4またはトイ・トイ・トイ

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 アリアのセキュリティナンバーは『RR-FLB232』。入るときステーションの0~32番までを使っていいという権限であり、ミュータント用の細かな施設からもアクセスしていいことになっている————どこに入るかは当然、セカンドレイヤー。


 このアンダーシティの第二の底であり、管理の尽くされたオセアニアめいた土地である。そこは滞在時間すらも管理されており、アリアですら60時間以上の連続を許されはしない。それを超えれば彼女ですら、組織への裏切りとして排除されるようになっている。


 それを超えれば、彼女のナノマシンが自らを蒸発させるように、設定されている————それは活動可能範囲を狭めるためのものであり、低番号者には深部に行かせないようにし、敵対者にはトラップとして働くようにしているのである。


 ヴェンティセッテ・ステーションから、アリアはそこへと侵入した。


 15番からはアウトな銃砲店にも楽々アクセスできるし、24以上になればストレイドの近くにまで潜り込める。30に近づけば近づくほど、企業直営のが蔓延ってくる。彼女が下りたのは名前からわかる通り、27番。目的はとある工房で、そこは企業から卸された品をほとんどすべて取り扱える、この周りでは有名な専門店ガンスミスだ。


 アリアはいつものようにパスをかざして戸を開けて、マスターに急ぎの仕事だとカードを置く。


「久しぶり……半年ぶりか。どうしたんだい?」


 スーツのメックボディが受付した。

 本体は工房で作業しているらしく、後ろから複数のボディでネジとカット、鉄の音が響いている。そこまで大きいのをしているのか?と思いつつタグレースを受け取り、情報を入力していくと、定期メンテナンスはあと15日後だろうと彼は問いかけた。

 アリアは持ってきたケースを置いて開け、何がしたいかはと中を見せる。


「…………ああ、急な仕事か」


「理解が早くて、助かるわ」


 彼はいつまでだいと聞いて、アリアは明日までに終わらせてほしいと札束を出す。しかしどれだけ急いでも一日では片方が限界だとして、どっちを使うかと聞いた。まあ流石にそうだ、自分でもちゃんとやり切るならそれ以上かかる。


 他にカウンターを任せて奥へ引き込み、アールグレイとミルクを出して彼は二挺を確認した。


「まあ錆は無いし、部品だってガタはない…………精度だって問題はないだろうけど、それでも?」


「こっちが、トリガー詰まりおこしたから、ね。するんだったらできるだけをしたいのよ、急ぎになったから」


 店主は拳銃の中に弾が無いのを確認してから撃針を起こし、トリガーシアなどの噛み合いを確認して人差し指を引く。その次にショットガンも同様をして、それぞれの音に耳を澄ませた。


「…………見た感じ、どっちがかかる?」


 型式は知っているので、2、3度のドライファイアで調子を理解、彼はハンドガンを取って答える。


「こっちの状況は悪いな…………前ガンガンに撃った後、オーバーホールしなかったろう?メンテはきっちりしてるからよかったが、噛み合わせだの油だの、かたまりかけてる。だが撃てるだけ致命的じゃないな」


 そしてスタックしたとのを試したく、前後してやはり再現できない。彼は何が問題かと、やっぱりわからない。


「お見通しのようで……ちょっと使いすぎたわ、じゃあそっちショットガンは?」


 アリアが質問、フィールドストリップ。バラけた銃が、どうなったかを見られている。一つ一つ、見知った機構のレベルでチェックをされている。けれどもわかっては、いない様子だ。


「NF22よか楽だが、固まったってのが絶対にマズい。新しいの使うのじゃダメか?在庫はいくらでもあるんだぜ?」


 彼はここから先はと、戻して言った。


「……それはダメ。慣れるのが面倒、バランスが変わるから」


「ソウドオフだもんなぁ…………わかった、急ごう」


 そして出された金を受け取って、彼は遅くとも明日の午後八時までには終わらせて見せると意気込む。最悪バランスは変わるが、交換だって。


「ありがとう。助かるわ」


 アリアはいつも持ってきているチョコチップクッキーを手渡して、工房を後にした。次は久方ぶりのバイクだし、体慣らしかなと、26番に予約してあったVRサーキットへと足を向け、灰色の夜を通り抜ける。



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 トイ・トイ・トイ。かなり昔にどこかの歌で聞いたような言葉だと思える。ただ一日が幸せでありますようにと、願う言葉だったような記憶がある。


