————



 駐車場に止められていた車を引き出すと、アーノルドは驚き呟いた。


「地下に、よく入ったな…………」


 車幅ギリギリの1トン積める小さめのカーゴ。中が見えないようにスモークが張られてあり、2人乗りの車種ゆえに3人はコンテナに乗ることになるものの、スーパーの店頭に一式を並べられるほどには、ブツの量があるらしかった。


「欲しい種類をどこへでも。それが俺たちのポリシーでね…………おかげで顧客もそれなりさ」


「なある……ちょっと失礼」


 乗り込む前にとアーノルドは自分のエレカのドアを開け、偽装ケースを取り出して帰す。暗闇ではわからないくらいの切れ目があり、パーツを動かせばアサルトライフルになるもの。有事には盾としても扱えるので、長いこと愛用しているそれを、彼は握って用を終える。


「これで大丈夫だ。それで、今日はどこで何をやるつもりだ?」


 アンドラスはアーノルドに助手席を勧めた。


「それはお客様次第さ。さぁ乗ってくれ」


 金を払ったのだから、移動の時にも露払いをしろというらしい。礼がないから無礼、というわけだ。まあ乗れるところはそれしかないのだけれど。

 彼は助手席に案内されるままにシートベルトを締めた。その後アンドラスが三人を後ろでコンテナに乗せ、扉をきちんとロックしたのを確認して彼もベルト。


「アンタが無能で終わることを祈ってるよ」


 アクセルを踏んでアンドラスはつぶやく。


「俺もそうさ」


 アーノルドが答えると、二人は小さく笑った。



 ————



 夜の中で動いていたからなのか、それとも20分ほど先にたどり着いたからなのか。現場には誰もいなかった。こういうことはそれなりにあるので、彼らはあたりの確認をして時間を潰し、予定の時刻になるのを待つ。


 人払いをきちんとしておくことも重要なファクターだ。人がいなければそれだけ安全な売買ができ、ポリスに見つかる心配も、対抗組織に追われる心配も減少する。野外なら逃げるルートの確認という意味もある。


 アーノルドは懐のリボルバーを確かめ、ケースからライトを取り外して影を照らした。

 ジャムらないのよりも、弾の制約が少ないというのが彼にとっては大事だった。わざわざシングルアクションにし、魔改造でライフル弾まで使えるようにしてある。問題の敵がある時のための、ストッピングパワーを求めたからだ————それが来ないに、越したことはないのだけれど。


 取引は手早く済ませて手早く帰るというのが理想だ。使われない軍隊ほどいい軍隊はないし、無能なと夜警だけの世界ほど安心して眠ることのできる夜はない。

 俺はそんな存在でありたい。



 ————けれどどうせ、ドンパチされるんだろう。



 タブレットをかみ砕いてカフェインをいれ、集中することにした。今は午前3時で、河川管理場は完全に黙り込んでいる。一般的な始業までは四半日あるのだ、目を覚まさねば。


 5人がめいめいに自らのするべきことをみていると、それなりに遠くからエレカのエンジンダミーが響いた。客のお出ましか。


 何があってもすぐに対処できるようにと、アーノルドは照準器兼用のグリップを良く握った。夜のとばりに覆われていて見えない、真っ赤に染まった小型タイプ。ライフルにするのは少し先でいい。彼はエレカをよく眺める。


「止まれ!」


 コンテナに乗っていた三人のうちの一人が叫んだ。それは静かにブレーキをかけると、システムを落として完全停止。そのまま彼は銃を向け、中身に降りるように促す。


 きっと何かになろうとした、タイプFのオールドカー。そんなものをわざわざ借りてくるとは、よほどの好き者かそれともルールがあるか————それとも、何も知っていないのか。


「わかりましたっと…………」


 エレカの主はそうつぶやき、地に立った。ハーフサイズのコートを着た背の高い男。どこかで見たような顔をしている、イメージにもならない破滅したような男。ボディーチェックを先にしてくれと両手を上げて出てくる彼は、右手に丸められた札束をもって信頼を示してほしそうだった。


