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 ツェーン・ステーションに待ち合わせると、クリスは聞いていた。ビッタの知り合いが身を守ってくれるならこの調査に協力すると持ち掛けていたので、外に出るわけには行かない彼女の代わりに出ていた。


 しかし列車の遅延のようで、十分待っても彼は来なかった。自動改札を出入りする人間が、苛立ちながらカードを出し入れするばかりだ————真っ赤な画面で詫びる駅の表示にため息ついて、彼女はしばらく待ち続けることにした。


 けれど十分で来ないものが二十分で来るわけもなく、二十分でそうならば一時間でも来るわけがないのだ。


「ねえ、ビッタ。あなたの知り合いってそこまで時間にルーズだったかしら?」


 しびれを切らしたクリスはそうノーティスした。自分の身を守りたいからと連絡してきた人間が、ここまで長い間相手を待たせるわけがない。そこまでして金のなんぞに銀のひもをするのだったら、本末転倒だが自殺が手っ取り早い。


 やってこないというのはどうにも考えにくい。ビッタが返事をする。


「そこまでじゃないわよ……あいつならせいぜい十分前。神経質だから」


「あら、そう…………ってつまり、それは非常時じゃないのさ!」


 何だと読み飛ばそうと思ったが、それはそれでいけないこと。


 駅から駆け出して駐車場の愛馬にまたがり、クリスはポラリスのエンジンをかけた。スポークのないホイールが重みを持って回転し、時速100キロに5秒ほどで到達する。ビッタに神経質と言われる相手だ、キッチリ秒単位で10分前をやるだろう、何があっても。


 タグレースのパネルをタッチ、ヘッドセットに通信を飛ばす。


「どうせ位置情報とか握ってるんでしょ!追跡できる?」


 手持ちのタッグから切り替え、彼女はマップ上にいつものポイントデータをもらった。


「ツェーンのあたりは面倒なのよ…………でも大丈夫、つなぎっぱだから行けそう」


 黒と緑のワイヤーフレームが、ARグラスに立体に広がる。表示された点の位置は、乗り物にでも乗っているのかハイウェイ沿いに走っていた。ここから行くならポイント2で乗ればちょうどだろう。


「ありがと。でもこっから荒れるから、死ぬ気で追って頂戴ね」


 クリスはアクセルを入れてタイヤを強くグリップさせた。道路と電柱埋め込みの自動運転用タグから追っているだろう彼女に、使い物にならなくなると通告。


 そしてポラリスのハイグリップモードを起動、ウインドシールドに身を入れて、風圧から身を守った————そうしてすぐにジャンクションにたどり着くと、時速200キロほどで駆け抜けるその点の動きを探す。


 先回りできたから、そろそろ来るはずだ。


 自動制御エレカの波に乗って、相対速度は180キロ。明らかに速度の違う物体が来ればすぐにわかる。こっちも速度を合わせて、まるで濁流を抜ける鯉のように駆ける。そこに後ろから来たのは一台のエレカ。


「ビッタ、あれがあいつのやつ?」


 なにか嫌な予感がして、彼女は問いかける。


「……違う。あいつのエレカじゃない」


 しかし反応はそれではなかった————ではなんだ?


 街灯で切り裂かれた夜の闇を不自然な影が通り過ぎ、そのエレカに飛び乗った。まるでコウモリ————生物タイプのミュータント。ドラレコ用カメラで写真を撮って、その場でタグレースの解析。


 緑のプログレスバーが進むと、その右手に何かが握られているとわかり始め……あったのは、タッグだった。

 つまりそれが持っているということは。


「…………知り合いは残念だそうよ」


 クリスはそうあきらめた。


 心から仕方ない奴だと、通信の奥のビッタは息を吐き、数秒の間顔に手を当て首を振り、そしてつぶやいた。


「うすうすとはいえ、ね…………」


 データ上の出来事だった身内の死が、ここまで近いとは。そう彼女は言葉に隠す。彼とはなんぞでもあったのだろうか?だが彼女は何も見せず、継続してクリスの支援を続ける。ポストの遷移が激しくなる。少しノイズが混ざり始める。


