8
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屋上で一息つき、アストラは部屋割りを深く確認しなおしていた。絶対に何かがおかしい。部屋の構造がどこかでずれている。壁一枚か二枚くらいは何か、奥に突っこまれているものがある…………!
彼の中には、確かに何かがある感覚があった。最初の部屋で間違いはなさそうで、けれどこの図面と感覚を考えると間違いなくそこにはない。だから本当にどこかおかしさがあると見えた————けれどそれが何なのか、見取り図を何度も見て彼はようやくわかった。
壁や柱がおかしいと考えてみたけれど、最初からそう思うのが間違いなのだ。
おかしかったのは…………!
彼はそう気づくと、飛んできていたエコーを捕まえて飛び降り、きりもみ回転をして壁に投げ飛ばす。それはもちろん最初に探した倉庫の床に向けてで、ぶち浮くほどではなかったけれど充分に破壊の跡を残す。
それから身をひるがえすエコーに向けて突進し、ぶち抜いてアストラはエレベーターシャフトを見た。倉庫そのものが上下する構造だったのだ。
「ここか……!」
飛び降りさせるかとばかりにエコーはアストラに向かい、息を吸って何かを放った。右わきの柱に着弾したそれを偶然にかわし、空中で体勢を整えて彼は銃を撃つ。その8発はすべて当たらず、シルクリートの上に足跡のように残った。
エコーの体がアストラにぶち当たる。
そのまま彼はアストラを地面に押し倒し、爪で腕を抑え込んで咆哮を放った。
超音波を複雑怪奇に収束させて、振動で破壊する射撃武器。反響探知兼用のそれは、メスのように分子振動を加速させ切り裂く超音波カッターになる……!
だがそれが切ったのはアストラではなく、アサルトライフルだった。身代わりに持っていたものをワイヤーでひきつけ、顔にぶち当てたのだ。
ひるむが爪は離さないエコーに、アストラは頭突きして体を持ち上げさせる。そして緩んだ隙間から下半身を押し込んで蹴り飛ばし、そのまま能力でワイヤーを発射。絡ませて自分ごとエレベーターシャフトにたたきつける。
そうしてアストラは、エコーをアンカー代わりに身をひるがえし、壁に足を当てて落下するのだ。その縛めを切り裂いてエコーも落下し、先に走るアストラを追ってシャフトを飛んだ。
「『エコー』の旦那ァ!よくもまあ見えるもんで!」
電気が死んだ上に夜なのだからと彼は冗談めいて、ライトで照らしながら彼は壁を駆け抜け、着地する。そこは整備用のキャットウォークで、どこに何があるかもわからない————けれども下に下にと行けば、何かがあることは確かだろう。彼はライトをつける。深い深い底が、白銀に輝いているのが見える。
超音波メスの連撃をよけつつ、彼は確実に下っていく。
そしてたどり着くのは巨大そうな地下設備だ。
廊下が上と同じように作られていて、きっと階層もそうなっているのだろうと思える。ご丁寧に電子化の時代においてまで、ここがどこかのネームプレートを貼ってあるおかげで、アストラは今宿舎の前にいることが理解できた。
そのまま彼は攻撃をかわしながら、プレートを頼りに電算室まで走り込み、ビッタにノーティス。
『見つけた』
そして物理接続をするのだ。
彼女からは、『終わるまで10分稼いでくれ』と返信が来た。
それと同時に、エコーもこちらにやってくる。
壊すわけにもいかない機械を背にして、アストラはそれをにらみ、こぶしを構えている。やるか、それとも壊されるか?それに付き合ってやると彼は電算室を閉じる。
二人が首を振り、身体を丸める。
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地上ではかなりの人間が、破壊され始めた工場の修復だのに動こうとしていた。どこかから呼ばれた消防車だの工作車だのはどこかからの命令で現場保全に努め、そのうち来るだろう特殊解析用の機材を積んだ専用車を待つ。
がれきをこれ以上増やさないという名目で、警備員たちはアストラのいた中から外に出て、何者かが闖入しないかと目を向ける。当人はシャフトに入ってしまったので、ミュータントに対応を任せるしかないと見たのだ。
