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「OMA-01とPSSM-01……スピルとロックポル、って言えばわかりやすいか?」
そうしてアンドラスが取り出したのは、工廠からちょろまかしてきたらしい軍用の物だった。当然両方とも状態は最善。黒に染められたそれらを取って、ジョンはコッキングレバーを引いてトリガーの重さを見、さまざまに構えてマガジンを着脱した。
そうして抜く時の力からロックの方式、緊急時にテープでくっつけても耐えられそうかなどもろもろを、包み込むかのように彼は納得する。
「重くもなく、軽くもない————前に持ったのとほとんど同じ、ミントだな」
新古品とピタリ見抜き、手入れもきちんとされているのを確かめて彼は一回しした。
「気に入ったか?アンタの持ってるのなら、どれでも1丁に弾のオマケができる」
アンドラスはあの使いっぷりが気に入ったようだ。上客なのは間違いがない。
「欲しいのならFAR-44でも持ってこれるさ……さあ、どうする?」
そこでジョンは幾らか考えこんだ。この後の取引のため、どのくらいが行けるかを見極めようとでもいうのだろうか?エアでガンプレイをして、彼は聞く。
「だったら、ガッシャの72ロングはいけるか……?」
なんだそれならと言わんばかりに、アンドラスは引き出しからリボルバーを取り出した。
「ガンマニアが泣いて喜ぶレアものだ……シリアルは083。職人手作りのころのブツだぜ」
受け取ったジョンはシリンダーを出してカラカラと回し、戻してハーフコックでカチカチと回した。バレルを見てコッキングしハンマーがカチリと空を叩く。調子は上々。納得できる品だった。
「……試射したいが、頼めるか?」
コンテナから的を出し、アンドラスはレーザーで20メートルを測った。そうしてから一発だけを彼に渡し、耳当てを付けてサムズアップする。
発砲音と共に、穴が一つ生まれた。
「左……もう一発頼む」
シリンダーの薬莢をそのままに、彼はマイナスドライバーでちょいちょいと弄って、トリガー。的のど真ん中に命中させた。
まるで狙撃手ジャッカルめいていた————理想的な調整ができたとジョンは札を出した。
「よし、いい。幾らだ?」
それと同時にアーノルドのタッグがアラーム音を出し、3時ちょうどと伝えた。がなるタイマーにすまないと小さく詫び、彼はついでに飛んできていたノーティスを見て、ごくごく小さく右手を上げ、それから答えた。
————そのまま指で銃を作ってジョンに向けた。
それを見たアーノルドはケースを銃に変形させ、深く構えてジョンを背中から狙うのだった。
いきなりの攻撃命令。
そうして4方からヘビーデューティーの銃口を向けられ、彼は少し驚いて言葉を押し出すのである。どういうことだ、そうなるのも無理はなかった。
「何を一体……取引するんじゃなかったのか?」
「……残念だが、あんたには売れんらしくてね」
大体を察したアーノルドは、背中にライフルを突き付け、トリガーに指をかけて深く握った。
「どうして?」
わざとらしくジョンは不思議がって見せる。しかし演技はうざったいと、アンドラスは少しだけ声を荒げ自分の拳銃を出した。
「ガードの制式拳銃が新型に入れ替わったのは2年前だ。だがそんだけならまだいい」
確かにAPSからP2-4に切り替わるというニュースは、あまり表には出されなかった。ガンマニアかマフィア、現場くらいしか知らないだろう————その現場にいるはずの人間が、わざわざ非合法の銃を買うというのも奇妙だ。だがそれは、無いわけではないのだ。
アンドラスはタッグと拳銃をあごに突き付けた。
「うちのお相手が『すまない、やられた』なんてノーティスだ…………つまりお前はそいつから奪ったってことになる。
右手に札束を握ったままのジョンは、両手を上げてのこぎりのような声を出すしかなかった。片方だけ異常なまでに上がった口角は、バカにしているのか、それとも状況が恐ろしいのか。
「……バレるなと思ってはいたが、早かったな」
それに詰めよってアンドラスは叫んだ。
「どうせポリスの覆面かだろう!答えろ!おい!答えろ!」
彼はもはや何も聞く気は無かった。けれど頭に血は昇っていないようで、「そうじゃないなら?」とジョンが問うと、語気のみを強くして冷静に答えるのだ。
「どうでも殺す…………どこから情報を盗んだかだのはいい。信頼にかかわる!」
