第22話 瘴気

 オービスが夜闇の魔剣ナイト・オブ・ダークネスを振り回し、アイシアが真っ直ぐに懐を狙って突き立てる。

 突き立てた剣先はオービスの胸板を貫く。

 だが、血が吹き出ない。

 アイシアは剣を引き抜き、目を丸くする。

「なんじゃ……?」

 そこには黒い瘴気のようなものが見える。

「く、ははは……。お主には理解のできないことよ、のう?」

 オービスが夜闇の魔剣ナイト・オブ・ダークネスを振り回すと、アイシアは回避行動をとる。

 距離がとるが、夜闇の魔剣ナイト・オブ・ダークネスのリーチは刻の時世クロノ・イラの能力で長い。

 これはマズい。

 近距離も、遠距離にも、自信があるのだ。

 わしの四神の魔咆哮エレメンタル・オーラには限界活動時間がある。有限なのだ。

 力を失った時、術者の心身を蝕む魔の力。神々に与えられし、異能の力。業火の化身。

 まったく、わしの姉弟子はとんでもないものを生み出したものじゃ。

 師匠との出会いを忘れたことはない。

 路地裏で一人ゴミを漁って生きてきた――そんなわしに食事を、力を与えてくれた。

 わしは生きる。

 師匠のためにも。彼の理念を受け継いだわしが。

 そうして光は受け継がれていくのじゃから――。

 じゃから、わしは託すに足りる者を探す。

 それがジューイチかもしれぬが、わしの引き継ぐ相手は誰か、未だに分からぬ。

 まだ十六の身では、それが限界かもしれぬ。

 強くなりすぎて、ランスロット王から追放されてしまうほどに。

 じゃからわしが世界を変える。自分を変える。

 世界の一個体であるわしが変われば、世界は変わる。それが少しずつであっても、世界は変わる。

 一つの主張が一つの主義を生み出し、世界に訴えかかる。既存の主義とぶつかり在うが、善意在る者ならこの痛みを分かち合い、まとめてくれる。

 分かっている。人は争うもの。じゃから、いずれこの主義も犠牲者を生む。しかし、変われば報われない。

 わしの妹も、両親も!

 力を込めて放つ七色の光セブンス・レイ。暴力的なまでの光が、オービスの肩をえぐる。

 しかしすぐに黒いオーラ、瘴気しょうきのようなものが覆い被さり、再生する。

「な、なんじゃ……?」

 わしはおののき、目を丸くする。

 普通では考えられない出来事だ。

 まるで瘴気でできたバケモノ。モンスターじゃないか。

 これでは人のあり方を問うこともできない。

「ランスロット王め!」

 このための実験をしていたのだ。

 恐らくは人間を魔物に変える方法でも見つけたのじゃろう。

 怒りでわなわなと震えるわし。

 七色の光セブンス・レイを放つと、オービスの身体を貫く。

 だが未だに衰えぬオービス。

「ははは。さすがランスロット。この我を最強の剣士に生まれ変わらせた!」

 肉迫するオービス。

 そして夜闇の魔剣ナイト・オブ・ダークネスを振り回し、刻をむ。

 刻の時世クロノ・イラ

 暴虐の力を放つオービスに押されていく。

 わしの力が弱っている。

 さすがに長時間の使用は無理があったのう。

 四神の魔咆哮エレメンタル・オーラの力が弱まっている。

 刻を食まれ力の存在ごと消し去る刻の時世クロノ・イラ

 さすがに無理があったかのう。

 単身で勝てる相手じゃない。

 こうでもしないと、ランスロット王を倒せないじゃろうて。

 しかして、上の二人はまだかのう。

 わしの命も残りすくないんじゃ。

 なんとかせい。

 わしながら、他力本願という奴じゃが……。

 ジューイチの困ったような顔が浮かぶ。

「まだ!」

 わしは最後の力を振り絞り、夜闇の魔剣ナイト・オブ・ダークネスを打ち払う。光の剣となった錫杖が本気を出した。

 その光の刃でオービスを再び切り裂く。

 夜闇の魔剣ナイト・オブ・ダークネスを奪われたオービスは懐から何かを取り出す。


 ――魔法の手鏡トゥルー・エンド


 わしを真実の姿へと戻す、光の力。

 燐光がほとばしりわしの身体を覆う。

 力が戻ってくる。

 しわの一つ一つが消えていく。張りのあるつややかな肌が戻ってくる。

 そして枯渇した魔力も、龍脈から受け継ぎし、マナの回復。神秘の力を受け継ぎし者。

 老婆からはりつやのある少女に戻る。

「これでわしの勝ちね!」

 四神の魔咆哮エレメンタル・オーラが回復し、全身に張り巡らされた魔力回路が潤う。

 枯れ果てたはずの力が戻ってくる。

 久しぶりの感覚に、わしは震える。

 力を取り戻したわしは、四神の魔咆哮エレメンタル・オーラ七色の光セブンス・レイを放つ。

 オービスの身体を再び貫くが、瘴気が回復させてしまう。

 なぜ死なぬ!

