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 タッグの反応と予約データから先回りすれば、あのエレカの行き先はアーレット通りだろう。ゼロゼロ物件を移動中に取っているのもデータから読めた。ってことは何かがあったに違いない————そしてあいつが持っているはずのタッグが、あのミュータントの懐にある。ってことは……?


 あいつもお仲間かそれに類するもの、ってところ?


 ビッタ・ベリスはログを読み漁る。移動経路から考えると、どのあたりの家でこれを奪ったのかもわかる。ついでにいつそうなったのかもわかって、ちょうど9時間前。ってことはそれまでは生きていた…………?



 なら彼を追えば、何かがつながるのではないだろうか。



 そうクリスらは思った。だから急ぎに急いでアストラの元へと先回りし、冗談みたいなスピードで扉の鍵を解析して開いて中に入り込んでいた。当然行くのはクリスである。もちろん協力を持ちかけるつもりで、彼女はそこにいるのである。


 何かがあってもすぐに殺されるわけはない。こちらは一応元ポリスだし、ストレイドに追われる人間が対抗能力など持てるわけがない————自分らに頼らねば道は消えるかもしれないのだ、味方にはなってくれるだろう。


 技量に関しては互いに信頼できるはずだ。ビッタ・ベリスを出せば、きっと身内関連で察してくれる。



 彼女らはそう思っていた。



 というわけもあり、ビッタに何か来ていないかを見張っていてもらっているので、クリスは茶を飲んでくつろいでいるのである。


 オールド・ムギチャを濃く淹れたものをスキットルにぶち込んだのを傾けて、オールド・パパのようにゴロリゴロリとしているのである。人の家に侵入してふてぶてしくするというのはあまり好きではないが、これは私ではなくビッタの趣味だ。付き合ってやらねば仕方ない。


 そう内心ワクワクしながら彼女はソファーに寝ころんでいた。備え付けらしく、新しいように見えて中身自体は古ぼけている。ほこりっぽさがどこかに残って嫌いだが、廃墟趣味を覚えさせてそれはそれでいい。たまにはこういうとこ取ろうかしらと、彼女は呟く。


 すると明かりそのほかもろもろが機能を失い、部屋は完全に静止する。


 やらかした?とクリスは思ったが、ビッタの仕業であった。


「そろそろ来るから、オフにしとく」


 その声に応じて銃を抜き、クリスも身構えて息を抜いた。外の音は勿論聞こえない。一般的になった防音が、壁の中で振動を吸い取っているのだ————だから10分ほどの間空白の時間があってドアが開くと、明かりがついて男が見える。


 そしてクリスの姿に驚いて、いきなり銃を抜いて身をひるがえす。


 99ショート。どこで手に入れたかわからないレアもの。そして美しいとしか言いようのないバック宙、部屋でよくできるものだ。


「お前は誰だ…………どこから来た!」


 急なことに内心で同じく驚きながら、クリスはそれを見せずに答えた。


「聞きたいことはこちらにも…………身内の知り合いが死んでね」


「それがどうしたと?」


「貴方を追っているミュータントが、彼の端末を持っていた。そう言えばどう?」


 言葉を選べるほどの語彙はないが、あくまで相手側にメリットがあるようにすればいい。嘘はつかない、ごまかさない。それが交渉の基本————クリスはその上でタッグを取り出し、端末の持ち主についての情報を映し出す。その中には当然、目の前の男の端末のアドレスもある。


 もちろん捨てていいようなワンショットだ。それを手渡し、彼女はつづける。


「私たちは今、連続ハッカー殺人事件を追っていてね…………被害者とつながっているうえ、ストレイドにまで追われているあなたを逃したくないのよ。逃げたらこっちからは追わないけれど、どうなるかも責任は取れないからね」


「逃げなくてもそうじゃないのか?」


 警戒を緩めずにタッグを返却し、男はコートの前を開けた。動くにはつらそうな丈だったが、それであんなことを出来るなら、彼もまさか?クリスも同様に注意してタッグを受け取り、ポケットにしまって続ける。



 もちろん互いに、銃を向けている。



「そこで貴方に協力を求めたい…………次の住居と電子的サポートは約束できるわ。BBって相棒がいてね、だいたいのことなら調べられるのよ。それにこっちは元ポリス。データベースの接続もまだ残してるわ。どうしたい?」


 彼女はそこでいったん言葉を切った。目の前の男の目は間違いなく、クリスの銃を反射してギラリと輝いている。一つ二つ、間違えたなら殺されるだろう————嘘があったりしても、そうだ。やはり変わっていない。


