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アストラはタッグにメモを作り、現状の脱却とだけ書いたテキストファイルを保存した。それから箇条書きに現状を纏めてから、すべきことのタイムラインを雑に書き出す。
物件の引き払い予定は一カ月後だ。入ったばかりだが、また出ていく。そんなに住んでいる場所を変えてはやってられないのだけれど、それでも変えねば怒涛の攻撃にさらされるかもしれない。今はまだ何もしてきていないけれど、鉄砲玉から情報が漏れないように狙撃をしているのだから当然だ。
ではその狙撃は、どこから?
生まれ変わった自分の速度を超えて逃げられる相手だ、まずまともな人間じゃない。肉体改造、変な薬。そういうのが入っているに決まっているし、維持できているならそこまで小さいわけではない————戦うことになったら、まず正面からは勝てない。
なら、まずは正体から、か。
それを記録、次を続ける。その上で出来る限りのことをして、現状から脱出する。それを当面の目標としよう。
さて、一体何をすれば足取りをつかめるのだろうか…………?
「とりあえず、見つけやすいところから引っ張る、か」
裏社会にはそこまで詳しくはない。せいぜい有名なヤクザだのマフィアだのの名前がせいぜいで、どんな活動をしているかは全く持ってわからんのだ。裏路地でドラッグが売られていることだったり、人身売買が平然と行われていること、臓器の密売に違法生体改造などは実際に目にした。
けれどそこに至るまではどうすればいいかなど、奴隷上がりからずっと光の下で生きることに腐心したアストラには、知る由もなかった。必死に目を背けて離れようと努力したのだ、忘れていることこそ、本来は彼の成功だったのだ。
だから彼はタッグで適当なSNSを開き、違法薬物の暗喩で調べる。ネット経由で足はつくだろうが、どうせ個人でやっているのだろう。本物の命の危機を与えてやれば、ルートの一つ二つは吐くだろうさ。
窓に手押しだの野菜だのを放り込むと、一見して普通の単語なだけのクソが広がるのを、アストラは憎々し気に眺める。そして手近に本物の画像を上げる命知らずと、何度も凍結を食らったと誇らしげにする阿呆にノーティスを送る。なんでこんなことをバカみたいにできるのだか。
ケルスでの受け渡しできる十数人のうち、一人からすぐに返信がきた。
『幾らほしいんですか?』
彼はそれに『あるだけ』と答え、どこに『手押し』できるかどうかを問う。そいつはミストルティの交差点を指定したので、今から1時間後と指定してアストラは、適当なエレカを呼んでノーティス。
それで相手側も了承した。
彼はやってられねぇと天を仰いだ。
「本当にクソみたいな街だよ、ここは」
周りに走る奴らには、走行音とエンジンダミーで聞こえないとわかっている。叫んでもきっと、響かないだろう。でも。
塗りつけたような天の青が少しずつ濁り始めている。八つ時は既に過ぎているから、日が少しずつ消えている————そういえば襲撃は今朝だった。そこまで時間が経っていないのかと、彼はしばらくの消沈で崩れた時間感覚に驚く。アオイドリンクを一本飲みほし、ゴミ箱に捨て深く息を吸う。
これもある種の麻薬、か。
同類をしているのが少しだけ悲しく感ぜられたが、それはそれでもういいことだ。
何を考えるわけでもないこの時間をこえて、彼は適当な歩道の上で乗りこんだ。
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どんなものを着ているかという指定を既にしているので、相手が見つけてくれることに期待するしかないのを面倒に思ったけれど、相手はそれなりに利口で手慣れているようで、すぐに声をかけられた。
「アンタが買いたいってやつか……ここではなんだ、エレカで話と行こうじゃないか」
ネット上での口調ではわかりにくかったが、相手は女だったようだ。彼女は乗ってきたエレカを示し、エスコートするかのごとく恭しく扉を開けるそぶりをする。ここまで乗ってきたのに、またすぐ別のところに走るのか?
ハハッと息を吐く。
「そうだな。したい話は幾らでもある」
アストラはその提案に乗って、幾分含みを持たせてほほ笑む。
どういう風に人間を堕落させるのか、どういう風にそれを仕入れるのか。殴ってでも手に入れたいものは、死ぬほどある。
なに、問題などないだろう。どうせ互いに、非合法なのだから。
エレカに乗り込んでしばらくして、いくらか話をしたころにアストラは、容赦なく女の首をつかんで持ち上げた。理由はもちろん尋問のためであり、そのために手法も命も問わない。そもそもこいつは薬を売っていたのだ、何を考える必要があるか。
走るエレカはそれなりに揺れるのに、不思議なまでに彼らの揺れはなかった。ミュータントの超人的なバランス感覚と筋力で打ち消しているのだ。
「お前のヤクなど一つも買うつもりはない…………命は惜しいだろう」
まるで自分がマフィアの代理人ですよと言わんばかりのふるまいをして、彼は死をつきつけていた。依頼を受けてここまで来たのだ。乗らなければどうなるかはわかるよなとでも?そんな扱いをして、いくらかぶん回してみた。
「貴様の取引先を教えろ。どこから回してきた?どこから、そいつを拾って来た……?そいつを教えるなら、それだけで放免してやる。悪い話ではないだろう、命を拾うならばな」
一度窒息寸前で手を放し、彼は吸わせてからもう一度首を持ち上げた。今度は何とか息を吸える程度の力にしてある————それでも吸い過ぎた影響で色の変わった歯と、深いしわの刻まれた顔が歪む。顔色も、青くなる。
自分でも使っていたか。余りを流したか、売るだけのが落ちたか。
アストラの機嫌を損ねた、蹴りが叩き込まれた。骨の折れそうな一撃ではあったが、ギリギリを見極めたがゆえに痛みだけで損傷はなかった。
その上にパンチを3度繰り返して彼は『吐けば悪くはしない』と囁く。
静かに、銀のナイフが彼の手に生まれていた。
「わかった…………わかったから…………」
一度止めてくれとの命乞いにも耳を貸さず、飛んでくるのは4度目の拳。
「わかった…………」
似たような口調をしても、当然突き刺さるのは5度目の拳だ。
「……これは…………」
ようやく何かを理解したようで、女はブツを取り出して語りだす。それはマフィアから買ったもので、自分は末端での売り子。これをさばいた分は自分の取り分になるからとして、好き勝手をしていたらしい。
なんだ、言えるじゃないか。
「そうか。言えばいいんだ」
アストラは彼女を席に戻し、厳重にベルトつけて続ける。
「では、そのマフィアはどこのだ…………?」
「それは…………」
言いにくいのならと拳を振り上げたら、あの痛みはもうごめんだと彼女は簡単に吐いた。なんでも通りを支配している『ビープス』なんていうマフィアだそうだ————事務所の場所、連絡の方法、そのほかもろもろを女は洗いざらい全てゲロする。
信憑性はそれほどであったが、それをエレカのタグレースに突っ込んでみると、確かにそれらしい場所に移動する。それならそうで、あとは確かめるだけだ。
いくらかの時間を流れる車窓に過ごして、エレカを二人は降りる。
アストラは周りを見て何もいないと確信をしてから、それへ向かって女を蹴りこんだ。
怒声と驚きの声がきちんと聞こえ、間違いないと彼は三日月に。
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