 怒りと焦りを露わになる。

 何度も七色の光セブンス・レイを放つが、死なぬ兵士に口元を覆う。

 激しい光の刃がオービスを切り裂くが、瘴気が出るばかり。

 瘴気が形を変えて、刃になり、わしの頬をかすめる。

「なんじゃ……? 何なんじゃ! 貴様は!」

 わしは声を荒げ、光の刃を放つ。

「我は力を求めし者。お主には倒せぬ!」

 激高するオービスだが、その足を狙って七色の光セブンス・レイを放つ。

 足を失ったオービスが倒れるものだと思ったが、瘴気が支えている。

 まるで陰魔物スキアのように。

 恐らくはその一端を垣間見た。

 絵本の中でしか登場しない陰魔物スキア。すべてを闇にほおむる。怒りの使徒。自然界の調整者コーディネーター

 力の本流から、理から外れた者。すべての憎悪を飲み込み得た能力。復讐者アベンジャー

「貴様は!」

 わしは近くに落ちていた夜闇の魔剣ナイト・オブ・ダークネスを拾うと、その力を持って聖剣・アガツガリへと変える。

 光の守護神よ。我に力を与え給え。

 心の中で詠唱し、祈りを届ける。

 聖剣・アガツガリは、光を集め、力へと変える。

 無尽蔵に吹き出すわしの光を力へと変える。

 一閃。

 それでもなお、生き続ける陰魔物スキア

「大丈夫?」

「助けにきたのだ☆」

 ソフィアとアイラの二人が現れる。

「ソフィアちゃん、アイラちゃん!」

「……誰?」

「声音的にアイシアだ☆」

 動物の耳を持つアイラだからこそできる芸当。

 そしてコクリと頷くソフィア。

 二人と合流すると、わしは二人に呼びかける。

「あなたたちの力を受け継ぐわ。いいね?」

 語尾も昔に戻りつつあるわしは、光の刃を錫杖に持たせる。

 そしてソフィア、アイラの光を集約する。わしの光と合わせて力に変換する。

 すべてを変える光。すべてを焼き尽くす光。

 光ですべてを覆えば、瘴気が発生できまい。

 団扇うちわのように広がる光が、人の心の光グッドウィル・フラグメントが、すべてを覆いつくす。

「「「いっけ――――――――――っ!!」」」

 放たれた光はすべてを呑み込み、陰を生み出さない。

 すべてを光に変えてしまえばいいだけの話。


 ▽▼▽


 俺が刃を突き立てると、ランスロット王の腹に短剣が突き刺さる。

 ランスロット王は苦悶の表情を浮かべ、腹から血を流す。

 初めて触れた他者の生殺与奪の権。

 血の付いた手に震える俺。

 だが、ここで消えてもらわねばなるまい。

 ランスロット王が近くにあったワインをボトルごと飲み干す。

 それはまるで酔いで感覚を忘れようとしているかのうだった。

「死竜よ。我が命に馳せ参じ給え」

 そう呟くと、窓の外で飛翔していたドラゴンがこちらを見遣り、その顎門あぎとを開く。

 ドラゴン。その中でも死竜と呼ばれるアンデット・ドラゴン。

 そして城の一部をかみ砕く。

 天井を失ったこの場所はドラゴンの格好の餌場というべきか。

 いや、それにしてはおかしい。

 目の前にいるランスロット王の身体が膨れ上がる。そして瘴気を吹き出す。

 元に戻ったかと思えば、身体から瘴気を延々と生み出すランスロット王。

「くくく。これはいい。いい気分だ。俺様に屈服せよ、族ども」

 どこまでも勝ち気な声音を放つランスロット王。

「いいや。もう終わりだ」

 俺の不運を持ってしてでも、勝てる相手。それはよほど弱い相手だ。

 しかし、腹の傷はすでに直っている。どういう理屈だ?

 俺は怪訝な表情を浮かべながら詠唱する。

「氷柱針!」

 発射された魔法にランスロット王は釘付けになる。

 それでもなお死さない王。

「ど、どうして……」

 絶望した俺は、その場に崩れ落ちる。

 と同時、下の階から大きな音がとどろく。

 恐らくはアイシアだろう。

 彼女ならすぐに立ち向かってくれるはずだ。

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