アンダーテイカーの銃

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「失せな」


 そうして逃げない相手に何度弾丸を撃ち込んだだろうか。最初は勝手がわからなかったから、マガジン一本を丸ごと使ったことは覚えている。

 そのときは殺すことに戸惑いを覚えたけれど、そうしなければうちの沽券にかかわる。だから仕方なく、びくびくしながら俺は人間を撃った。


 ゾンビゲームの敵に恐れを抱くガキのようだった————それはそれは、若い若いガキのよう。だからかは知らないが、その時のトリガーの感触が今でも手に残っていた。


『確実に命中する弾を放った』

 その時に必ず甦る冷たさがどうしても受け付けなくて、それから味わうたびに密かに吐いた。


 頼むから外れてくれと望むけれど、そうしたら殺されるのは自分だったから、勝手に腕だけは良くなっていって。結局トリガーを引けばそのほとんどが命中するほどの技量になってしまっていた。


 それほどになったから余計に力を求められ、用心棒として何度となく戦場に送り込まれることとなり、悲しいことに俺は、パンチドランカーめいていた。


 生きるためにただ、あの確実に命を奪ってしまったという感覚を背負い続けるのは嫌だった。けれどそれから逃れるためには死しかないと知っているだけに、とても恐ろしいのでもあった。


 一度逃れようかと思って、腹を撃たれたことがある。けれどその時でさえ反射的に撃ち殺して、出血で昏睡し生死をさまよって生きのこってしまった。血液と共に自分が流れ出していくような感覚を覚えて、それはあの引き金の感覚より10倍は恐ろしいのがわかると、俺はもうどうしようもなくなっていたのだった。



 だから俺は、銃を握るしかできなかった。



 薄暗いベッドより体を起こし、缶とボトルまみれの床に立った。カップ入りの粗忽な飯を食らった残骸がバコと蹴り飛ばされ、捨てる予定の部屋に汚れる。

 今日もきっとそんな一日だろうか。


 雑にかけた下着とタオルを取り、彼はシャワーに出た。この頃仕事続きでどうも息苦しい。けれどそれがどうだというのだ?組織は待ってくれない。

 生きるためにやれることをやったとして、それが何になるのだ。


 諦観もあるだろう。服とともに持っていた端末が、外で震える。濡れるのも気にせず捨て鉢に、彼は通話の来たタッグを取る。


もしもしヘル・オー


 あまざらしの狼のように、声もそうである。声の主が、表示と記憶で分かる。


「アーノルド、今日もお前さんへの依頼だ————場所は河川管理場。なんでも銃の取引だってよ。カオだけ貸してくれ、ってとこだろうさ」


 ギャングのダビデ。アーノルドがいつも依頼を通すように頼んでいる知り合い腐れ縁だった。


「そうか。いくらで引き受けるって?」


 ノブを戻して、ノイズキャンセル。頭に転送して、間違いなくクリアに響く。


「前金で140。成功報酬は弾薬込みで300だってよ」


 それを聞いてから、いつもの通りにざっと計算した————問題はないが、経費にするならどうだ?ちょっと割に合うか?


「しめて250ってところか…………もう少しなんとかならんかとあっちに伝えられるか?」


 シャワーを終えてタオルにくるまり、彼はタッグにオイルとガンパウダーを検索させる。値上がりしていた、じゃあ駄目だ。何時もシャワー時にアイツは連絡を寄越す。どうしてあれだけちょうどいい時間で出せるんだといつも不思議だ。


「それはダメだ。俺の手取りが減る」


「仕事一つで80取るんだろ?ガメるなっての」


 そっちを問題にするなら、まあ問題ないか。この手の仕事は取引の監視であるから、人目のないところでやることが多い。そのくせ機密は守ろうとするんだから、口止めとして高く出してくれるだろう————少し使ってもいいし、そういうことにしておくのも、悪くはない。


