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 キックスターターを蹴ってエンジンをかけた。モードストラーダのニューフェイス、フロウライトから重油の染み込むような低音が動き、太陽の様に体に熱が入る。

 彼女は真っ赤なランプを消して、ブレーキを消す。音楽を一つ、かける。


 シートの下にケースと共に収めてあるものを、一定時間以内に届けろ。それが今回の仕事で、それこそが今の自分の生きる価値。


 そう再確認してアリアはクラッチを繋いだ。


 出発は時刻通りで、太陽灯はすべて消えている。ここからなら運送用の集荷場からモノトーンの市街を抜けて、10分後にはハイウェイに入ることができる。ランプメーターは青、待ち時間なくそこへ乗ることができる。


 対爆ガラスに覆われた4車線のシルクリートを、常に追い越し車線で彼女は走り抜ける。使い古しの煤つきのパイクの壁、ガラスのフレーム。植物類にガードレールの組み合わせが右に左にと流れて、ネオンサインの様に取っ散らかった色のエレカの列が現れた。


 それらを追い抜いてサービスエリアの標識を見つける。この分なら5分は早くつける。併設のモーテルでの受け渡しを鑑みても、おそらくちょっとは余裕になるか。


 場内に人がいれば跳ね飛ばす速度を、ブレーキで急激に切り飛ばす。ほとんど寝静まった夜の中に降り立って、まだ起きるている機械にカードをかざし、コーヒーを一杯買う。そしてブロックに割られたこの街を眺められる東屋に腰かけ、いくらか深く息を吐く。


 外を眺め、呟く。


 荒事のない仕事なら、いいんだけれど————そうも、なりはしない。一日に何人が事故の名義で死んだかわからない、このケルスというアンダーシティ。急速に発展して人口爆発の末、生活にすら困るようになった人間らのスラムだけが暗く、他は世界の光を集めたように眩い。


 歪んだ発展をして、救うためのナノマシンがただの力の源になり、助けるためのサイボーグが壊すためのパワードスーツになる。かつて一度は廃棄条約を定めたはずの核弾頭だって、非合法に製造されて極秘裏に使われる始末だ。


 一握りが全体に罰を与えるなどという、青い夢のような現実があり、かつての核の時代のように降りかかるフォールアウトめいた冷たさだけがあり。喧騒で隠しているだけで、何時までこの世が残るかすら危うい、そんな時代の空気コールド・エアが、つねにある。誰だって忘れたい。


 そこから見える街は、彼女の思考を反映するように、張り付いた光を放っていた。



 少しの深呼吸の後、アリアは自動販売機のコーヒーを飲み干して、リサイクルボトルを青のゴミ箱に投げ捨てた。そしてペーパーを開いて何号室かを確認し、モダンな印象を受けるブラウンとホワイトの建物に立ち入る。

 こちらストレイドから連絡があったらしく、フロントでカードを提示すると、何の障害もなく304号室へと上がることができた。


 ここで何をすればいいのだろう?


 彼女は誰が来るのか心配になって、部屋を眺める。

 赤のカーペットとブラウンの壁のフレームに合わせた、黒塗りの扉に小さなパネル。

 中は建物と同色で構成されたシンプルな部屋だった。一通りの書き物セットにローテーブル。ユニットバスとベランダがあって、冷蔵庫やポットだのも並んでいた————ただ一つ、取って付けたような金庫が部屋のど真ん中に置かれてることを除けば、完璧な一室だ。


 永住したいくらいの場所だ。彼女はそこで、とりあえずタッグでミニゲームでもして待つ。誰かの音がすれば耳で分かる。軽く車庫入れ。時間が過ぎる。


 1分、2分、3分…………そして、10分。経過して、その時間になる。



 当然のことながら、誰も来なかった。


 騙されたのか?大掛かりなハックでもされて、上が機能を消し飛ばされでも?

