繋がる声よ
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電子の海の中では、時間感覚というのは限りなくあいまいなものだ。1日は簡単に過ぎるが、逆に1秒というのは限りなく長い。なにかが来ない時間と何かのいる時間を重ねあうからこそ、それらは同時に存在するのだ。
だから、毎秒返事があることだってよくあること。
だからこそ。
ビッタ・ベリスがしばらくぶりの連絡を取ったはずの知り合いは、珍しく半日以内に返事を返してこなかった。電脳世界での情報合戦に身を投じるハッカーという身分をしているのだから、それほどまでに忙しいのかと彼女は三日待ったが、それでも何も帰ってこない。
それは明らかにおかしいことだった。それは明らかに異常なことだった。だからおかしいと思って別の身内に連絡をしてみると、彼はこう返事をするのである。
「奴ならついこの間、頭をぶち抜かれて死んだらしい」
それは彼女にとって、驚きだった。その知り合いはかなりリスク管理というものに口うるさくしていて、物理住居なんて5、6で利かないほどに持っていたのだ。それどころでなく、ポリスにもガードにも、マフィアにも協力を取り付けて生きていたのだ。
あれだけリスク管理を徹底している男が、何をどうしてそんな風に?
それはそのまま彼女の身の安全保障に結び付き、彼に何があったのかを知らねばという念になる。予備の捨てる予定だったタグレースを出し、彼女は近場のコンビニの回線を盗んで接続してピンを確認。かつて偽名を使って借りたサーバーから、充分の速度があると返答。
まだ彼そのもののもつデータは残っていると、読み解いた————ビッタはそこからノードを辿って、緊急用に教えられていたデータ分岐用の送付先を見て、ある日付からそれが途絶えているのを見る。
それはちょうど、彼女が連絡を取る前の日。
コンピュータが起動していれば必ず確認データが残っているので、少なくともその日には彼は死んだのだろう。アイツのことだから、何か分かれば一つはヘルプを送るはずだが、それがないということは…………。
どこかの大型組織に間違えて喧嘩でも売ったか、それともアシついてから逃げるのが間に合わずに落とされてしまったかのいずれか————だがあんな臆病者が、下手こいて喧嘩を売ったとは考えづらい。ソーラーマニ車を100年放置したくらいには徳は積もり積もっているだろう、両方ありえない。
ということは、逃げるのが間に合わなかったのだろう。
さすがに隠しのクラウドは破壊されていなかったようで、送信が死ぬ1時間前のバックアップデータが残っていた。彼女はそれを一つ一つあさってみるが、仕事で使っているデータだけがわかって、それ以外は何もない。テキストファイルもざっと流し読みしてみるが、趣味のファンタジーもの以外はあまり面白くなかった。
「やっぱり、必要以外は消してたか…………」
仕方ないので最後の送信履歴だけを保存して、彼女はクリスを呼んだ。またしばらく面倒ごとになりそうだが、それでも利害の一致のため、手伝ってもらうしかあるまい。
「ねえ、ちょいとばかししてほしいのが、アンタにあるんだけどさ」
「なにこれ、小説?あんたそんなの書くの?」
「違うっての。続き読みたいならその先は出ないよ。作者がついこないだ死んじゃったっぽいから」
「死んじゃった、ねぇ…………お仲間?」
「お仲間」
彼女はだいたい察して、息を吐く。
「言いたいことは明日言え。今日はやることあるから」
そして彼女は、自分の部屋に戻っていく。
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クリスはほとんど使い物にならない拳銃を分解して、ため息をついた。
何度となく撃つ羽目になったせいで手入れ不足になり、ついにはスライドが吹っ飛んでしまったのだ————修理部品は当然持っていないので、どうにかして購入しなければならない。個人的な好みのデザインで選んだからなのだが、旧式だったのが災いして、ネットにはほとんど流れていないらしい。
だから表の銃砲店で購入をしにいけないのがつらいと、彼女は顔に手を当てるのだった。ストレイドに目をつけられているのだから身分証明などできるわけもなく、かといって非合法の物を精度に強度をきちんとできるほどの改造などできるわけもなく。
今手元にあるメリーランドは死体同然である。蘇らせられないから、本当に死体同然である。
まだ変えの利く、スプリングが折れただの、スライドストップ機能が死んだだのだったら…………。
「ビッタから買ってもらうったってなぁ…………あの99ミニマム、借りようかな」
また溜息を吐く。かつてセカンドレイヤーで購入したという品。使っていないからサビサビらしいけれど、オイル入れれば動くでしょう————もしくはサタデーナイトスペシャルでも使い捨てるか。
彼女はフレームまでに分解した愛銃を適当な箱にざらざらと流しいれ、ビッタのいる隣室をノックする。ポリスアームはいつかに投げ捨ててしまったしなぁと思いながら、言葉を押し出す。
「ちょっと頼みたいことがあるんだけどさ」
今は寝ているはずの時間だったが、珍しく彼女はすんなり扉を開けた。
「いいよ」
いつものようにつり銭は取っておけとそれなりを渡し、まともに使える銃を頼むと、彼女はその程度ならとすぐ注文と信任書を偽造して、
「明日言えって言ったけど、取り消すわ。今日聞いてあげる————で、頼みたいことは何?」
だからクリスは、肩をすくめて同じく入る。
「どうせならさっきの続きも欲しいしね」
彼女はそれを許容、取り出したのをクリスに投げ渡した。
『連続ハッカー失踪事件』
それはご丁寧な見出しでまとめられた、ビッタなりの危機感の表明だった。内容は文字数にして2000ほどだろうか————クリスは受け取って読んで、それが彼女にも降りかかるだろうと思ってどうか問う。するとビッタは
「わかんない。共通点は見えてるのはなにがしかのファイルを読んだことか、ある一人の依頼を受けてるかだし」
と返して、監視カメラに映った成人男性を見せた。トレンチコートを着て、誰にも見つかりたくないという風にしていて、割合に力強く歩いている。おそらくリアルタイムの映像だろうか。
「それが、こいつってわけ…………?」
「そ。しかも何でか死んだはずの人間なのよ…………気にならない?」
彼女は盗んでいた個人情報をオーバーレイする。男の名はアストラ・リベルタスで、復讐から放火をしたとして有名な人間だ————自分で自分を焼き殺して終わったらしいのだが、それがどうしてだ。
「気にはなるわね…………」
その事件の時に出動したことを覚えている。前の火災で人々が立ち上がろうとしたときにやってくれたから、ポリスはどうして逮捕しなかったとうるさかったっけ。
けれどあれから半年以上はあったはずなのに、今になってどうして?クリスはどこかで承諾し、口に出した。
「昔、見たことある。フレイム・タイタンの時だった。でもその時、出られなくて熱で死んでそのままスクラップ送りになったはずなのに…………?」
ビッタはきゃいきゃいとしてデスクに向かう。
「新品届いて調整したらすぐ頼むね。なんかここを繋げたら、もっと面倒なのに行けそうだから」
そして彼女は『これから何が来るんだろうか』といったのを秘め、いつものようにコンピュータに向かう。
部屋に押し込んだポラリスのタグレースをつけて、クリスは状態を確かめた。
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