 おもちゃのように、小さく、大切なもの。そういう意味のトイ・トイ・トイなのだろうかと思った記憶がある。誰かが幸せであるのならば、きっとこれでいい一日なのだ。そんな風に思えた気がする。


 雨が降ったって、それは植物が育つための大切な栄養。それに空が私たちに暮れた、世界を洗ってくれる優しい物体。だからいい一日なんだ。曇りの日は、たまには休んじゃえっていう地球からの休日のプレゼント。大風は夜がくれる、ちょっとだけ強いため息の代わりなんだ。


 夕日が長いのだって、月が綺麗なのだって、なんだって私たちにくれた小さな幸せ。それがわからないままに、優しくなれる言葉。そんな風に善性を信じていられたころがあった。


 でもどうしても、一言は足りない。用事もないのに行ってくるいじめだって、理由もなく忌避される野郎たちだって、戦場だって。どうしてもわからない。誰かの幸せを祈ることのできる世界があるのならば、どうしてそれがこの世界に広まってくれないのだろう?


 愛を祈って結ばれて、そして新しい命ができて。そして幸せが続いて行って。理想論なのだけれど、そんな世界を私はどこまでも望んでいた。確かに子どもの頃の想像のように、背中に翼を生やすことはできない。どこまでも高く飛んで、月と地球を結んでみることもできない。だけれども、人の幸せを祈ることのできる人間が、どうしてこうも憎むことができるのだろう?


 幼いころの私たちは、一切の屈託なく話し合うことができたはずだ。これ以上に世界が悪くなることなんてないと理由なく未来を望めて、相手が女性だって男性だってトランスジェンダだってレズビアンだってバイセクシャルだって、大体は何も考えずに差別などもせずにいられたはずだった。


 それがどうして互いを避けるようになり、一部を邪魔ものにするようになり、結局は正しさのままに他人を傷つけるようになる。それがどうしてなのだろうかと私は思うのだ。


 誰かが誰かを殺すなんて、誰かを愛してくれたからこその状況以外、ありうるべきではない。自分の情愛のままに全てを投げつけるのではなく、ただ受け入れてやることを望むのが正しい人間の在り方ではないのだろうか?少なくとも、私はそうありたかった。


 ところがどうだね。


 アンダーシティのネットの海をたどればどうだい。簡単に罵倒の言葉なんて飛んでくるではないか。


 私が誰を殺したわけでもない。私が誰かの何かを焼いたわけではない。それなのにもかかわらず、私は殺人犯扱いだし、私の自宅もろもろは糞味噌にされてしまった。


 何時パルレに借りたこの家だって、特定されてバカにされてしまうのかもわからない。だからではないのだけれども、私はこの状況を憎むしかない。


 トイ・トイ・トイなんて望みを、つぶやいてはいられない。


 愛だって恋だって一度は見に受けて、世界を喜ばしいものだとみなおしたことだってある。彼女はずっと自分と交際があり、そのうちに惹かれていることに気づいたものであったのだが、そんな彼女でさえ、いつの間にかに殺されてしまった。


 むしろ被害者といってもいい――――奴隷生まれで長い事鉱石工場に苦しんだのだ、逃れてまともな上がりを期待したかった。


 けれどもどうしてこうなるのだ。


 青い空がただの光の錯覚のように、私にとってはこの世界が安心安全で、喜ばしいものであること自体が錯覚なのか?とも思わせられる。


 タッグに自らの名前を突っ込んで、タイムラインを眺めてみるとまた、ここでは言い表したくないほどの状態になっていることがわかる。この街を燃やしたのはお前だ、と勝手に理由付けされて。そして検挙されない理由が上流階級だからって。成り上がりの馬鹿者だとも思われているようだ。


 だからどうしてこうなるのだろう。この国は民主政治で動いているはずだが、それが衆愚に陥っているのか?とも思える。けれどバカな行いをしないことはわかっている————なぜならここの住民は、まともな政治を一応は行っているから。


 だからこそ、流されやすくバカを行う人間はあってはならないと願う。人のためを行ってほしいと願う————正しい理解の元で。


 だけれどもかなわない。だからここを出ようと思う。そしてせめて、日記の一つに理解を込めてあげたいと思う。だからせめて、これだけはデータの海に、沈んでしまわないようにかくしておこうと。


 パルレには心配を、かけたくはないから。


 アストラは静かに、手に入れた確定情報を読む。

 セカンドレイヤー。アンダーシティの、もう一つの底。そこへの切符を持っている、騎士めいたミュータント。


 方々に出してやっとつかめたデータだ、モノにして見せる。



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