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 自動操縦のエレカの中、仕事が終わった時。シルクリートの道路の凸凹をタイヤ越しにアリアは、いつもあることを考える。それは自らの存在理由のこと。どうして私が改造されたのか、ということだ。


 ミュータントには2つの生まれ方がある。無理くりに体をナノマシンに適合させて作るものと、元から適合している中にナノマシンが入って変化するもの。私は前者で、その中でも細胞レベルから適合させて作られたタイプだった————だから私は、幼いころにいつの間にか研究所に収まっていた。


 その前の記憶は、ずっと昔からなかった。どこで生まれたのかもとんと見当がつかないし、酒樽に落ちたとかの思い出だって、一つもない。生まれた時から連続した記憶は、研究所にいるということだけだった。

 そこで生い立ちについても、聞けやしなかった。だから私は、自分が自然発生したものだと、昔思っていたほどに自分がなかった。


 それが教養を手に入れて、何度かの実験を受けて。大切な同期のほとんどを殺した挙句に出来上がって、外に出て。そしてこうして得られたものが、ろくでもない人間ばかりと、マトモなストレイド。ほんと、どうしようもないんだな、この世界ってのは。


 アンダーシティを守っているのはポリスでもガードでもない。ただストレイドによる巨大なるパワーバランスと、それを支えるミュータントなのだ、アンテルニアという対立構造を冷戦めいて、争わないように争うことで、平和となる。ただしそれは、露見しないように裏の中に。


 本当に裏の中に、あるのだろうか。


 継ぎ目をエレカが乗り越える。サスペンションで気づかないほどだが、ミュータントの知覚なら捉えられる。今の自分たちは、こんなことをしているのだ。彼女はタッグで、ニュースを見る。


 何度となく殺してきたのは、ジャーナリストだの従わない一般人だの、大体が知ってしまったような不幸な人間。適当な殺し屋ジャック・ザ・リッパーの仕業とされて忘れられる、人間。


 誰もこの世界を怖そうだなんて望んでない。ただ目の前の出来事を受け入れられなくて動いただけの、真実を求める人種だった。もしくはただ単に、見てしまっただけの人間だった。本当にアイツらは悪であったのか?


 ヤクザくずれを拷問するのなら、まだよかった。

 敵に与する愚か者なら、いくらでも殴れた。無辜の民を始末することだけは、どうしようもなかった。


 洗浄用の雨は二時間後だと、エレカのタグレースが告げた。それまでに帰ることができるだろうと見て、頬杖を解いて天を向いた。


 私にはもう考えられない。考えたくない。こうするしかもう生き方を知らないのだ————だから、こうするしかできない。

 力をもって、戦うことしかできない。


 一定距離の街路樹を数十本超える間に、アリアはぼんやりと空に問うた。このままでいいのだろうか?閉じた空は何も答えない。長い事繰り返したこの問答の末を今日も見ないまま、守るべきと願った社にたどり着く。


 エレカを下りてドアを開くと、中の数人が『今日もお疲れさまです』と声をかける。それがいつもの問の答えなのだろうかと、アリアは小さく息を吐く。


 戦うことの意味は、きっと。


「先生。次の仕事が」


 秘書役が来たばかりの彼女に、電子封のされた手紙を差し出す。わざわざノーティスで済んでしまうこのご時世に、わざわざ物理的証拠になりうるこんなものを送ってくるとは。物理ペーパーなら燃やせばいい、電子封されたなら、ベースにある。


 また、面倒を持ち込んだのか?