「弾は考えんでいい。防具支給にもろもろをしてくれるんだからありがたく思えよ。子細見てねえのか?」


「見てねえな」


 水気を全部取り切る。ドライタオルを身体に浴びる。

 アーノルドはいつもの防弾ジャケットを取り、アンダースーツを着てジーンズを取った。


「言い分からしてラフの相手だろ?」


 セカンドレイヤーというのはずっと前から噂になっている。地下に巨大な違法マーケットめいたものがあり、この都市とずぶずぶの状態で合法に違法行為をできる場所。そこに行けるのはごく限られた『優秀』な人間に限られるとも、同じくだ。そこに行けないが、だからってグレ切るまではいかない野郎か、それとも自衛のズルか。


「その通りさ。気づきがいいな」


 ダビデもアーノルドもそれがあるらしいとは知っている。ちょっと上の方に取り入ればそれ関連で引っ張り出された銃を扱うのだ、嫌でもそれがわかる。予約を入れることも多いのに、いきなりのコール。


「仕事歴は伊達じゃない。あと何分で出ればいい?」


 そういうことだろうと彼は笑った。


「120。ステーションから遠い方のサンの管理局だ」


「了解。じゃあ成功でも祈ってくれよ」


 その続きを聞かずに、アーノルドは通話を切る。


「振り込みを期待してるさ」


 ダビデも同じく、そうだった。

 さて今日は何を持っていこうか。


 アーノルドはロッカーを開け、憎々しい仕事道具を取り出した。マットブラックに艶消しされている、削りに削った相棒達。強く速い、カタい力のロングマグ違法弾数


 どうやって、やるかな。

 彼はそれが出す音を、散華のように聞いている。



 ————



 エレカに乗り込み、ある程度のところでマニュアルに切り替えて奥の道をこえる。タグポストが埋め込まれて十数年たった現代、オートは誰にアシを取られるともわからない————だから殺して使わないのが、マフィアでは常識であった。


 内部バッテリーモードで走るエレカで1キロほど進み、入り組んだ道をぐねぐねと抜け、アーノルドは待ち合わせ場所についた。


 場所はアーレット通りの小さなバー。裏通り近くで、来る客もほとんどいない会員制の店だった————駐車場を持っており、そこは電波暗域を作っているので、タグポストも届かない。駐車場の貸し賃として口止め料をもらっているので、見返りに何をしてもいいよ、という暗いダークな場所であった。


 彼は慣れた手つきでエレカを置き、地下にしまって鍵を取る。カードをかざして先払いで済ませ、重苦しくできたドアを開けた。


 時間よりは3分ほど早かったが、中にはそれらしい人間がいた。符号として教えておいた通り、ガルバナ・ドリンクの注文。届いた真っ赤な液体を上下して喉にやってみると、彼は確かだなと見てリオット・ショットで肯定があった。


 少しだけのケミカルを味わい、アーノルドは依頼人の隣へ、よいかと呟き座する。


「そちらが依頼人、でいいんですね?」


 答えたのはわざとらしいスーツを着た男。無駄にパリっとしたクリーム色で、趣味の悪いネクタイからは、ガラの悪さが透けて見えた。ワンポイントが小汚く見える。


「ああ…………。連絡した通り、頼めるか?」


 彼の隣には3人ほどがおり、あからさまに護衛をしているのだとわかった。ホルスターのふくらみが胸にあり、ちらと覗くベルトで止まっているのを見て、アーノルドは彼らがまだ新人と見てとった。まだ革が慣れていない、早撃ちになれば勝てる。


「それが生業でしてね————不足には答えましょう」


 アーノルドはスリーブガンを店主に見えないように取り出した。電気着火式のウェルロッドライクのサブアーム。フルサイズの拳銃に比べれば弱いとはいえ、胸だのに当てれば致命傷になるもの。それを出すまで1秒もかからず、しまうのも同じ。


 すぐにでもお前たちを殺せるのだぞと抜きの速さで教えて、彼はフランクにほほ笑んだ。


「なるほど…………いい腕だ」


 男は金を払うことに納得し、自分らを『ダンツィヒ・ジャッカル』と、自分をアンドラス・アーロニルと名乗る。


 アーノルドは彼らが伸ばした手を深く握って店を出た。



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