第32話 思案

「なあ?」

 俺は不思議に思い目の前にいる少女に語りかける。

「なに?」

 ふんわりとした声が耳をくすぐる。

「なんで俺はここにいるんだろうな?」

「死んだからでしょ」

 そう俺の目の前にいるのは女神ノルン。

 ここにきた、ということは俺は死んだらしい。

「大丈夫よ。すぐに蘇生させてくれるわ」

 ノルンが興味なさそうに爪を削っている。

 そして手を広げて見ている。

「女神でも、そんな気遣いが必要なんだな」

「ええ。そうよ。わたしたちはもともと人間だったの。階位を経て魂がより高位の次元にたどり着いたとき、神としての顕現を許されるわ」

 よくわからんが、適当に頷いておこう。

「興味ないなら無理に頷くことないわよ」

 見透かされている!?

 まあ、相手は神だし、無理もないか。

「それにしても遅いわね。早くしないと、身体がダメになっちゃうわよ?」

「え。そうなるとどうなるんだ……?」

 恐る恐る訊ねてみる。

「そうね。身体が腐ったり、消化酵素で溶けたり、死後硬直が起きると、もうダメね」

「ま、マジかよ! アイシアに伝えるすべはないのか!?」

「無理よ。下界と天界では通信方法が違うから」

 まるで西日本と東日本の電源の違いみたいに言うノルン。

「お。そろそろ蘇生されるようだね」

 ノルンが紅茶をすすりながら、俺を見やる。

 俺も隣に置いてある紅茶を一気に飲み込み、心を落ち着ける。

「しかし、今度はどんな能力が得られるのかな」

「それはランダムだからね」

「神が決めているんじゃないのか?」

 ノルンが髪をかき上げて、微笑をたたえる。

「それはあっちのくじ引きよ」

 指さした先には大きな箱に入った数千枚の紙。

「え。そんな方法で?」

「そうよ。だから頑張りなさい」

「ああ。分かった」

 魔方陣が足下に展開され、ぐるぐると回転を始める。

 俺の身体はふわりと浮いて、加速していく。

 光の粒子がまとわりつき、やがて自分の身体へ戻っていく。


「いてて……」

 俺が起き上がると、そこは平原であった。

「ジューイチ! 大丈夫かえ?」

「お兄ちゃん死んじゃったと思った★」

「大丈夫だ。蘇った」

 これもアイシアのお陰だな。

「それで、ワイルド・ウルフは?」

 俺を殺した魔物の名を訊ねる。

「わしが一掃してくれたわい」

「へぇ~、あの数を」

 数十匹はいたはずなのに、よくやったな。

「ちと焦げたがのう」

 よく見ると髪の毛が少し焦げている。

「俺、どんな目に遭ったんだ……」

「腹部の穴は塞いだが、まだあまり無理をするな」

 そう言われて穴空きになった衣服を見やる。そこには生々しい血の跡がこびりついている。

「ひょっ!」

 変な声が漏れ出る。

「しかし、良かったのかのう?」

「何がだ?」

 俺は替えの衣服を背嚢から探す。

「お主、あのままランスロット家にいたら成り上がれたのじゃぞ?」

「あー。まあいいや。あんな領地」

 ぶっきら棒に言っているが、嫌いな訳じゃない。ただ領地としてのうまみが少ないのだ。

「これからはもっとうまい領地を頂きたいってもんだ」

 俺の野望はここで終わりじゃない。

 一刻も早く他の領地を巡り、資源と領地が豊富な場所に行きたいのだ。

 死竜を倒したあと、ランスロット家は多大なる損害を受けた。

 復興の支援も必要だろう。

 となると物資の買い付けや勉強なんかも必要になってくる。

 この旅で得たものをランスロット家に豊穣するって手もある。

 色々な可能性を持つのはいいことだと思う。

 どちらにせよ、俺がランスロット領を去るのは必然だった。

 他の領地を奪うもよし。知識を手に入れて凱旋を果たすもよし。

 領地を得たら、それこそランスロット家と直接、交渉ができるってもんだ。

 俺の盤石な思考に間違いはない。

「あ。うんこ踏んだぞ」

「へぁあ~!?」

 アイラに告げると、変な声を上げる。

「いや~★ とってー☆」

 足をぶんぶん振り回すものだから、糞が飛び散る。

「やめろ。汚い」