 殺すときの目。



「あなたは、どうしたい?アストラ・リベルタス?」



 すると男は発砲するぶちころすのだ。



「いいだろう」



 しかし対象は、目の前の女ではない。

 彼がそうつぶやくと同時に、クリスの真後ろにいた人間がシルクリートの路面で花を咲かせる。べしゃりと叩きつけられる音が響いて、彼女が見落としていた敵を知らしめるのである。


「だがそうするのは、生き残ってからだ」


 まさかと彼女がベランダに出ると、そこにあったのは取り囲みつつあるギャングだのの影。


「どうやらそっちと同じことのできる野郎がいるらしいな…………そちらが漏らしたとも思える。どう信用しろと?」


「私が撃たれかけた。それだけで十分ではなくて?」


 ギャングの銃声が反響するかのように広がって、そのままオルガンのごとく弾丸が増える。中から出さないための制圧射撃だ————かなりの練度があると見え、一つの銃が限界を迎えれば次と、リロードのすきを見せない。ギャングなのか?そんな雑さがあるのだろうか?


「まだ駄目だな。敵は信用できないと信頼している」


 決断を遅らせれば入り口から入られて、逃れようのない弾丸で殺されるだろう。ミュータントといえど銃弾には勝てないのだ。


「なら何が欲しい?私の名前?」


「俺の自由が欲しいな。くれるか?」


「自分で掴みなさいな。私はそうするからね」


 クリスは牽制射撃をする。さすがに殺すことはまずい。刺激して逃げられなくなるのが一番きつい————だからこそ、ほんの数秒で彼は答える。


「いいだろう。俺のをやってやるさ」


 そしてクリスをつかみ、アストラは扉をけり開けて外の三人の脳天をぶち抜く。階下のポラリスまではそれで十分だった————彼はそのまま飛び降りて乗り込んでエンジンをかけ、ジャンプして奇妙なバランスで後ろにつく。その間にクリスが前に入り込んで、走り出す。


 背中合わせに座して、後方で狙うのはアストラ。前方で走らせるのはクリス。


 夜の闇の中に、真っ赤なラインが3つ引かれた。


「撃ったんだからやりようはあるのよね!なかったらブレーキかけるわよ!」


 追ってくるのはフリーランスの雇われで、そのタイヤをアストラは撃ちぬいてみたが、パンクはしたもののまともに走っていた。車体を狙ったものははじかれているので、ご丁寧に防弾仕様を持ってきたらしい。アタリをつけられていたということ。


「手持ちじゃ抜けない……何かできるか?」


「私には出来ないわねぇ。でも!」


 クリスはビッタにエレカの制御ソフトへの干渉を頼み、彼女はレーダーゴーストを生み出してそれにこたえる。ついでにHUD機能を阻害して速度だのスリップ率だのをを消して目隠しし、カーブでミスをして一部がガードレールにたたきつけられる。


 それでも追ってくるものはオートパイロットに偽情報を。マニュアルで動かすものには強制的にフルブレーキをかけさせ、ハイウェイに入るころには、追いかけてくる残りは2人だけになった。


 それも車一台だ、すぐにエレカの群れに入れば見えなくなるだろう。


 もう銃はいらないとアストラはホルスターに戻して、一体これからどこに行くつもりだと聞く。するとクリスは馬鹿じゃないのとポラリスを左右に揺さぶり、「どこに行きたいので」と肩を緩めた。


「そうだな…………ホーム・スイート・ホームか?」


「冗談ね」


 クリスは行きに使ったジャンクションに乗り、ハイウェイを乗り換える。


「まあな————のこのこと戻れん。俺の行き先をどこにするつもりだ?」


 料金所での精算はアストラが流れるように行い、減った金はビッタによっていつの間にか穴埋めがなされた。口座でもハックしたんだろうか。まあいい。


「こうなったのもそっちの関係だ、隠れ家の一つくらいあるんだろう?」


 彼はクリスがしまう前に確認した残高に、ほんの少し目を丸くする。

 おそらく遊んで暮らせるくらいには金があった。どれだけをやってきたんだこいつと、彼は目の前の女に底知れないものを受け取らされる。


「しばらくは私たちのとこの隣室よ。事情聴取が終わるまでだけれど」


 そして話を聞きながら器用にマガジンの中の弾を確認し、10×25ミリはあるかなとつぶやいた。


 そのくらいなら買えるわと、彼女は同じように。



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