第21話 エルフの里
私はどうしてここにいるのだろう。
見慣れたエルフの土地。
先ほどまで激しい戦いを繰り広げていた気がする。
「ソフィアよ。今日はご機嫌いかがかな?」
長老のヤルーが話しかけてくる。
「そうですね。先ほどまで戦っていたような気がします」
「そうじゃろう。お主は里の長となる者、外敵を迎え撃つためにいるのじゃから」
それは本当だろうか? 私は何か大切なものを忘れている気がする。
「お主……。まあいい詳しくは聞かぬ。じゃが、大切な者を忘れるな」
ヤルーの言っている意味が分からずに私は首をひねる。
すると双子のキエンとカエンが近寄ってくる。
「姉ちゃん、あそぼ?」
「あー。ぼくが先に遊びたかったのに~!」
「残念! ソフィア姉ちゃんとあそぶのは俺だからね」
俺、その言葉を聞いて武者震いする。
「ほら、姉ちゃん嫌がっているじゃないか!」
カエンが大きな声でキエンを問い詰める。
「いや、嫌がったわけじゃない。その、喧嘩しないでくれ」
「ちぇっ」「はーい」
「じゃあ、三人で遊ぼっか?」
私が提案すると二人は了承し、何で遊ぶかを話し合う。
「じゃあ、木の実当て!」
「ぼくもそれがいいな~」
木の実当てとは、樹林に生えている木の実に弓で矢を当てるゲームのこと。
エルフとしては弓の腕前はもちろん、木の実という食糧を集める目的もある。
「へへ~ん。俺が勝つのは分かっているからね!」
「カエンには負けないよ」
キエンもやる気満々になったところで、エルフの森に入っていく私たち。
樹林の中にはたくさんの木の実が生えている。
特製の弓でその実を当てていくカエンとキエン。どちらも十本の矢を持ってきていたが、キエンは六、カエンは五という結果になった。ちなみに私は十当てた。
「ちぇ。やっぱりソフィア姉ちゃんには勝てないわ」
「うん。ぼくも身の程を知ったよ」
「身の程……? なんだそれ?」
「自分の能力に合っていないな、ってこと」
「はは~ん。キエンってば負けたからってそれらしいことを言っているな?」
「バカなカエンとは違うから」
べーっと舌を出してバカにするキエン。
「なんだとー!」
「こらこら、やめなさい」
私は慌てて二人の喧嘩を止める。
「カエンも少しは勉強しなさい。キエンはあまりからかわないこと」
「ちぇ」「はーい」
こんな気長に待っていていいのかな?
待っている? 何を?
頭の片隅で何かが響く。
意図していない昔の記憶が呼び覚まされていく。
だが、まだ何かあるらしい。
私には何もないと思っていた。
里での活躍。それがすべてであって、外の世界を知らなくていい。知ってしまえば後悔する。
そんな気がしていた。
でもそんな時、ランスロット王の娘・クラミーとアイザワと出会った。
そこからすべてが変わった。
ただ薬草を採りに来たという二人。
黙って帰すつもりは毛頭なかった。
でも彼らは自分の力で里から抜け出した。
そこにはエルフ里で失われた活力があった。
頭打ちになった私の力を引き延ばせるだけの知識があった。あったように思えた。
知識人であった私にとって、外の世界は魅力的だった。
文献で読んだ悪魔の化身・人間ではなかった。
それを識り、世界を変えたのだ。
それほどの衝撃があったにも関わらず、今の今まで忘れていた。
つい先ほどまで一緒に戦っていたのに。
これはなんだ?
なんで私はここにいる?
辺りを見渡すとあのエルフの里だ。
砂時計のような樹木のお皿に水がしたたり、滝となって降り続ける。
白くふわふわとした生き物が漂い、辺りを飛んでいる。
ここは間違いなくエルフの里。
精神攻撃でも受けたのだろうか。
私は今、いちゃいけない場所にいる。
その実感が湧くと、額から脂汗が吹き出す。
鳥肌が立ち、一気に緊張してくる。
まるで行ったことのない世界へ引きずり込まれたようだ。
「おや、キエンとカエンと遊んでくれたの? ありがとね、ソフィア」
キエンとカエンの母、パン屋のオレンが嬉しそうに呟く。
「いつもおいしいパンをありがとうございます。そして、ここはどこですか?」
「何言っているんだい? ここはエルスロットじゃないか。しっかりしなさい」
「いや、でも……!」
私はなおも食い下がろとするが、オレンは笑いを浮かべ、去っていく。
この里では助け合いながら生きている。パンをくれる人がいれば芋を配る人がいる。裁縫を手に付ける者、軍に入る者。
排他的な考えを持つエルフにとっては外界は危険な世界である。
その世界に、エルフの里を蘇らせる力がある――そんな気がした。そうであると確信した。
だから里から出てアイシアたちと一緒に進むのを選んだ。
確かに外界では危険なことも多いが学ぶべきことも多い。
例えば門の開け閉めに滑車が使われていたことだ。その他にも水車で粘土をこねたり、ポンプで水をくんだりしているのだ。
大きな建物も多くあり、里とは大きな違いだ。
このランスロット城だって……、ランスロット城?
そうだ。私は今、ランスロット王を昏倒させるために来ている。なんでも人間界で悪さをしているせいらしいが、私も成り行きでついてきてしまった。
それに王からの
私にはそれしか分からない。
建築に、魔道に、科学に……。
旧世代のやり方しか知らないエルフにとっては大きな違いなのだ。
その技術の一端でも持ち帰れば、みんなが安心して過ごせる国が造れるに決まっている。
保守派から厭みや僻みを言われるかもしれないが、私は私にできることをする。
それに――アイザワ。彼には何やらドキドキする。胸が苦しい。でも悪い苦しさではない。むしろ高鳴るような気がしている。
この気持ちを知るまでは里には帰れないのかもしれない。
視界がぐにゃりと歪む。
見慣れない土地。
エルフの里らしき植物が生えているが、私たちの里とはまた別の形をしてる。
ふわふわと浮かぶ葉っぱに水がしたたり落ちる。
まるで絵本の世界だ。
そこに集められたエルフたち。人間が仕切っていて、エルフたちは馬車に乗せられ、どこかへ運び込まれる。
全員が女子で、しかも可愛いと来ている。一方で男のエルフはその場で切り伏せられる。
その衝撃的な場面に思わずを目を覆う。
だが、人間の男たちは性格の悪そうな哄笑を放ち、女エルフを捕まえていく。
狩りだ。これでは人間に狩られるエルフの姿だ。
エルフは性奴隷として高く売れると聞いた。
このランスロット王の城にも奴隷はいた。
奴隷が当たり前になったこの世界ではおかしな話ではないとされているのが怖い。
それを広めたランスロット王の政策には忌むべきところがある。
私は……!
私はそれを変えたい。世界にいる人々を平和に、そして穏やかに暮らせるよう、変えていく必要がある。
差別も、いがみ合いもない、平和な世界。
私は、変えるんだ。世界を、エルフの里を、そして人々を!
背中に背負った
「なっ!」
《お主が我を持つことを許そう。お主ならこの
頭に響く声。
しかし、絶対に間違っていない声。凜とした声音に私は頷く。
「一緒に世界を変えよう……
そう呟くと見ていた世界が変わる。
目の前には灰になった雷吼と、上の階層、階段へと続く扉。
私は逡巡したあと、階段へと向かう。
上に行けばまだアイシアたちがいるのだ。戦っている音が聞こえる。
ここで仲間を見捨てるような私じゃない。
仲間を助けてこそ、正義は貫かれる。
「私の力を増幅して、
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