「急いで避難を!次がないとは限りませんから!」
表向きのメッセージを広げて、なんでも封じ込めのためシーリング樹脂が必要だというカバーストーリーを彼らは乗せる。そうしてバタバタと、白いシルクリートに活動の跡を残すらしい。
「もう終わりだ……」
そんな人ごみをクリスが見ていると、恰幅のいい男性がへたり込んでいた。ちょうどいいからと彼によって、持っているタッグと無線接続を試みる。そうしてエレカの履歴を手に入れて、ついでにログにあったファイルをすべて盗み取る————ちょいちょいとみてみると、何をどうしたか必要そうな書類がある。
どうして携帯端末なんぞに入れてあるのかと思ったが、着のみ着のまま出たらしい。まだ下と回線がつながっているらしいのだ。
彼女はそれをビッタに流してアーカイブし、がれきの群れにドローンを自動で動かし、監視カメラ代わりにアストラを待つ。つい今しがた電算室で戦闘とノーティスがあり、10分すれば出てくるとある。
それまで何が起きるか。遠くのモーター音を聞きながら彼女は、天に息を吐いた。
一応、収穫にはなったか。
けれどまだ、やることはある。
データ転送のプログレスバーを確認しながら、女は外の景色を伝達し続ける。
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そこまで広くない地下空間は、炎に包まれ始めていた。エコーが破壊するガス管だのから噴き出したものに、アストラの銃の熱が伝わりでもしたらしく引火したのだった。
スプリンクラーもあるはずなのだが、上の設備と共用の水らしく動かない。ほんのわずかずつ消えていく酸素の中で、もろくなる金属質を武器にアストラは、10分の解析時間を稼ぐためにエコーをワイヤーで縛り付けて壁にたたきつける。
下半身が埋まりこんだそれは、勢いに乗ってアストラを逆に投げ返す。そして線を切って超音波メスを乱射し、アストラを切り抜こうとする。
「うるさいな…………!」
アストラはハンドスプリングで抜け、捕まえる手を剥がして顎をけり砕いた。
血液が広がって、暴発する声に口が切断され、エコーの顔が半分ミンチになる。だが壊れかけの顔で彼はアストラを捉え、死んでも構わんと余計な部分を吹き飛ばしてまで連撃する。空中ゆえ姿勢の変化しかできなかったアストラは、それを肩にかすった。
互いに一度離れて息を吐き、彼らは次の機会をうかがう。ダメージは深刻で破壊も怖いエコーは早く決めたがり、逃げが待っているアストラも拙速にしたがっていた————同じ黒色の外套が、それぞれ切断と打擲によって各々の破れを見せていた。
きっと互いに、うまくは飛べなくなっただろう。
同時期に彼らの意向は一致し、踏み出したアストラの音を銅鑼として、エコーは彼に手を伸ばした。
大振りにアストラはこぶしを突き出して回避を誘う。だが避けずにエコーはダメージ覚悟で捕まえて、いくらか血を流しつつ爪を差し込み逃さない。
右腕からビリビリと感覚が伝わる。声帯から肉体で反響して放てるのならば、それがどうして破壊覚悟で胸郭から出せないわけがあろう?
アストラは自爆技とみて腕を抜こうとしたが、既に深々と差し込まれていて離れない。
「無駄だ!俺の爪は20センチの鉄すら貫いた!その程度で!」
エコーは少しずつ肉体に力をこめ、シャコの一撃のごとくして最大の放出を待つ。足を絡ませ押し付けて、爆弾を抱いたような状態にアストラをしてから彼は、全身全霊で息を吸った。
まるで星を吸い込む悪魔の様だ。
龍のうなりに空気の流れ。それから繰り出される一撃は、自分もろとも受けた相手を肉片にさせてしまうだろう。
「クソ!クソ!この野郎!」
ナイフを作るが、切り裂くには可動域が足りていない。邪魔な腕をのけるには、勢いをつける場所がない————!
「だったら!間に合え!」
彼はやれるかと、鉄の腕を背中から伸ばす。
それをギリギリの速度で降り上げ、先を大振りのナタめいた形状にし…………!
不可聴の轟音が、あたりに轟きわたった。
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