浄化の障壁アクアシールド

「まて、なんで一人だけ隠れようとしている? 俺も入れさせろよ」

 水の障壁を自分だけのために展開したアイシアに奮起する。

「いいじゃろう」

「む☆ アイシアおばあちゃんの意地悪」

「おば……!」

 アイラの言葉に地に伏せるアイシア。

 とてもショックだったらしく、涙目になっている。

「ジューイチ……」

「水の魔法が使えるなら、靴、洗ってやれよ」

「その手があったのう!」

 切り替えの早いこった。

 すぐに水魔法で、アイラの靴を洗うアイシア。


 それからしばらくして、落ち着けるところで、俺はスキルを確認する。

 【最強の矛アルティメット・ソード】。

 なんだこれ?

 分からずにタップしてみると、

 【すべての剣を最高の武器に変える】

 なんだか、素晴らしいスキルを手に入れたらしい。

 それをアイシアに報告すると、アイシアは森の陰に隠れて小声で言う。

「バカモン! そんなスキル、チートじゃ。隠しておけ」

「アイラにも、か……?」

「もちろんじゃ! こう言ってはなんじゃが、アイラは口が軽い」

「アイラがどうかしたの? ☆」

「いや、なんでもない」

 俺はそう言い、茂みから出て近くの切り株に腰を落ち着ける。

「そうなんだ☆ てっきり愛の告白かと」

「いや、そういうんじゃないんだがな」

「でもお主、わしに惚れているじゃろ?」

 したり顔で応じるアイシア。

「ほ、惚れたのは真実の顔の時のみだ」

「そういえば、真実の手鏡トゥルー・エンドは呪いには聴かなかったのう。あれと同程度の力を持つ聖具せいぐが必要かのう」

 お城の宝物庫に眠っていたとされる魔法の道具。その一端である真実の手鏡トゥルー・エンド。その力はすさまじく、ランスロット王のかけた呪いを打ち消したのだ。

「まあ、こっそり持ってきたのじゃがな」

「いや、それ普通に泥棒だろ……」

 呆れた。

 この泥闇の魔女はどこまでもしたたかだ。

「アイラも、漆黒の勾玉アズ・ナイトメアを持ってきているの☆」

「お前もか! 今更引き返せないし……。分かったよ。このまま旅を続けるよ」

 早くも波乱の展開だが、旅をするには仕方のない戦力なのかもしれない。


 ランスロット領から出て、次のアージェント領にたどり着く。

 そこまでの道のりは砂利道であり、馬車でも時間がかかってしまう。

 俺はそこの領主に会うため、手紙をしたため、送った。

 アポイントを取ると、二日後には面会の約束をとりつけることに成功した。

「このたびはお招き頂き光栄です」

 俺があいさつを済ませると、アージェントは「よい」とだけ応える。

「それで、ランスロット様の使者と聞いていますが……」

「はい。ここで実った食糧を買い取らせて頂きたいのです」

 おとがいに手を当て、熟考するアージェント。

「それは難しい話ですね。新王が誕生したという噂は挟んでいますが、いきなりの方針転換に、私どももついていけませんね」

「それでは困るのです。そろそろ秋、食糧難になり、多くの人民がお隣であるアージェント領に押しかけることになるでしょう。食事を求めて」

 ピクリと眉根を跳ね上げるアージェント卿。

「それはそれは。確かにこちらにも支援するだけの理由がありそうですね」

「そうでしょう? この街にたどり着いたのに、食糧を買うだけのお金がない! そこでスラムにでもなられたのなら……」

 これ以上は言うまい。

 すべてを語るのではなく、少しずつ小出しに。

 交渉を自分に有利に進めるには相手の関心を引く必要がある。

「……分かった。少しなら食糧を買いとってもよい」

 念のための書面にて契約が交わされ、俺たちはホクホク顔でアージェント領を後にする。

「これで冬は乗り切れそうか?」

 俺はアイシアに訊ねる。

「無理じゃな。だが、あと二つの領地が首を縦に振れば、あるいは……」

 アイシアはにやりと口の端を歪める。

 どうやら策があるらしい。

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