彼は、マガジン一杯に弾の入ったPSSをジョンの頭を深く突きつけ、人差し指に力を込めた。破裂音が空間に広がり、その場の誰もが驚愕して一瞬固まった。
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弾丸によって穴が開いたのは、アンドラスの頬だった。
札束の中にほんのわずかの空間を作り、そこに薬室を並列に並べただけの簡素な銃。それを暗器に使ったのだ————そのまま彼はPSSを奪い、護衛の1人の腹に弾をぶち込んでコンテナに隠れる。使い捨てのケースが、二つ転がる。
顔を抑えるアンドラスを盾にして逃げ込んだジョンは、ついでとばかりに引きずり込んだそれが邪魔をしないよう、脳に弾丸でお話しして黙らせた。最後のケースを、捨てる。
その間にアーノルドは、出てこられないようにコンテナの入り口に制圧射撃。二人を近づける。
「今なら命までは取らない。投降しろ」
彼はそう宣言をしてみるが、肯定的な反応などくるわけがない。開口部正面を除いた三方から近付いてくるライフル持ちにジョンは言い放った。
「なら、命は取るから投降しないでいいんだよな?」
同時にスモークが放たれる。即座に鉛球が煙を貫通していったが、ジョンの血液は一滴も飛散しなかった。街灯の光を通さない煙に満ちて、夜の闇は深まっている。
視界なんて、あるわけがなくなっている。
あの男の口ぶりから察するに、もうアンドラスは死んでしまっているだろう。『ダンツィヒ・ジャッカル』は終わりだが、そうだとしても商品だけは守らねばこちらの信頼にかかわる。
彼は大っ嫌いなトリガーを打算で引き、弾が無くなるまで煙の中に撃ち込む。さらにとてつもなく正確な手で、10秒もかからず弾倉を入れ替えた。
また拳銃の音がした。今度は人間が頽れライフルのたたきつけられる音のおまけつきで、どうやら反対側を狙ったらしい。音は1つだったが、すぐに2つにされてしまうだろう。強い、射撃で勝負してはいけない。だとするならば。
彼はナイフを抜きリボルバーを握って、数秒の隙に煙の中へと体を押し込んだ。
銃で狙えないくらいの近接ならあるいは。
そう思うと同時にアーノルドの背中にとてつもない衝撃があって、砕けるようなひどい音がした。
それからしばらくは静寂だった。
煙が晴れるにつれて惨状があらわになり、ブランクの人間とそれを満たす液体のみが散らばる。立ち上がって逃れられそうな人型は一人だけいた。それは仕方ないのだという風にしていた。
「悪いが俺はポリスでもなんでもない…………ただの人間さ。信じられたいだけの」
ジョン・ドゥことアストラ・リベルタスはそうつぶやいた。マフィア同士の取引だったが、片方がストレイド関連となれば追わない手はない。どうせなら武器も貰ってきてとクリスらに依頼されたのだから、自分へのプレゼントも兼ねて徹底的にしようかと考えたのだ。
「さて、逃げるとしようか」
彼は運転手席に入り込み、事前にビッタからもらっていたハック端末を使って強制的にエンジンをかけた。アクセルを踏むと、予想外にテンションのかかっていたモーターは悲鳴をあげ、ぶんぶんと高回転に留まる。どうやらここに来る時点でかなり無理をしていたのが、戦闘の余波でがたついたらしい。いつ壊れてもおかしくなさそうだ
「動けないか……俺のに積み替えるしかないな」
彼は信頼できないカーゴのドアを開け、シルクリートに降り立とうと足を出す。しかしその目の前に跳弾の光があり、アストラは側面をぶち抜いて飛び出ることになった。
明らかに人間用でなく、戦闘機用のガトリング。それを持ち出した人の影がある。
ミュータントか。
彼は流れのまま銃撃戦と対ミュータント戦を始め、不毛に殺しあう。
人間が蹂躙されて人外が日常を荒らす————そんな非現実的な現実の中、アーノルドは砕けた脊髄パッドの刺さる感覚で目を覚ました。
「頼む……早く過ぎ去ってくれ…………」
彼はまだ握っていたリボルバーの引き金を引いた。
せめて抗えるのならば抗おう。そう思っていたら、あの憎々しい感覚がまっすぐに襲ってきた。
しかしシリンダーは衝撃ではじけ飛んでいたので、誰も殺すことはない。彼はそれに、もう逃れていいのだよとの理由付けをした。
「おお神よ……あなたを信じます」
彼の祈祷は届いたのだろうか。そんな即物的な神がいるのだろうか。ただ一つ言えることは、彼が何とか逃げ延びたことだけである。
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