第5話 アンドロイド?


「借金取り?」

「完済してるから、正確には元借金取りね」

通報するとほどなくして警官がやってきて、男達は連行されていった。来未は珈琲を二人分淹れると、最近研究室に設置した革のソファに腰をおろした。

「ノーア、奴らの狙いは?」

『コールドスリープ装置です』

ライトが紫色に点滅すると、モニターに借金取りの動画を映し出される。音声はとぎれとぎれだが、確かに男の一人が「コールドスリープ」と話しているように聞こえる。

「博士が借金の担保に話していたのね」

『奥様のファイルの中に完済証明書を確認しました。彼らの行為は違法です』

「大丈夫よ。うんと懲らしめてやったから、もうここへは来ないでしょう」


 来未は実験室からビニルシートと塗料缶と刷毛を持ち出してくるとエントランスホールに向かい、大男を仕留めた養生テープで丁寧にマスキングしてから、乱闘で汚れた壁紙を白く塗り始めた。

「来未さん、あんた何者だ?」

「ふふ、ペンキ屋かしら?」

「茶化すなよ、君の強さは何だ?」

「単なる護身術よ」

「疑問は君の若さだよ。医師であり、科学者であり、SEでもある。料理はクソ美味いし剪定は庭師並み、雨樋の修理も朝飯前ときた。それにさっきはどうやって1階に降りた?」

初対面で感じた違和感は痼として残っていた。

「あれは……走って」

「飛び降りない限り、無理だ。ノーア、映像はあるか?」

『撮影可能範囲外の為、映像がありません。カメラの増設を提案します』

「ノーア、彼女は人間か?」

この2ヶ月余りの間、来未には非の打ち所がなかった。飛び出した子犬を助け、スリを捕まえ、ゲリラ豪雨を予測し、地震にもいち早く気づく。

「妖怪だとでも?」

「科学者の息子でね、オカルトは嫌いだ。ノーア答えろ」

『その質問は禁忌です』


困った表情を作る来未をみて察しがつく。

「来未さん、君は五十川博士の最高傑作なのでは?」

とうとう俺は我慢すべき言葉を発した。

『いいえ、最高傑作はワタクシ、ノーアです』

ノーアが横槍を入れる。

「黙れ、お前は修正済みだろ?」

おそらく来未は、博士が息子の為に開発したアンドロイドだ。健康を維持し、身の回りの世話をするようプログラミングされている。囲碁をさせれば僅差で負てくれるのは、ストレス管理もしているためだろう。


「はは、笑えるな」

母にとっては子育てですら研究の一環だった。探せば孫の設計図ぐらいあるのかも知れない。

「ふ……」

涙が出た。悲しかったわけじゃない、ただ、悔しかったのだ。

「泣かないで」

「放っておいてくれ」

まっすぐな琥珀色の虹彩から視線を逸らす。来未に罪はない、ただ、俺が愚かなだけだ。

「あなたが悲しむと困るの」

途端に唇を塞がれ、思わず目を閉じた。ゆっくりと瞳を開くと、長いまつ毛が微かに触れる。

「な……」

「心拍が速いわ。キスは初めて?」

吐息が漏れる。いつもの悪戯な笑顔、ブロンドの髪からは甘い花の香りがする。来未がもう一度俺の下唇を喋む。柔らかな感触は温かく、唾液が入ってくる感じまで、まるで人間のようだった。




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