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少しずつ真相に近づいていくにつれて、ストレイドの情報を奥深く解析できるハッカーはいなくなっていった。アストラが最後に行動を共にしていた奴も既に電脳を焼かれて墓の下に送られてしまっており、ついてこられたものも『これ以上ともにいるのはごめんだ』と彼の元を離れる。
確固たる彼の目的に賛同できる人間はほとんどいなかった————この都市システム丸まるを敵に回すのと同義なのだから当然だ。ポリスを使って収監するもいいし、ガードの誤出動で射殺されたことにしてもいい。
面倒ならばストレイドのミュータントを出して、適当な工場でリン酸入りの肉として処理してしまえばいいのだから、権力というものはこの世で最も強い力であるのだ。
まだストレイドを知らない頃には、かなりの人数をそれの犠牲にしてしまった————読み込みするだけで居場所をバラし、殺害しろとの命令を下すという簡単なトラップ。盗んだいろいろに入っていたせいで、数多くの迂闊ものを生死の戦場に放り出す羽目になった。
電脳を焼くのができない相手には直接攻撃だったので、護衛をすることには成功した。しかしそんな腕のいいハッカーからは出入り禁止を突きつけられ、もう会うことは無いだろうと念書を交わしたこと2度。
何とかつながることのできた有用な人材だから手放したくなかったのだけれど、本当に仕方ないことだった。
「でも、これからは自力なのかぁ…………」
だからアストラは溜息を吐いた。先日最後の味方を失ってから、解析できる人材は彼の近くにはない。だからストレイドを追うのをやめてもいいのだけれど、今更それはできないことだ、だからどうしようもなかった。
犠牲を出しつつストレイドの存在にたどりつき、それが彼の復讐の根源と知ってからは、それがただ生きる目的だった。だからやめて逃げるわけにもいかない。知らずに殺してしまった多数の人間に報いるためにも、
色々をしてネットワークを手に入れたので、そこからフリーランスを見つけて依頼をしていたアストラは今日もまた、仕事のできる味方になりうる人材を探してアパートを出た。
借りたのもこれで十二軒目。転居に次ぐ転居でもはや、必要以外は持たなくなった。
昼も夜も何も作らず、買ってきたものを消費して終わる日々。今日はどうせなのだから、レストランでも使おうか。
久方ぶりの長い昼食に舌鼓を打って、彼は3時間ほど自宅を出た。どうせ今日は何もできなかったのだ、仕方あるまい。
そうして自宅のドアを開けると、何か前より空気が新しく。誰かに侵入されたようで、またもろもろを変えなければと思って鍵を閉める。そして明かりをつける。
荒らされていない部屋が目に入る。そして目の前に、蝙蝠のような人間が映る。
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アストラは反射的に蹴りを繰り出して部屋を出た。最低限この後の行動をするのに必要な道具を持って行動するようにしていたからアウトにはならなかったけれど、それでも買い戻すのはひどく面倒だと彼はどこかで思い、すぐに切り捨てて道路に飛び降りる。
彼は人間の3倍ほどの速度で街を駆け、タッグで物件の解約をしてからエレカを拾った。
メモリだのの調査結果を握っていなかったら、今よりもっと面倒になっていたろう。ミュータントがどう見ても肉体変化系のミュータントなのだから。
彼はかつて戦った一人を思い出す。それは腕だけを変身することのできるタイプだったが、固いのなんのでまともに相手できなかったのだ。
最終的に溶鉱炉に叩き落すことで終わったが、それでも体が熱で死ぬ前に一度這い上がり、こちらも半分落ちかけた————真正面から肉体性能で相手はできない。
真正面からはいけないだろうな。蝙蝠のような外見をしていたから、外骨格強化などではないだろうが、それでも飛行能力だったりエコーロケーションだったりはあるはず。
おそらく夜にめっぽう強い
街に走り、タッグを出す。壁を走りながら建物を走り抜けて、電子の海で新しい住居を見つける。麻薬組織から盗んだ金で契約を終える。片付けが必要な事態を備えてゼロゼロ物件は成り立っているのだから、それはそれで任せてやろう。
ともかくと彼は、遠くに見えるあの蝙蝠男をどうすべきかと考える。
「いつもなら、なぁ…………」
走るエレカに飛び乗り、彼は後ろにいるそれに銃弾を発射。
しかしてらりと輝く翼で飛ぶそれが、左右にロールして回避される。この距離から拳銃で当てようというのが間違いか。当てるなら10メートルには近づかないと。
アストラは上に張り付く黒い影を邪魔そうに眺め、どこかでやれないかとナビを見る。このコンクリートジャングルの中で、こちらも対抗出来てその上で目立たずにできる場所————あったか?
「コンピュータ、ツェーン・ステーションまで頼む」
誰かが乗っているが、そいつには我慢してもらおう。彼はわずかなハッキング技能で行き先を書き換える。
それは再開発地区でマフィアのフロントだらけの場所。真実があったとしても、それを語れるのは反社の仲間内だけだ、漏れて面倒なことになる心配はないし、あっても叩き潰せばいい。
「さて、それまでどう躱すかな……!」
そして外から扉を開けて中に飛び乗り、そこまでの13キロを駆け抜けるべく、マニュアルにしてハンドルを握った。
「ちょっと!あんたいったい!」
「るっせぇ!死にたくないなら黙ってろ!」
もちろん、中身の苦言などは気にせずに。
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