第19話 三つの鼓動

 ヘンリルの力は絶大だった。鉄球のせいでアイラは近づけずにいた。

 血雨の殺戮ジェノサイドの鉄球で放たれた金属片がアイラの体内にくさびを打ち込んでいる。

 ボロボロになったアイラは気力だけで立っていた。

「アイラ、やられるわけにはいかないの」

 立ち上がり、そのまま走り出すアイラ。

「な。バカな!」

 ヘンリルは驚きの声を上げる。

 再び血雨の殺戮ジェノサイドを振るうヘンリル。

 だが、それを回避し肉迫してくるアイラ。

 地を蹴り、足を踏み出し、手を握りこぶしに。

 目の前に現れたアイラに目を見張るヘンリル。

 殴られた衝撃でヘンリルは大男の長身である二マイトも吹っ飛ばされ、壁面にめり込む。

「くくく。ここまで我を愚弄するのは初めてよのう」

 ヘンリルは口の端を歪め、壁から降りる。

 衣服に付いた砂礫されきを払うと、手にした鉄球を構え直すヘンリル。

 漆黒の勾玉アズ・ナイトメア突き出し詠唱を始めるヘンリル。

「これで貴様の野望もついえた。貴様を漆黒の勾玉アズ・ナイトメアに封印する!」

 魔力を吸い始める漆黒の勾玉アズ・ナイトメア

 だがケロッとしているアイラ。これ以上は吸いきれないのか、漆黒の勾玉アズ・ナイトメアがアイラから魔力を吸収するのをやめ、次の相手を見つける。

「馬鹿な! このわしから奪おうなどと!」

 ヘンリルは顔を歪め、漆黒の勾玉アズ・ナイトメアを離す。

 地に付してなお魔力を奪おうとする漆黒の勾玉アズ・ナイトメア

 どうやらその力は絶大なようでヘンリルの溢れる魔力を吸収しだす。

 光の繭を形成し、包まれるヘンリル。魔光雪中の魔法陣が起動しヘンリルのすべてを包み込む。

 血は焼かれ、魔力経路を干からびさせる。

 骨の髄まで吸い付くすと、そこには干からびた老人が写っている。

「わしの魔力を奪い尽くすなんて……!」

 吸収し終えた漆黒の勾玉アズ・ナイトメアは満足そうにその輝きを止めた。

 大人しくなった漆黒の勾玉を手にするアイラ。

「これでアイラがやられると思ったのかな?」

 ニタニタと不敵な笑みを浮かべているアイラ。

 アイラは地を蹴り前へと踏み出す。

 ヘンリルの横脇腹に蹴りが突き刺さり、骨を砕く音がした。

「なんと――――っ!」

 声を上げたヘンリルはそのまま壁に激突。

 砂礫まみれになったヘンリルは顔を上げ二度目の蹴りを腹に受ける。

 ぐにゃりと曲がるような気配を感じ、アイラは衣服を掴み、再び蹴りを入れる。

「これで終わりね☆」

 キラキラ輝くアイラの目には称賛と甘美な響きが待っている。

 そう確信し、ヘンリルを吹き飛ばす。

 しかし漆黒の勾玉。誰の指図か分からないが非常に助かった。

 魔力に頼っていない肉弾戦を行うアイラだからこそ、力を最大限に利用できた。アイラは首を傾げ、うーんと唸る。

 ここまで簡単に倒せてしまうとは予想外だったのだ。


▽▼▽


 雷吼が影に隠れるのと同時、ソフィアは神話の神々から伝えられた秘伝の魔法を使おうとしていた。

 だがタイミングが合わずに苦戦を強いられている。

 クナイや手裏剣などはたやすくかわせるのだが、影を移動できる雷吼の力に舌を巻いていた。

 早すぎるのだ。

 人類には早すぎる影技法なのだ。

 その速度はマッハ二を超える。

 こちらの攻撃をよけるのに徹しており、ソフィアは未だに攻めあぐねていた。

「雷帝よ、紫電の伝承をもって。馳せ参じ給え!」

 詠唱を始め、放つ一閃の煌めき。紫電の閃光。爆ぜる電閃。

紅雷紫電一閃ルビー・サク・サンダー!」

 弓のごとく放たれた電閃は影を穿つ。

 その破壊力は凄まじく、影を丸ごと吹き飛ばしていた。

 影のなくなったことで露出する雷吼の腕。

 そこに向けて雷撃を放つ。

 素早く影に飛び移ろうとする雷吼だったが、先程のダメージが大きいのか、かわしきれずに被弾する。

 ハンバーグのような焼け焦げた匂いがあたりに立ち込める。

 よく見ると雷吼の左腕は黒く焦げているようだった。

 だがそれも一瞬、影に身を隠す雷吼。

 裁定の錫杖ジャッチメント・ワールドを振りかざす雷吼。

「お主には死んでもらう! 来星一閃!」

 放たれた閃光がソフィアの身体を貫く。

 力の奔流。暴走する魔力。人体を蝕む破邪の衣ディメンション・トラベル

