第1話 目覚めの朝
わずかに光を感じたが、すぐには起きられなかった。
――ええと、どうするんだっけ?
手の指先に、力を伝達する。それからつま先を動かしてみる。
――よかった、動く。そうだ、視界を確保しないと。
そう思って瞼に力を入れるが景色が見えてこない。
――まさか。
途端に心臓が音を立てる。病魔が脳に達しているのではないかという不安に襲われる。
「う……」
落ち着け、眼球は動く。瞼が小さく痙攣しているのも分かる。
「か、あさん……」
声帯も大丈夫なようだ。掠れた声で母親を呼ぶが、返事がない。目覚めの日時は予めインプットされているはずだが、12年間のうちに誤差が生じたのだろうか。
「……母さん?」
急に瞼に温もりを感じた。細い指、誰かが手を乗せているが、直感的に母のそれではないとわかった。
「じっとして」
女の声だ。右側に気配を感じる。
「誰?」
「もう目をあけられますよ」
囁くような声に瞼を開くと、ぼんやりと白い天井が見えた。視線を右にずらすと、ブロンドの髪に白い肌の若い女性が覗き込んでいる。白衣姿はこの研究所の助手だろうか。
「君は?」
「私は
やや吊り目の虹彩は、琥珀色をしている。
「ここの職員ですか?」
「いいえ、
和名と流暢な日本語に違和感を覚える。自分の胸に手を当てる彼女は、覚醒を祝しているのかうっすら涙を浮かべている。俺は、1つの可能性にたどり着く。
「なるほど。で、母さ……五十川博士はどこに?」
コールドスリープ後に寝起きドッキリを仕掛けられたのは、人類で俺が初めてだろう。あの人の思いつきそうな事だ。
「それが……」
「もしや学会に?」
シングルマザーなれど根っからの研究者である母は、息子の入学式より学会を優先した前例がある。今回もノーアを遠隔操作モードに切り替えて、出張しているのかもしれない。
「いえ……」
来未と名乗る女性は、表情を曇らせた。
「はは、もうネタバラシで良いですよ」
緊張感を解すべく口角を上げるが、表情筋が強張っているようで引きつったスマイルになる。
「いえ……」
琥珀色の瞳から涙がこぼれ落ち、ギクリとする。
「どうしました? もしや病院に?」
思考が切り替わる。事故か病気で入院中で、あえてのリモートドッキリということも有り得る。母はそういう気遣いをする人でもある。
「いいえ、いいえ」
彼女はブロンドの髪を左右に揺らしながら、はらはらと涙を流す。心臓が、ドクンドクンと音を立てる。
「正直に話して。どこの病院?」
「五十川博士は亡くなりました。先月が一回忌でした」
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