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爆発したかのような衝撃があたりに広がり、工場の外壁がいくらか煙を上げて崩れる。ウエハースで出来ているかのようにパネルが崩れ落ち、ミサイルでも発射したかのような噴射がある————それを見ているクリスは地下に何かがあったらしいとすぐに理解し、アストラにノーティスを送った。
だが返事はなかった。
やられたのだろうか?
エレベーターシャフトから噴き出し続ける大量の空気は、止む景色を見せなかった。あれはきっとアストラが何かを受けたようなものだ。竜のような上昇気流に、アストラは?
しかしそれは、彼女の思考を否定するようにアストラを運び、切り取られた腕の一本までもを吹き飛ばしてくるのであった————切断面は鋭く、刃で一瞬にして分かたれたからしい。
前に見た剣でも使ったのだろう。彼はそれを四分の一に詰めたかのようなナイフを作って投げ、警備員の壁に穴をあけてビッタの言う『帰宅手段』を探す。
目を皿にして周囲の暗闇を見ていると、それになじむ艶消しの黒が目の前に飛び込んできた。
装甲で覆われたリムジンめいた高級セダン。どこか武骨でパワフルなスタイルをしており、タイヤの一つに至っても銃弾をはじいていた。運転手は扉を盾にしてアストラの前に止まり、彼に言う。
「あんたを運んでくれと頼まれてる…………乗ってくれ」
「……どこまで?」
「ホーム・スイート・ホーム」
「……そんなもの、ありはしないさ。宿ならあるがな」
「ならそこまでにしてやるよ。アストラ・リベルタス」
そうして彼が乗り込むと同時に、セダンのタイヤが地面に向かい、リフトファンになって空に浮く。その上リアトランクからジェットの噴出口が見え、車は空を飛んで遠くに消えた。
なるほど、それが運び屋を見つけられなかった理由ということか————見届けたクリスはドローンとの接続を切り、少しの間目を閉じて冷蔵庫から、アオイドリンクを一本ビッタに手渡す。いくらか長い今日の夜は、あと少しだけ続くらしい。
すぐにやってくるだろう相手に、良い結果を伝えられるようにねと彼女は相棒を励ました。
もちろんそうするし、そうできたよと、彼女はさっさとディスプレイを見せる。
そこには恐るべき癒着と、知らなければよかった事実が複数並んで、彼女らの正しさを証明しているのだった。
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それからアストラが帰ってきて、
クリスたちはそれぞれ『ストレイドのシノギ』と『データベース』を交換し合うこととなり、アストラが力で入手してきた資金のルートと、私たちが情報で入手してきた力の根源。それぞれが彼らの手元に残る。
それらがどう動くのかはわからないけれど、告発には一歩近づいたということは確かだ————人外を作り出して私兵とすること、そしてそれを裏社会での立ち回りのための力としていること。都市の根元にまで食い込んでいるのかもしれないそれに、私たちはどう生き延びればいいのだろうか。
この事実について、クリスは思った。
それはおそれにも似た、生存の欲らしきものだった。
ストレイドはストレイドで自分の役割を果たし始め、アストラはそれに怒りから立ち向かう。ミュータントを知って、あれが何か知りたいという理由だけで入ってきたクリスにもそれは止まることない。日々の糧の為に踏み込んでしまったビッタにも、それは止められない。
ただ、今日の日だけは平穏無事であることは保証された。それが良いことなのか悪いことなのかは、この後の誰かが決めることだろう。
アストラ・リベルタスは今日もケルスの闇を飛び交う。
ビッタ・ベリスは電子の海をいつまでも泳ぎ続ける。
クリス・エヴァンスは事実の為に前を向く。
彼らがまた会うのは、そう遠くない。けれども今は、一度だけの関係だ。
アストラ・リベルタスは風のように消えていく。
ビッタ・ベリスは一人の庭に住み続ける。
クリス・エヴァンスは無知を読む。
そして彼らは、きっと。
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