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隣室を渡すというのはジョークかと思っていたので、アストラは何か気まずいものを感じていた。部屋にある最低限の生活物資は自分のサイズに合わせてあり、どうやら電子戦では完全に負けている。
注文履歴をあさられているらしい————新しい住所に届けられた荷物は、間違いなく頼んでおいた裏のブツだ。届け先はボックスだったはずだが、徒歩圏内にしたのがまずったのだろうか。
一つ一つ嫌みのようにぴったりなのが、その気になれば通報してやるのもできるのだと言うようで、崖に蹴り飛ばされそうにある感覚をアストラに覚えさせていた。彼はいつものコートを脱いでタッグだけをズボンのポケットに収め、最低限の礼儀を整える。そしていなくなったオルレのことを思い、許せと扉をノックした。
中にいるのはクリスとビッタ。もちろんしばらく前に戦闘をしていた時の装いだったが、中身からは湯の後の香りがあった。どうやら装備の重みに耐えかねたらしい。
女の部屋には自分から二度と赴くまいと決めていたが、こうでもなれば。アストラはただひと時の敵の共有だと、肩をすくめる。
「マジに部屋をくれるとは思わなかったよ。どんだけ金持ってんだ?遊びか?」
「退職金とそいつの裏仕事だってさ。まあそんなのは置いといて……自己紹介から始める?」
「いや、いい。んなことよりも、情報共有の方が欲しいね全く」
女性の部屋に踏み入るのは幾分気が引けたが、ビッタはともかく、クリスにとってはその程度どうでもいいのだろう。小説のように固い態度でホルスターを持つ彼女はビッタに示し、空間投影で情報を出させた。部屋のタグレースは見たこともないタイプで、新型なのか自作なのか。
それから線が重なり合って、部屋の空気に見えるのは、青い色した彼に関連したハッカーたちと、その生死だ。
「貴方は現在で32人と関連して、その上で全員が死んでいる————電脳焼けが10人、普通に殺されたのが6人。毒殺8人。残りが出血多量。何があったか、語ってもらえる?」
特に何か特別にしたわけでもない。ランダムに引っ張って依頼をして、まかり間違って戦闘に巻き込んだ奴らだった。
「語らなければ何をすると?」
アストラは肩に力を入れて見せる。答えないというわけではない。ほんの少し前は協力をしたけれども、それはあくまで逃げるためのビジネス関係。逃げ切った今なら別に何もないのだ、だったらどうするかを見たいだけ。
うすうすはミュータントだろうと勘づいている二人はそれも見越し、顔を見合わせて肩をすくめた。
「別に何もしないわ…………ただ、ちょっと教えるだけよ」
「何をだ?」
「そちらの居場所をよ。タッグの位置情報は抜いたし」
やはりかと、彼はタッグを握りつぶそうかと思う。中にいろいろを突っ込んであるから、オフラインで移して————いや、それでも結局ばれるか?なら同じ、か?
無駄と分かりながら彼は言う。
「どこに?」
それにビッタは、微笑みながら。
「ストレイド」
そうして99ミニマムを回した。マガジンをアストラに向けて投げ、彼女は弾薬のないそれをもてあそんで続ける。
「ガッシャ・ユニットのガッシャハンド。それの99ミニマムよ。あなたが持ってるのと同じ、コピー品。どこで入手したかはわかるでしょう?」
同じように彼は自分の物を取り出し、マガジンをホルスターに収めてスライドを引いた。共通で使える品、問題はない。
「セカンドレイヤー、か」
思った以上に深入りできるようだ。彼は拳銃を投げてはじけ飛んだ弾をマガジンにしまい、キャッチしつつ戻して流麗に収める。
「ステーション名の意味も分かるんだろう?」
無言の肯定。アストラはよいよいと冗談めいた剣を生成してみせ、自らがミュータントと示してつづけた。
「…………なら、あくまでビジネスといこうか」
彼らはしばらく睨みあって、互いに同時に力を抜いた。そうしてあの蝙蝠男について、いくらかの会話を交わし、十分に交換条件とした。
「そう、ビジネスね。今回限り。いいわねぇ」
二人は勿論、納得してみせる。
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工業用の薬剤生産工場。アンダーシティでは加工貿易か農業が経済上重要なものとされているため、よくあるものだ。というより、単体で完結できなければアンダーシティと認められないのだから当然だ。
頭痛、腹痛。痛みという痛み
だがここは麻薬の生産工場でしかない。それらを消せる全ての薬の中でも最上の、人生そのものの痛みを取り消す薬。表向きの生産こそちゃんとされているけれど、しかし利益で考えるならば、
立法府で禁止された成分をベースにして、一応合法でより効き目の強いものに変更する研究を皆が行っていた。そしてそれを上で生産し、工業用途で買って流す。末端で2か3倍。それを民間人から引き出して、良くも悪くも生活を高める。それがこの場所での仕事だった。
今月の生産状況と、上から送られている違法化の日程が電光掲示板に表示されている。それはどこか本末転倒のような気がして、工場長には好みではなかった。けれどそう決められているのだから仕方ない。市民の為にというなら、アンテルニアを殺すことこそが市民のために違いないのだから。
「あっちはどのくらいの生産を望んでいる?」
彼はわかりきった質問をして、向き合っているミュータントと会話を続ける。それは自らのことを『エコー』と呼ぶように求めていて、それは自分の力からそう名づけられたコールサインだった。
彼は言わずもがなだろうとして肩をすくめ、我々の求める量だけでいいと返す。工場長はそれに隠してため息をつき、ライン稼働率についての面倒な始末書をどうしようかと椅子に腰かけた。
「お上はいつも無理押しをするよ。金は生産に消えているし、利潤なんぞとっくの昔に研究費に消えてるってのにさ」
地下についての書類を焼却し、彼は地下のサーバーにアクセス。ファイルを一つ開く。3重の認証とバイオメトリクスで開いたそれは、大量の遺伝子コードの実験データと性能の向上が踊っていた————タイプOで成功してからは、ミュータント兵士の実用にも近くなってきている。けれどもまだ、完全な適合には至らないというのが今だ。
「フィビシタイプの適合コードなんて、そうそう見つからないのに、これ以上をお出ししろなんてさぁ」
「だが、そうしなければ戦争は終わらせられん。すまんな」
「いいんだよ。人なんていつまでも戦う生き物だ。思想だの、理屈だの。そんなもんで勝手に殺しあう生き物————だからまだ、機械と人間で争いあえるだけがマシとは思うよ、今は」
「そうかな。そのうちまた逃げるか残るかになるだろうとしか思えないねぇ……宇宙か地球か、我らはどうすべきかって」
「それを言えばおしまいさ」
工場長は立ち上がり、後は任せると仮眠室へ歩いていく。
「ひとまずの休戦になるまで、僕らは戦わなくちゃいけないんだから」
彼は呟いて、バタリと閉める。
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