 彼女はタッグで時刻を認識し、部屋の時計を確認し、時報までもを聞いてそれら全てが正しいと理解した。それは午前一時ちょうどを指し示していた。


 こういうのは少し先にやってくるものに決まっている。もしくは時計の針を進めるものに決まっている。


 アリアは誰かいないのかとカーテンを開けたり、トイレまでもを確かめたりとしてみたが、クローゼットにもダストシュートにもベッドの下にもどこにも人影はない。モーテルどころかパーキングにだれも来る気配がなく、依頼が嘘だったのではないか?と思えるくらいにあたりは寝静まっていた。



 とりあえず、10分は待とう。

 彼女はまた、そのゲームに興じる。けれどもそれでも誰がやってくるでもない。もしくはただ単に、金庫の中に入れてあるだけかもしれないが、人がいると見たい。そういうのを聞かされては、いないのだから。


 けれどそう彼女が考えてみると、そうだがと言わんばかりに金庫から音声が流れだした。

 ボイスチェンジャーで引き延ばしたり平にしたりした、ケロケロした高音の言い方。


「受け渡し時刻になった。君に送った物にパスコードが追記されているはずだから、それを入力して半券を受け取りたまえ。繰り返す。君に送った物にパスコードを追記した。入力して半券を受け取りたまえ。」


 そんなほんの10秒ほどの文章の後、それは静かに開かれる。黒いディスクカセット。まさかと電子ペーパーを取り出すと、確かに『2819FBUAWb』の文字列が追加されていた————タッグ入力してアリアはディスクカセットを取り出す。

 透明なプラスチックの中に、黒い金属光沢のディスク。2世代は前の媒体だ。


 現代ではほとんどなくなってしまったがゆえに盗聴されにくい、というわけだろうか。何かのソフトを使って、半券とするのだろうか。


 それをブリーフケースの衝撃吸収ボックスにしまったのちに、部屋を出てバイクに乗り、エンジンをかけた。

 タッグに着信。


 走り出すとそれをメットのタグレースに転送して開き、誰かを見てみると秘書だった。彼は私に追加のメッセージが来ましたと言い、送られてきたアドレスと文字を見せる。


『受け取ったことを確認。しかしポイントは予定から変更になったので、ルート32からルート44に乗れ』


 どうやらあっちにも想定外があったようだ。アリアは最寄りのジャンクションでルート38を経由するため、車線を右に変更した。



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「間違いは、ないんだな?」


「ああ。ニュークの取引が変更になった。おそらくというか、間違いなく君がやったんでしょ。ほんと、何を持ってるの?そこにはさ」


 アシがつかないように、盗聴周波数に乗せて二人は通信していた。一人はアストラ、もう一人は誰とも知らないハッカーである。


「普通に殴っただけだ。そこまで特筆すべき物はねえ…………それより、そっちは大丈夫なんだろうな?」


 警戒しすぎるに越したことはないが、彼を殺せるような相手はここいらにはいない————いるとしたら、見つかった時点で終わっている。だから問題はない。


「俺を殺せるなら、まっすぐ殴りかかった方が早いさ。そっちの方が問題だ。わかってるんだろうな?俺の仕事は、頼んだものに死を運ぶとまで言われる、間違いはないだろうな?」


「はは、これでやれる奴なんていないさ。どこでネットしてると思う?」


「わかるかよ。アンタとはこれの関係だろうに」


「そうさ。誰もどこにいるか知らないし、プロキシを重ねてるんだ。わかるわけがないよ」


「なら、いいんだがな。切るぞ」


「おう!まかしときなって!じゃあね!」


 彼はスイッチで回線を切る。そしてやってくるだろう、核についてを考える。


 本当にそれが使えるものなら、処分しなくてはならない。サイズからして爆縮レンズ、ガンでないなら爆破で済む。


 HEATをいくらか用意してあるのを、彼は確認してガレージを閉めた。対戦車用の古いタイプ、だがこんなにあるなんて。


 予想外の収穫を、どう使うか考えながら。



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