第7話 茜橋

 丘開発は町の金物屋から大きくなった。故に本社ビルは長い六角ソケットのような形をしている。全面ガラス張りの建物は、夕日を反射して街並みを美しく映し出す。

 エレベーターで高層階に上がると、黒縁眼鏡のひょろりと背の高い男に行く手を阻まれた。

「五十川流です。17時にアポイントメントを」

「これは失礼しました。秘書の篠塚と申します。御学友と伺いましたので、てっきり同年齢の方かと……」

「はは、エステ通いの賜です」

「なるほど、とてもお若く見えますよ。どうぞ、社長がお待ちです」

世間的にはこれで押し通すことにしたが、美意識の高そうな秘書はまだ疑っている様子でこちらを二度見した。


「よお、流」

「受付のロボット壌を見たよ。凄いなぁ」

一階のエントランスで出迎えてくれたのはアンドロイドであった。近づくまで本物の受付嬢かと見紛う精巧な作りは、丘開発の技術力の高さを象徴していた。

「五か国語対応で、敬語も使いこなす。ゆくゆくはみどり園の窓口に導入しようと考えてるよ」

「新聞記事の型式より進化してないか?」

「ああ、新式は学習能力を飛躍的に上げた『sora』を搭載している」

「順風満帆だな」

「田舎は資金繰りが大変さ。お前が眠っている間に破綻寸前までいったんだぜ?」

「そうなのか?」


 平次はブラインドの隙間から、外の景色を眺める。夕陽に映える煉瓦造りの眼鏡橋が見えている。

「黄昏時の茜橋は美しい。流、知ってるか? 昭和の頃は鉄道が走っていたんだ」

「ああ、風情があるな」

「だが街の開発には不向きな感情だ」

「ああ」

「AIも然りだ。教科書にパラパラ漫画を書いたり、脇に制汗スプレーしまくったり、走り込みすぎで倒れたり、奴らはそういった情緒を理解出来ない。価値観の相違に悩まされるのも人間だけだ」


 秘書の篠塚が珈琲を運んでくると、一礼してすぐに出て行く。丘開発のロゴ入りのカップはもちろん金属製である。

「……苦いな」

「味覚があるとして、彼女は単純に成分で判断するぜ。今お前の感じている苦い心情を察することは出来ない」

「分かっている、充分に分かっているさ」

平次は俺の肩を叩くと、USBメモリを差し出した。

「ここに、うちのロボ製品全ての行動記録が入っている。ノーアにコピーすれば、一瞬でパターン化するだろうよ」


「奥さん、どんな人だ?」

珈琲を飲み干すとカップの底にみどり園のマスコット、子熊のミシカの顔が現れる。

「路頭に迷ったとき街で拾ってくれたのが出会いだ。襖のガタつく部屋に俺を招いて、ワンカップで朝まで愚痴を聞いてくれたんだ、感動したよ」

「そうか。結婚てそういうものか」

秘書に花を送らせていた男が、よく笑うようになった。平次に再会出来て良かった。俺は若さと引換に親友を無くすところだった。

「今日はありがとう、恩に着る」

「週末は森にいるから、いつでも遊びに来いよ」

ドアをあけると、篠塚が待っていて廊下を誘導してくれる。みどり園にある希少な蔦植物がここでも管理されていて、壁と天井にアーチを作っている。


「流!」

 振り返ると平次が追いかけてくる。

「何だ?」

「お袋さんのいちファンとして言わせてもらうが、あのお嬢さんは違う気がするよ」

「違う?」

「ああ、お袋さんの趣向なら、アンドロイドは黒髪の美女だ。それに彼女は咄嗟に嘘をついた。AIは自己防衛システムから虚偽の発言をする事があるが、俺の知識の範疇では、他人を庇って目を泳がせたりはしないぜ」








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