 雷吼を包み込む光の束。生きとし生けるものを理外の理に帰す力。反逆の狼煙。

 裁定の錫杖ジャッチメント・ワールドは万物の行いを詠み裁きをくだす善意の化身。異能の裁き。暴虐の断罪。

 光の嵐を生み出し雷吼の胸を抉る雷霆の魔雷サンダー・ストリーム

 すべてを灰にするいかずち

「自滅……なの……?」

 ソフィアが独りごちると嵐はけむるように消え失せる。

 あとに残ったのは裁定の錫杖ジャッチメント・ワールドと灰だけだ。

 その灰も隙間風に吹かれ、風前の灯。消えていくだけの運命。

 ソフィアは恐る恐る裁定の錫杖を手にする。

 なんともないようだ。

 どういう仕組かは分からないが、あの雷吼を自滅させるには十分な破壊力だった。

 この杖にはそれだけの力があるのだ。

 ソフィアはギュッと抱き寄せて上の階層を目指す。


▽▼▽


「むっ。なんだ?」

 オービスは訝しげな声を上げる。

 絶対防御の鎧。すべてを消し飛ばす力の源。根源。龍脈から組み上げる魔力。

 これらを逆手にとって放つことができるのはアイシアだけだろう。

 アイシアは自分の魔力を龍脈に流しているのだ。ただし魔ではなく焔として。

 火で炙るようにオービスの鎧はダメージを受けていく。

 魔剣の力と黒き焔が傷を受けていく。徐々に蝕まれていく。

 刻の時世クロノ・イラ。刻をも焼き尽くす業火の力。数千年の鬨を破壊せし者。断激の魔焔。昏き魔霊。

 えにしより与えられた光の刃。

 眼の前に光る魔剣は輝きを取り戻しアイシアに襲いかかる。

 バックステップでかわすが闇の焔が蛇のようにのたうち回る。

 髪を持っていかれたことに激高するアイシア。

「お前! 乙女の髪を、なんだと思っておる!」

「その見苦しい姿、お似合いだぜ」

 カラカラと嗤うオービス。

 彼の中の良心が死んでいると感じたアイシアは再び錫杖しゃくじょうを手にする。

「貴様らを灰にしてくれるわ!」

 アイシアは怒りの声を上げ、詠唱を始める。

「地母神よ。大地の化身たる岩人形ゴーレムよ。我が名を聞き届け、全てを消し飛ばせ!」

 力を込めて言葉を具現化する。

氷塊の衝撃波アイシクル・インパクト!」

 地を揺るがし、床から這い出る岩人形ゴーレム

 力を隠して起きたかったがそうもいくまい。

 全長3mに及ぶ巨体がぐらりと鎌首をもたげる。

 岩人形ゴーレムが身体を持ち上げると拳を振り下ろす。オービスはその盾で受け止めると、力を入れ、押し返す。

 刻の時世クロノ・イラが再び放たれる。

 漆黒の焔が雷鳥のごとく轟く。

 岩人形ゴーレムの身体を焼き尽くす。

 受けた傷跡がガラスに変わったが、それだけでこの岩人形ゴーレムが息絶えることはない。

 命を持たぬ者に刻の番人は答えることはない。

 豪奢な怨嗟を断ち切るはずの夜闇の魔剣ナイト・オブ・ダークネス

 だがそれだけではない。

 不死の力を与える魔剣でもある。

 岩人形ゴーレムの後ろに隠れ再び詠唱を始めるアイシア。

 放たれた水流弾は刻の時世クロノ・イラの前には焼け石に水でしかない。

 ――もっと力が欲しい。

 そう願うアイシア。

 だが問題はない。

 わしが時間稼ぎをしていれば、いずれジューイチがランスロット王を滅ぼしてくれよう。

 わしらはずっとそうしてきたのだから。

 そのために今ここにいるのだから。

 運命でもなんでもない。必然だった。

 再び岩人形ゴーレムを召喚すると、オービスは苦い顔をする。

 人形遊びはお気に召さないようだ。

 にやりと口の端を歪め、アイシアは詠唱を始める。

「星雲よ、銀河よ。大地万象の修羅を今一度、ここにもたらし給え!」

 錫杖を掲げ、宇宙の神秘を呼び寄せる。

蒼焔の重力アグニス・グラビティ!!」

「なに!?」

 驚きの声を上げるオービス。

 旧帝魔導騎士団。その団長のみが使えたとされる重力魔法。数多の兄妹の犠牲の果てに生まれた――重力奥義。

 二百年前の、滅びた力。理の埒外にある――番人の蒼焔の重力アグニス・グラビティ

 それが目の前に顕現したのだ。

 焦りの顔を浮かべるオービス。

 その頭上に重力球がいくつも発生し、襲いかかる!

 盾を構えるオービスだが、この数を相手に押し切れるはずもない。

 重力球はオービスを飲み込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る