第4話 襲撃

 それから来未とノーアとの暮らしが始まった。来未は実に真面目で、午前は研究室に隣接する実験室に籠もりきり、午後は療養士としてリハビリの介助を優先し、その合間におさんどんから庭木の剪定までこなす働きぶりであった。訓練は痛みを伴う事もあったが、献身的なマッサージの甲斐もあり、およそ2ヶ月で健康だった頃のように手足が動かせるようになった。

 社会復帰と称して街に連れ出されると、12年は短くなかった。電線が地下にもぐり、高いビルが増え、歩きスマホが当たり前の風景になった。馴染みの銭湯に寄ると、番頭の婆が寝たきりになって娘婿に代替わりしていた。


 夏がくると、俺は戸籍上は42歳になった。

「血液検査も良好だったし、再発もないわ。身体的にはスリープ前の年齢と言えるでしょう」

「お陰で調子が良いよ」

病魔の去った身体は羽が生えたように軽やかで、いつの間にか来未に心を許していた。琥珀色の瞳に見つめられると、時々ノスタルジックな気分になったが、理由は分からなかった。

「私の疑いは晴れたのかしら?」

「冗談キツイなあ、来未さん」

「呼び捨てが良いわ」 

「く、来未」

『流様、呼び捨てはマナー違反です』

ノーアは管理者マスターに対する独占欲が増したようで、最近では子供のような横槍の頻度が増えた。

「信頼関係の証よ。アップデートしなさい」 

来未が命じると人工知能は従い、青いライトを点灯させる。

『アップデート致しました。敬称の省略は信頼関係の証です』


突如、ノーアからビービーッという警告音が響いた。

『侵入者です!! 厳つい大男が3人です』

モニターにエントランスホールの様子が映し出される。恰幅のよいサングラスの男が堂々と歩いている。

「何故入れた!?」

『アップデート中でしたので』

「2階に上がれないよう遮断しろ! 来未さん?」

 さっきまでそこにいた来未の姿がない。

『来未は侵入者に対処するため、1階に移動しました』

「え?」

階段の陰に身を隠し、様子を伺う来未が液晶モニターに映し出される。


『防火シャッターを下ろし、2階を遮断しますか?』

「駄目だ、俺も下に降りる」

ブルートゥースイヤホンを耳に入れ、走りながらノーアと会話する。リハビリの甲斐あって脚はもつれていない。

「ノーア、使用可能な武器は?」

『階段に消化器、エントランスホールにがあります』

「あぁぁ、もっとこう、他に無いのか?」

『靴箱にFrozen Jetがあります。』

「何だ?」

『来未の試作品です。害虫を凍殺します』

「大男がよろけるような武器だよっ」

『刃物や銃器の使用は素人には危険です。来未は護身用のナイフを所持しています。問題ありません』

「問題あるだろ!」

『来未は優秀なボディガードです』

「ボディガード?」

『はい、奥と契約を』


 階段を降りていくと、大男を相手に華麗に立ち回る来未が見える。二人は既に床にのびていて、残るスキンヘッドの男を相手に回し蹴りを繰り出している。

「奥?」

『奥様です』

「違うぞ」

『違いません』

「呼び方だよ、ややこしいから元に戻せ」

『流にはアップデートの権限がありません』

イヤホン越しにノーアの溜息が聞こえる。


「あぁ、もう良い。加勢するぞ!」

『ですが……』

「今度は何だ!?」

『もう決着はついています』

振り返ると大男に馬乗りになり、養生テープを手首にぐるぐる巻きつける来未が見える。

「ボディガード?」

天窓から漏れる光で波打つブロンドの髪が美しく輝いていた。






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