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そうして彼が破壊活動を始めてついに、15件目となった。麻薬取引にもある程度のラインがあることが少しずつ見えてきて、おそらく3~4は製造元があるのだろうというのが付き合わせて確認できる。そしてそれと直でつながっていられるような高いレベルのには強き用心棒があり、それらは人間ではなくミュータント。ナノマシンに適合した人外だというらしい————おそらく自分もそうなっているが、今はどうでもいい。
問題はそれが、どこにつながるか、ということだ。
急に勢力を拡大しているというヤクザがあるとアストラは聞いて、そこにミュータントがあると考えていた。この非合法の世界も基本は表の世界と同じで、担保しているものが金と技術ではなく、力と技術であるだけ。そして力があれば無理くりに技術を身に着けることもできる。それがあるだけのルール。
彼は自分の力をわずかに動かす。鉄に似た金属を好きな形に生成し、操作することができる能力。これが身についただけでも、そして身体能力が押し上げられただけでもギャングを一人でノせた。
つまりミュータント一人いれば、それなりの抑止力にできるということだ————まだ若い力しか持たない自分だったが、それでも何とかできるくらいには力の差があったのだ、だったら。
彼はノイン・ステーションで降り、この前手に入れたレポートから見つけた敵対組織の情報をもとに住所を割り出す。白い4階建てほどのビルをまるまる借り切って運営しているそれは、質のいいのを抱え売人を斡旋するらしい。それも反対意見など聞かないという風に。
鬼が出るか蛇が出るか。つついて出てくるのは何だろうか。
アストラは何もないような風をしてその建物のの前にしっかりと立つ。むしろ堂々とし過ぎていて心配になるくらい、街の中央にあるオフィスビル。エレベーターホールに入るまでに4度くらいはセキュリティチェックがあるくらいのデカいビル。
「さーて、どうやってやるかなぁ…………!」
彼は目的階の窓へと、引っこ抜いた標識を放り投げる。フィルム強化ガラスが跡形もなく粉々に砕け散り、中へシルクリートの土台ごと金属がぶち込まれた————お返しとばかりに真正面に帰ってくる『止まれ』の文字。
それを受け止めて彼は、ついに引き当てた蛇に立ち向かうのである。
「どこの差し金だ…………ミュータントだろう?貴様も」
落下してきた黒のスーツな白髪の男はそう、渋い声で問うた。見かけからして20代だが、ミュータントの肉体年齢はある程度で止まる。あてにはならない。
「どこの…………あんたのお上さんとでも言おうか?」
アストラの返事はもちろん嘘だ。上がどこなのかなんて知らないし、だから探っている。ぶんぶんと標識を大降りに回し、彼は突きつけて続けた。
「
男は炎を右手にまとってつぶやいた。
「死神…………噂には聞くが、まさか私に来るとはな…………」
「それがお前の力か……面白い」
ならばとアストラは右手にガントレットを生成し、標識を槍に変形して固定し構える。彼らに雑魚連中が銃を向けるが、その一つ一つをほんのわずかなモーションでの針投擲でつぶして彼は、一周くるりと槍を回すのだ。
「私は何もしていないのだが…………できるとは思わんが、力で押し通して再審をするしかあるまい…………」
5メートルほど離れた距離で彼らはにらみ合った。その間に数人がわきを去って逃げていくが、あまり気にせずに数秒を待ち、タイミングとみてアストラは槍を投げた。
穂先の広いそれを手で払い、先端を地面にさして男は止める。同時にアストラは駆け出して懐に入り、腹へストレートをしたが流された。
そのまま左ストレート、右ストレートとつなげてみたが、流されたので彼は飛び去る。同時に蹴りが空を切った。
アストラはエレカに着地して天井を蹴り上げ、中に置かれていたハサミを握って横に薙ぐ。それをかわされるのも織り込み済みで、下がると同時に壁を生やして男をとどめ、右腕付け根に刃を差し込んだ。
力強く血が流れ出るのも気にせず、男はアストラの腹に炎をまとった蹴りを繰り出す。ハサミを突き立てた手を握っているので避けられないと彼は確信したが、逆に腕を折る勢いでの飛びあがりで避けられ、そのまま関節から折られて動きを止める。
「速い…………やはり名には、たがわぬか。だが!」
しかしそれで終われるわけが、あるわけがない。
ミュータントは勢いを殺さずに火炎を繋げ、自らの身体を経由、アストラに炎を押し付ける。
ベースは人間だ、必ず燐がある……それに火さえつけられたなら、脂肪の塊など簡単に燃え上がる……!