 アンドラスは彼に向かい、言った。


「疑ってるわけじゃないが、チェックはさせてもらおう…………おい!」


 護衛は銃を向けたまま、他の二人を先に行かせた。彼らはぱんぱんと体を叩き、そのどこにも硬いものが無いと見て取り、首を振る。それでもまだ明確にとは言えなさそうで、コートを脱がせる。武器らしいものは持っていない。タッグ、金、ちょっとのトークンだのだけだ。


「オーケー。すまなかったな……」


 アンドラスは手を下ろさせ、肩をすくめる。男は札だのををコートのポケットにしまって肩を回した。


「あんたらが『ダンツィヒ・ジャッカル』だな?」


 そして彼はここまでされたんだからなと、値踏みするように視線を走らせた。最初で気分を悪くしたようだ————それも、よほどひどく。取り返すようにフランクな態度でアンドラスは手を伸ばす。


「ああ。俺が代表。アンドラスだ」


「ジョンだ。よろしく」


 躊躇いを、ジョンと名乗ったのは見せなかった。

 二人が固く握手をしたのを見て、アーノルドは力をほんの少し緩める。あの金から見て、拳銃を3か2、もしくは自動小銃を1丁買うくらい。恐らくこれからに合うかの試金石だろう。セキュリティ用にがっつり使うわけでもなさそうだ。


 コンテナを開け、アンドラスはまずは手ごろなものをと、9ミリ口径を一丁取り出した。


「シャーフナックのPSSだ。9×20ミリ。手元に置くにはいい具合のだ」


 それハンドガンを受け取ったジョンは滞りなくスライドを引き、弾が入っていないのを見てからストップを抜く。そして削れをみてからアセンブリを押し出して外す。全く滞りない。


「手慣れてるもんだ……元ガードか?」


 そこからさらにバレルを外し、街灯の光に透かして彼は答える。


「そう。何度となく撃ってたさ」


 左目を開けた彼は器用に組みなおし、スライドとトリガーを引いて重みを確かめた。ドライファイア。正しく組みなおされたことは確かだ。


「プルは1.8キロって所か…………上々だ」


「そうだろうそうだろう!」


 社交辞令だろうが、そんな技術持ちに良いと言われたのだ。PSSを受け取ってアンドラスは、先の物よりごつい一丁を取り出した。


「だが、まだ満足じゃないって顔をしてる」


 部分部分に先のと似た意匠の見えるそれは、ハンマー代わりに釘を打っても弾をはじき出せそうに強固らしかった。同じメーカーの似たようなハンドガン。しかし、中身は質良い互換の別物。


「そこでこれだ。シャーフナックAPS。PSSのガード向け仕様だな————強装のが使えて、ストッピングパワーが高い。その上レールだのグリップだのも好き勝手だ。バックはA-4を使っている。どうだ?」


 受け取ったジョンは分解する前に問うた。


「内部は同じでいいのか?」


「ああ。ベースは同じだ」


「そうか。ならいい」


 すぐさま彼はばらして組み上げ、感触を確かめてくるりと回す。重心の位置が気に入ったようで、盾に横にの手慣れたガンプレイに、場にいた5人は見とれ嘆息した。


 地下水の川の音が、さらさらからジャバジャバに変化する。自動放水の時刻。今日の日程は、2時50分だっただろうか。


 鈍く光るように、部分のゆるりとしたへこみすらなく磨き上げられたそれを、ジョンはガンスピンでバレルを握り、ガードから指を抜く。そしてもったいぶって返す。


「出来ればこのまま持ち帰りたいもんだ」


 それに満足げなアンドラスは何かをメモし、護衛の3人に渡してタバコを吹かして言った。


「そうかそうか…………他に何か見ていくかい?」


 剃り切れていない髭をざりざりと遊び、ジョンはその瞳孔をアンダーシティの天井に向け、数分の間目を遊ばせる。脳内にリストでも作っていたのだろうか、その瞳には状況如何で我らを刺し殺すかもという意思が覗けた。


「なら、サブマシンガンかアサルトが見たい。持ってこられるか?」


「そんならもちろん」


 コンテナから鉄の響きがした。



 ————

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