第8話 金策
ラボに戻ると、来未は実験室のパソコンの前にいた。猫背気味な背中が少し母に似ている。壁面には山積みの段ボール箱があり、引っ越しのように雑然としている。
「手伝おう。昨夜あまり寝ていないだろ?」
彼女はキーボード操作を間違わないけれど、時々人間のように手を止めて考えるし、疲れもあるように見える。
「問題ないわ」
「夜中目覚めた時に、一人だと心配なんだ」
幾度か母の書斎にいるのを見かけた。スプラッタにされた金属が扉絵の本を広げていたから、自分の発言のせいでエラーが出たのではないかと不安を覚えた。
「でも」
「ほら、あれだ。脳のリハビリだよ」
「ふふ」
来未は研究室に戻り、ノーアの足元に置かれた段ボール箱から青いファイルを取り出した。『青空学園』と見出しのついた分厚いファイルには、絵日記、写真と書かれたメモが貼付されている。
「山奥の学園で校長が不自然に亡くなったの。容疑者は子供達で、いわゆる超能力者よ」
「これは何だ?」
「学生時代、ミステリサークルに在席していたでしょう?」
「掛け持ちでメインは囲碁部だよ。ていうか、質問に答えてくれ。なぜこんな探偵まがいの事を?」
「捜査協力依頼よ。報酬でラボの赤字が賄えるの」
ファイルを捲ると生徒達のプロフィールを含む事件の全容が記録されている。
「まさか、実験室の段ボール箱全て?」
「そう。今月は少し多いかしら」
「早く言えよ! 街ブラしてる場合じゃないだろ?」
「リハビリは最優先事項。五十川博士との約束だもの」
来未は背を向けて、ノーアのタッチパネルを操作する。モニターに衛生写真が映し出され、徐々に和歌山県のある座標を拡大していく。
「俺は何をすれば?」
「暗礁に乗り上げてるの。科学的なアプローチはいくらでも後付け出来るから、流くんなりに推理してみて」
『マスター、流様には荷が重いと推測されます。私にお任せを』
ノーアがスキャナの用紙取り込み口を開いて主張する。取り込み口にはギザギザの刃が付いていて、シュレッドといえばノーアが裁断出来る仕組みになっている。
「あなたは、現場の機器にサイバー攻撃の形跡がないか確認するのよ」
『承知しました。チッ』
人工知能は舌打ちのような音を出して、黄色のライト点滅させる。
「ノーア、マナー違反よ。あなたには舌がないでしょう? データベースから削除しなさい」
叱る来未は、少しだけ嬉しそうだ。こういうやりとりの時、彼女はノーアの成長を喜んでいるように見える。
「わかった、とにかく考えてみるよ」
「ありがとう、実は子供が得意じゃなくて」
「来未さんに不得手なことがあるんだ?」
半歩近づいて白い頬に触れる。博士が亡くなってから、彼女はこうやって一人でラボを維持してきたのだ。もし途中でコールドスリープ装置の電源が落ちていたら、自分はここに生きてはいまい。
「狼も苦手よ」
微笑む琥珀色の瞳、濡れた唇。もとを辿れば婚約は母の遺志だった。五十川博士の遺伝子を残せなくても誰も咎めない。
「キスしても?」
初めて頼られて良い気分だった。それに自惚れて勘違いしていたようだ。
「ブロンド髪は嫌いでしょう? それとも私が人間じゃないから見くびっているの?」
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