最大限の火力を注ぎ込む。炎が繋がっていく。まるで鎖のよう————けれど。
コンパクトな蹴りに刃が生え、それでだるまに等しくされて彼は横たわった。能力の根源は生体組織。ならそこを絶ってしまえばいい。
アストラはさらに杭を生やす。まっすぐに伸びて、地面へと縫い付けられる。彼は呟き、炎を叩きつけて消す。
「すまんな…………だが、これもしていることが悪い。貴様には、何の思い入れだのもないが、そうあるのだから殺すしかないのだ。分かれよ」
幾らか心を痛めたが、麻薬売買していることには変わらんとアストラは割り切り、彼がいたフロアへとジャンプして消えた。それから頭に向けて金属塊を放り投げて破壊、手近なのも同様にしてから、これ見よがしに置いてある金庫のノブをねじ切る。
敵対しているのだ、言い聞かせるのは今回は不能。金属を細く差し込んでから、中で変形させ、開く。物理的な書類で証を残し、それを名目として力で解決するのはよくあることだ、だから残っていないわけがない。
彼はそれを取り出してから何枚かを見て、護衛委託の文字を知った。莫大な額だが、それを入れてからは一気に収入が上がっているので、ここからはあのミュータントに任せたということだろう。
彼はそれをコピーしてタッグに残し、這って逃げようとする男の頭をつぶし、残っていたこぶしの炎をもらって書類に火をつけた。
そしていくらか金とメモリを盗み取り、邪魔者を排除しあさるだけをあさってビルを出る。
これらのほとんどには何もつながらないのはわかっているが、マフィア壊滅の実績があれば、そこらのハッカーは言うことを聞くだろうか。
またエレカに乗り込む。移動してばかりだ。まるでレイヴン、こんなところにはいないというのに。
アストラはいつものように、行き先を入力して息を吐いた。
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解析してみようとメモリをタグレースに挿入してみたが、全くといっていいほど反応がない。やはりそういう所から持ってきたのは専用のソフトでもないと解析できないのだろうかと、アストラはあきらめてメモリを抜いた。
初めて鉄砲玉を差し向けられてから半月だった。ネット上で適当に見繕ったハッカーにデータを投げてみたが、そのほとんどは解析不能だとして追加資金を要求した。そして彼らはほとんど同じようにいなくなり、後に残るのは通話したという事実だけ。
資金の都合で回線を繋げられなかったタグレースで開いたから、何も来なかったのだろうか。
移動を繰り返し、対応策も覚えた。できるだけ追尾しにくいようにと串を指す手段も手に入れ、一応はつかまれなくなった————といっても人力で見つけられて攻撃ということは2、3度あった。ネットの安全はできたとしても、物理の安全にはもう少し考えなければならない。
確実になにがしかの組織は存在する。
けれどそれが何なのか、どういうものなのかはわからないとアストラには思えた。
少なくとも今、野良ミュータントとして自分を認識している、ミュータントを戦力とする謎の集合。けれどそれをどうやって確認すればいい?
彼はまた、適当に見繕ったギャングだのへと駆ける。たった一本しかない、この戦いという道。
逃れることもできないのなら、最後の最後まで戦うしかないだろうか。しかしこの想像が事実だとしたら、何から始まっているのかを確かめねばならない。もう表は信用ならない。彼はニュースを眺める。
オフィス街襲撃という見出しだが、環境テロリストの抗議行動だという風に映像加工されていた。どこのネットのも、テレビのもそうだ。信用はならない。信用は、してはいけない。
あるいはこのアンダーシティそのものが、敵だったりするのかもな。
彼はニューロンに吐き捨てる。あるわけないだろう、そんなバカなことが。
本当にバカなことで、あってほしいのだが。
そしてタグレースの電源を切り、寝室への扉を開けた。
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