け取りワゴン車に乗り込むと、中には情報システム会社のワッペンのついた作業服が用意されている。

「これは?」

「昨夜のうちに校舎のネットワークに侵入し、電気系統のトラブルを発生させています。皆様は作業員になりすまし、復旧作業を」

「流石だな、篠塚」

「恐縮です」

篠塚は2台のパソコンのうち片方に、パンチパーマの男の顔写真を拡大した。

「誰だ、この悪人顔は」

「教頭の佐藤、柔道の有段者です。お気をつけください。それとご推測の通り、自力党と青空学園は繋がっていますね。資金源となっている宗教法人があるようですが、もう少し調べが必要です」

「分かった、その件については引き続き頼む」


 平次は篠塚からA4サイズの封筒を受け取ると、右胸のポケットから、赤いフレームの丸眼鏡を取り出した。

「お前、近視だったか?」

「老眼だ。流は若いんだから、せいぜい後悔のないようにしろよ。お袋さんの血を残せるのはお前だけだぜ」

「わかってるさ。機械は壊れたら終いだって言んだろ?」

「その点に関しては人間だってぽっくりいくさ。俺なんか体中にガタがきている、今にも停止しそうだぜ」

平次はかかかと笑うと、資料を見ながらサンドイッチにかぶりついた。


 食事が済むと、変装用の作業服に着替えた。どうやって準備したのか眼鏡やカツラまで用意されていて、篠塚の有能ぶりに感心した。

 皐が急に上半身裸になったので目を背けると彼女は、「流は女の裸に免疫がないのか?」と笑った。









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