第31話 死竜

 一週間後。

 俺とアイシア、それにアイラを引き連れて、王室に訪れる。

 クラミー王女殿下の前で俺たちはこうべを垂れる。

「純一、アイシア、アイラ。到着しました」

「許す。顔をあげい」

 クラミーの声に顔を上げると、そこには悲しげに眉根を寄せたクラミーが玉座に座っていた。

 最も、ドラゴンの攻撃で受けた傷は大きく、この玉座の天井は取り払われている。

 悲鳴が聞こえ、俺たちは空を見上げる。

 そこには死竜王ドラゴン・ロードがいた。

 その顎門から吐かれる炎心が辺りをのたうち回り、燃やし尽くす。

 アイシアの魔力障壁オール・ヴァントがなければ、即死だった。

「どうした。竜王よ。お前はこんなことをするものではないだろう?」

「前王が亡き今、われに居場所はない」

「そんなことありません!」

 クラミーが大声を上げて、否定する。

「わたくしたちはあなたにも最大限の便宜を図ります」

「なら、あの建物はなんだ?」

 俺が命じた建物。平原に建てたつもりだったが、死竜の縄張りだったとは。

「お主らは信用できん。排除する」

 肥えた胴体で王城、それも玉座に腰を落ち着かせる死竜。

「それに、われの空間にドラゴンの死肉を送ってきたのはお主らだろう? 鎌もあったぞ」

 抜かった。波瑠の空間転移が、死竜のところに送っていたとは。

 ドラゴンの死肉を、死竜がどう思うか。考えただけでもぞっとする。

「われを愚弄した罪重いぞ!」

 そう言い再び焔を吐く死竜。

 魔力障壁オール・ヴァントを展開して守ってくれたが、いつまでもこうしている場合じゃない。

 俺は魔法詠唱を始め、無尽蔵に込められた氷柱針を発射する。

 死竜の骨張った身体にはカンカンと音を立てて弾かれる。

「俺じゃ、無理だ。反転」

 俺の世界がひっくり返る。すべての能力が反転し、魔力が尽きると同時、幸運をもたらす。

 突如、死竜の背中に氷の刃が落ちる。

「波瑠か」

「圓神の理よし、世し者、彼の龍脈に応え給え。アクセプト・氷塊の魔女アイス・イリノール!」

 再び超薄の氷の刃が振り下ろされる。

 それを死炎の息吹デス・フレイムで吹き飛ばす死竜。

 互角か、否、死竜の方が上手だ。

 焔が辺り一面に広がる。

 装飾された玉座はまたも火の手の中。

 催事用の装飾された赤い絨毯が燃え上がり、クラミーは奥の部屋へと退去する。

 残された俺と、アイシア、アイラ。それに波瑠がいる。

 波瑠は、空間転移の使い方を学んだのか、自室からここまで飛んできたのだろう。

 そのたぐまれな力で死竜の肉を刈り取る。

 露出した骨が見るに堪えない。

 そこに蒼炎そうえんの魔法を撃ち放つアイシア。

「このまま死にたくなかったら、死竜ドラゴンよ。自分の家に帰れ」

 俺は未だに死竜との対話を試みる。

「われのこの身、死してもなお生き続ける、万物の理の埒外に存在する者、死なぬわ!」

 鋭利な爪牙で周囲を砕き瓦礫の山を降らせる。

 俺はアイシアのそばに行き、魔法障壁オール・ヴァントの恩恵を受ける。

 波瑠が死竜の首を転移すると、死竜は大人しくなった。

「やはり、首ごと転移すれば、死ぬのね……」

 波瑠は物憂げに死竜の身体を見やる。

 しかし、それで終わる死竜じゃない。

 ボコボコと肉塊を膨れ上げ、切れた胴体から首、そして頭が再生していく。

「倒せないじゃない!」

 驚きの声を上げる波瑠。

「われをここまで虚仮こけにしてくるとはのう」

 死人の王ノーライフキング。さすがの死ねぬ身体。朽ちることのない身体を持つ、不幸な種族よ。

 死してなお、生き続けなくてはいけない種族よ。

 ノルンの異世界転移を知り、この世界に神がいると知ったとき、死ねることの大切さを学んだ。死して余人の力になる。そうなれるのが〝死〟である。

 ちゃんと産まれ、ちゃんと生き、ちゃんと死ぬ。

 そのサイクルがあるからこそ、人の一生は尊く、素晴らしいものになる。

 それがどうだい。

 この死竜は一度も死ねていない。

「長い詠唱を始める、お主ら持ちこたえてくれ」

 アイシアがそう告げると、アイラが前に出る。

「あいよ☆」

 アイラの鉄拳が死竜の肉に食い込み、吹き飛ばす。

 が、死竜は身体をくねらせ、衝撃を抑え込む。

「なっ!」

 驚きの声を上げるアイラが、尻尾で弾かれ、地面に激突する。

 幸運を持ってしても代えがたい余りある力。その根源はどこにある。

 力の源は。

 死竜アンデット・ドラゴンの弱点はあるのか?