「どうせだけど、追う?」


 見失わないように速度だけは同じにし、右に左にと前のエレカが切り裂いた隙間を抜けて彼女は答えた。


「敵でしょうに。続けるなら追うわ」


「そう…………じゃあ、消極的に」


 ビッタはミュータントの持つタッグのデータを抜いて、遠隔情報収集端末に仕立て上げる。そして響く超音波と飛行能力からそれの性質に気づき、持っているライブラリから照合。どうやら捜査する系の部署だったらしいと言った。


 ほんの少しだけタイヤ運びをミスし、クリスは速度を幾分落とす。もともと200メートルほどは離れていたが、400ほどに広がり、今から詰めるには少々面倒な距離になる。


 ストレイドにつながる手がかりを逃してしまう。


 彼女はそう思い、ビッタに叫ぶ。


「追われてるエレカから侵入できない?できれば足跡たどれるように!」


 少々語気を強めすぎたからか、うるさいなと彼女は声に示した。


「やってるよ!2ネルロスくらい待って!」


 その間にも、エレカは超人的な運転で離れていく…………。



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 ハイウェイでエレカを乗り捨てて、アストラはカササギ通りの屋根に飛び乗った。行先はどうせ何とかされるだろう。とにかく今は逃げるのだ。


 そのままワイヤーを生成して壁に投げて刺し、引き揚げて彼は屋上までに体を持ち上げた。これで高度はそろったので、水平に狙って99ショートを連射する。移動から射撃までは探知できたが弾丸の向きまではさすがにできず、コウモリのミュータントはかすめて血を流した。


「外した……」


 しかしそれは目的とは違った。アストラだってミュータントではあれど、夜間の視界に関してはよく見えるの域を出ない。人間の3倍は見えるけれど、それでも像はぼやけたレンズのようなのだ。蝙蝠が反撃に近づき、顎を開け放つ。


 アストラはワイヤーを引き寄せて地面に向け加速して回避する。そのすれ違いざまに腹に4発を撃ち込んでみたが、急所は外したようで行動不能にはできなかった。おそらく翼膜だろう。


 落ちる彼に向けて蝙蝠は切り返し、そのまままっすぐに血を抜きにかかる。高く飛びすぎた影響もあって、これ以上の軌道変更は落下に等しい。アストラはワイヤーを捨てて両手で受け止め、刺さりそうな歯を寄せぬために頭をつかむ。


 その恐ろしい刃はどこまでも鋭く、鋼鉄すら貫けそうに輝いていた。


「離…………れろ!」


 殴りかかる手を何度も払い、くるくると落ちてから彼は蹴り飛ばす。ビルのある高度に戻ってきたので、ワイヤーを撃って円軌道でビルの中に突っ込む。


 メタルのスパイクに、強化防弾ガラスが粉々に砕け散った。


 中にいたマフィアが急なことに驚いて銃を抜くが、それを邪魔だと蹴り飛ばして彼は、どこかで見たような穴あきの置物を盗んでガラスを突き破った。そして飛んできた蝙蝠を見つけ、ワイヤーにつなげたそれをスリングめいて投げつける。



 もう一方にはコンカッションが結びついていた。



 体に絡まり、それは爆音を空中で響かせる。通常は爆発だけで殺すものだが、それ以上に聴覚の優れた相手だ————鼓膜が粉々で済むだろうか。目を閉じ耳を塞ぎ、口を開けたアストラはそれに耐える。


 しかしコウモリにはそれはできまい。


 当然一瞬で蝙蝠は聴覚を失って墜落し、前後不覚にミュータントは陥った。アストラはそれに乗じてエレカを使い、新たにとった宿へと走る。


 いくら身体が強靭であろうと、それでも半日は襲えないだろう————彼は一息つき、これ以上の追撃が来ないようにと祈って目を閉じた。


 仮宿までは、安全運転で3時間。今日はそこまで眠れない。マニュアルでやらねば、なにがなんでも逃げられない。



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