 よほど急ぎの仕事らしい。アリアはすぐに席に戻り、コーヒーを入れてそれを開いた。


 指紋認証式の電子ペーパー。指を触れさせている間だけ内容が読めるようになり、データの吸出しは不可能なもの。開くと同時に認証画面になり、触れている人間の指を確認し、正式な相手と確認されて文字が表示された。


 私のデータを持っていることから、おそらく依頼主はお上か。それが急ぎ…………果たして。


 ペーパーの数項を読んでみると、それは珍しく暗殺ではないことがうかがえた。


『二日後に送られる荷物を指定ポイントに輸送しろ』


 それが命令だった。こういう心に楽な仕事だったら、歓迎したかった。ただし補記が問題でもあった。彼女は少しいぶかしむ。


『こちらから送るケースを開けず、アリア・マーゲイ一人で輸送すること』


 わざわざミュータントを使うほど、替えの効かない物を送るのか?その上秘匿も必要なものを?上が?それなら、自分より強いのをつければいいというだけじゃないのか?


 アリアはペーパーを電子ロックの引き出しに仕舞い、コーヒーのおかわりをと席を立った。ならば準備はするに越したことはない。


 騙して悪びれられるのは、殺して生き延びた者だけだ。死んだ者には、それを恥じることも怒ることも、できやしない。



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 指定された出発時刻は午前1時。そこから30分以内に指定したモーテルガスは死んだのにで半券を受け取って、さらに2時間後、指定ポイントで待ち合わせる。半券がどのようなタイプなのかは記述されておらず、またルートもどこを通ればいいかのインプットデータにされていた————ここまでガチガチに固めているのに、たった一人とは。


 本当に何かが怪しいが、特殊任務用のペーパーを使うくらいなのだ、それほどに重要な任務なのだろう。


『受け渡しまで中身を開くな』との文面から、何を使うつもりなのかと推測する。輸送するブツは開けてはいけない物で、かつ人間が扱うには面倒なもの…………その上で、そこまで多くの人間を関わらせたくなく、かつ————ああ、そういうことか。



 超小型ミュータント用戦術核が、彼女の頭に浮かんだ。


 手りゅう弾ほどのサイズでビル一つを崩壊させる危険な代物で、ナノマシン入りの肉体でなければ触れると同時に肉が崩れる。その上特殊遮蔽ボックスに入れなければ恐ろしい量の放射線を放つので、使うまでは加工済みのスーツケースなどに収めねば死ねる、という代物だ。


 かつてこれを用いてビル解体を絡めた暗殺をしたことがあったが、その時でもガイガーがうるさかった。ミニボックスの外から使っただけでもそうだった、おそらく10程度は収まっているだろう。


 だから跡を探りにくいバイクでも使って一人でやれと、そういうことなのだろう————ならメモも残せないか。


 アリアはペーパーをどうしようかと息を吐き、ほほに手を当てる。あまり目立ってはいけない代物だから、自分の力を使うこともできない。だったら久々にアレを使わなきゃいけないのだろう、仕方あるまい。


 彼女はガンロッカーを開き、焦げ茶にそまったソードオフのBr-22ショットガンに、NF22特殊部隊向け拳銃を取り出した。どちらもほとんど非合法に製造されたもので、法律の上では存在しないことになっている『メーカー純正の』品だ。


 ストッピングパワーを持ち、ミュータント同士での戦闘でも十分な威力を持つ————かつてまだ力を使いこなしきれなかった頃、それを補うために使っていたもので、何度となく命を救われた。最低でも5つの血を吸って、燃えている。


 数カ月ごとに整備で触れるたびに、サイコメトリーめいて頭の中に蘇る。

 今度もまた、これに星を増やすのだろうか。今はもう、頼らなくてもいいくらいには強くなった。それでさえやり切れない力を持つのと、相手しなくてはいけなくなるのだろうか。


 カキリ、撃鉄を起こす。カチャリ、トリガーを引く。間違いなく撃針が前に進む。ポンプアクション、動かないトリガー。


 まさか、そんな。彼女は動きもしない相棒を、すこし嫌に感じて握る。前に使ったのは2カ月前、クリーニングだって、フィールドの範囲ではした————動かないはずが。


 彼女は嫌なものを感じ、いくらかかるだろうかとカードを持ち出し、カナードのヴェンティセッテ・ステーションに向かうべく、社を出た。

 まだ一日ある。それまでに、終わってくれたなら。



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