 アイシアが詠唱を終えると、目の前に剣を顕現する。時空の裂け目から登場した、剣はエクスカリバー。

 聖剣エクスカリバー。

 あらゆるものの瘴気を切り裂き、もとある姿へと帰す剣。断罪の剣。

 すべてを虚無に帰す力。その一端。在るべき姿へと戻す。

 そう願ったアイシアが、持つにふさわしい聖剣。

 アイシアは振り回すと、曲がった腰で、死竜へと肉迫する。

 その身体能力は老人のそれとは思えない。まるでバスが駆け抜けていったような風圧に俺は震える。

 聖剣エクスカリバーを振りかざすアイシア。

 振り下ろされた切っ先は、死竜の肉を切り伏せる。

 悲鳴に似た叫びをあげる死竜だが、その小さな手でアイシアを捕まえる。

「アイシア!」

空間転移ディメンション・アウト!」

 間髪入れずに波瑠が、唱え、腕より先が死竜の頭上に落ちてくる。

 その手ごと切り裂くアイシア。

「これで終わりじゃのう」

 そう言って脳天に聖剣を突き刺すアイシア。

「まだだ!」

 死竜は身体をよじり、アイシアを吹き飛ばす。

「こいつどうなっているんだよ」

 俺はもう勝てる気がしないと思っている。

 隣からやってきたアイラが拳をぶつけるが、あまりダメージはないらしい。

 さすが天災級のモンスターだ。否、魔物なのかもしれない。

 瘴気を吹き出し、辺り一面に降り注ぐ瘴気の雨。

 血しぶきではなく瘴気を吹き出す辺り、こいつも陰魔物スキアなのかもしれない。

 エクスカリバーでかなりの力をそいだが、それでもさすがは死竜。未だに猛攻が続いている。

 ただし、まだ完全に回復しきっていないのか、死竜は火を吐かない。

 それだけでも波瑠の攻撃は役だっているのだろう。

 波瑠が空間転移を応用した攻撃を行う中、俺は目を凝らす。

 よくよく見てみると、ちぎれた肉片の回復速度に違いがある。

 すぐに回復する位置と、そうでない位置。

 もしかして――、

「なあ、アイシア」

「なんじゃ? この忙しいときに」

「もしかして、魔力で身体を回復させることってできるか?」

「ああ。じゃがジューイチはそこまでじゃないじゃろ?」

「でも、死竜ドラゴンの回復速度が違っていて」

 ビックリマークが浮かぶアイシア。

「して。よくやった! ジューイチ!」

「波瑠。もう一度、空間転移ディメンション・アウトを!」

「分かった。やってみる」

 大量に魔力を消費する大技だが、俺がいれば回復できる。

 肉塊が次々とちぎれていく。空間ごと、もっていかれる。

 その様子をつぶさに観察していたのがアイシア。

「ほう。死竜ドラゴンの核は胴体、それも翼の付け根にあるのじゃな!」

「なに? どうして分かった!」

「回復速度の違いじゃよ。核に近ければ近いほど、回復力が高い。が――それよりも遠いと回復が遅れる」

 死竜は焦りの色を見せる。

「待て。やめろ!」

「これは波瑠さんのお陰じゃな。彼女がいたからこそ、実現できた話!」

 聖剣エクスカリバーが光の粒子をまとい、すべてを虚無に帰す時間がやってきた。

 光の発した聖剣は桜を思わせるピンク色をしており、白い柄を染めていく。

「これで終わりじゃ!」

 振り回す剣。

 すべての瘴気を打ち払う剣。聖なる剣。

 切り伏せた死竜の核。それは赤い宝石のようなものだった。

 聖剣に突き抜けられ、剣先に突き刺さった核は、鮮血を吹き出す。

「よく、やった……。褒めて使わそう」

 死竜がそう言い、玉座に墜ちる。

 乾いた唇が嫌に痛く感じた。


 その後、波瑠の魔力を回復するためにキスをした。

 アイシアも求めてきたが、さすがに今のアイシアとキスをしたいとは思わなかった。やはり見た目って大事だな。

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