第6話 旧友
タクシーで50分の『川蝉』は、サイフォン式珈琲の香りが癒やしの喫茶店である。カランとドアチャイムが鳴ると、同級生の
「流! 元気そうじゃないか。何だ、お前若い頃と全然変わらないなぁ」
「急に呼び出してすまない」
「良いってことよ。マスター、俺もブレンドで」
店内に他に客はいない。川蝉ブレンドは芳醇な香りとフルーティな味わいが特徴の珈琲で、店主は二代目、白髪交じりの痩男である。
クリームとつまみを添えた珈琲が提供されると、平次は一口飲んでから「お袋さんのラボ、新商品を?」と小声で聞いた。
「いや、今日は金策じゃない。まあ、何ていうのか恋愛相談だな、久々に好きな子ができた」
「お前っ、葉書1枚よこさなかったのに恋煩いで連絡してくるのか。大丈夫、劣化してないよ。ていうか気持ち悪いくらい若いまんまだから、すぐに告白しろ。百パー成就する」
「コールドスリープしていたからな。難病の治療で12年間眠っていた」
「そのボケ面白くないぞ。海外だろ? 秋にお前んち訪ねたんだよ」
「そうなのか、母さんに会ったか?」
「いや、若い女性職員と話して帰ってきたよ」
「何の用だったんだ?」
「結婚の報告がてらな」
予想外の言葉に、珈琲を吹き出しそうになる。丘平次はこの街唯一のリゾート遊園地『みどり園』の経営者であるが、根っからの仕事人間で、女に執着した所をこれまでに見たことがなかった。
「本当か? どんな女だ?」
「ロシア人の娘だよ」
スマートフォンの待受画面に銀髪の女性がいる。
「随分若いな、取引先のご令嬢か?」
「いいや、森で育った娘さ。俺、週末は兎狼の森で暮らしているんだぜ?」
「虫嫌いのお前が?」
「ああ、だが俺の話は今度にしよう。で、どんな女だ?」
平次は笑うと、店主を呼んで餡蜜をオーダーした。川蝉の餡蜜には昔ながらの赤いさくらんぼが乗っかっている。
「実は平次の会った職員というのが……」
「あの金髪のお嬢さんか! ははん、成る程。ジェネレーションギャップが悩みか。それなら力になれるぜ?」
「いや、実は彼女、アンドロイドのようなんだ」
「流……今日は寒いぞ」
平次はやれやれといった素振りでテーブルの週刊誌に数秒目を落としてから、もう一度こちらを見た。
「おそらく脳部分はAIで、身体は人工生命だ」
「お前、まさかお袋さんの発明品とか言うんじゃないだろうな?」
「ビンゴ」
平次は目を見開いて刑事コロンボのように両手を上げてから、パイプではなく煙草を咥えて、首を振った。
「……俺には人間にみえたぜ?」
「キスしたんだ」
「……硬かったのか?」
「いや、人間と違わなかった。セクサロイドでもあるみたいだ」
平次は勢いよく立ち上がると、週刊誌を棚に戻してから、トイレに行き、カウンターで餡蜜を受け取ってから戻ってきた。
「お袋さんに聞いてみたのか?」
「亡くなったんだ」
「え……?」
「コールドスリープしていた間の新聞記事を図書館で読んだ。2ヶ月前の地方版に特集記事を見たよ。丘開発はロボット開発にも力を入れている」
「まあ、人並みにはな」
「力を貸してほしいんだ。彼女の事が知りたい」
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