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 どうやら相手が待つ場所は、完全フリーのゼロゼロ物件————借りるのも逃げるのも容易で、タッグとクレジットだけで逃げ込める、捨ての住所らしかった。


 周囲に引きずり込めそうな裏通りも暗がりも、隠蔽しやすい場所も何もない。四方を大通りと建物に囲まれていて、どっちを潰されても逃げられるように、二か所に窓のある角部屋————階段近くの部屋だから、爆破だの火事だのでも衝撃は上に逃げるし脱出できる。


 かなり警戒しているようで、物件の情報には『防音設備』だの『脱出スライド』だの、安全をうたう文句が誇らしげに並んでいて、おそらくというか事実というか、そういうダーティー・ワーカーが愛用しているのがうかがい知れた。


 これが敵なら、どう攻めるだろうか————どう戦場を残しているだろうか、どうこの罠を、仕掛けて殺しに来るだろうか。あまり殺しには手を出したくないのだが、やっぱりそれしかないならどうみ消そうか。どこで証拠を消そう、一番近いのは————。


 身分証明ができる部分以外をグダグダにして、小さく折りたたんだ死体袋シュラウドをブリーフケースに、アリアは2階の指定された部屋の戸を叩いた。先に考えていたのとは違って、チョコレート色のオールド・ウッドにドアノッカー。むしろ設備については、古いのがいいと抜けているようだった。


 中から眼鏡をかけた神経質そうな男が、ホルスターに銃を入れたまま出てきて、「お前が取次か?」と侮って出る。


「パルミジャーノ、それで分かる?」


 シャーフナックのPSSか。特に言うでもない一山いくらの拳銃。


「パルミジャーノ……いや、知らんな。あのジャーナリーの仲間、ってとこだろう?慌てて漏らさないでくださいとでもしに来たんだろがう…………止めてほしいなら、何がいるかはわかるよな?」


 それを握っているだけで、どうしてつよがれるのだろうか。

 彼はアリアを下っ端の一人とみて、自分が上なのだと位置づけようとしていた。彼はふてぶてしく、持っているケースに何があるのだと聞き、答えない彼女に声を荒らげては銃を引っこ抜く。

 やっぱり思った通り、ゴミみたいな拳銃。


 腹が立ったので、彼女はナイフのようなストレートを腹に入れ、くの字に折って彼を持ち上げた————そのまま廊下にゴロリ、転がしてケースを投げる。それから中に、土足で立ち入る。


「……これが私たちに対する態度なら、外れてもらうこともやむなし、と見てよいということでしょう?あなたじゃ話にならないわ。アタマを出しなさい」


「な、なんだお前……!どこのカチコミ!」


 電話で聞いたはずの声は、不思議なことに聞いたことも見たこともない様子をしていた。一応顔見知りにはなったはずなのに、どうして?彼は電話の表示と変わらないのを、歪めて命令した。


「いや、だからパルミジャーノって言ってるでしょう?仕事できたのよ、私」


「パルミ……?知らん!やれ!」


 そしてその命令を、周りは疑うことなく実行する。やはりPSSハンドガンを周りが引き抜くと、そのまま跳弾など考えずに向け、ためらうことなく射撃。全くこいつら、何を考えているのか!


 アリアは天井すれすれへのバックフリップ、ケース開けて中身を出して、ケースとそれぞれ投げて二人倒す。それからダッシュ、前ストレート。

 最後にコンパクトな寸勁をとどめに、一人を残して地に崩した。


「……ったく、だから言ったのに」


 彼女は生かした男を、健を無視して身体を折る。なんとも無様な悲鳴を上げて、彼はただの荷物になる。まだ意識と生命はある、たっぷりとお話をさせてもらうことになるだろう。

 ぶるりと液体に濡れるのが、うざったい。


「これからしばらく、拷問生活をしてもらうでしょうね。でもそれは、嘘をついたあなたの責任なの、わかってもらえる?」


 そして彼女はそのままどうにでも、乗ってきたエレカに無造作に投げた。ガクガクと男は、一切の返事をしない。面倒なので安静剤を注射すると、状況を受け入れてくれる。

 タッグをかざして、エレカが走る。



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 そのまま傘下のゴミ焼却場へと飛び込んだなら、いつものをするから火力を上げてくれと、管理官に頼んでプレイルームおはなしべやへとアリアは入った。


 機械の安静な運転に気つけなどされず、激痛に気を失ったままの男を引きずりながら、静かに静かに拷問部屋に置き、彼女は目が覚めるまで体をコンクリートでにすりおろしていた。

 当然10分ほどガリガリしても目を覚まさない。ちょいと薬が効きすぎたかと反応がないのが面白くない。拮抗剤をぶち込む。それから面倒だからと彼女は左の前腕を真っ二つに裂く。


 すると男は、ついに跳ね起きてあたりを見回すのだ————俺に何が?そう思っている彼の前にある、二つになった左腕と折れた四肢、女の姿だけで理解し、男は失った記憶を一瞬で呼び戻されて凍える。

 ストレイドに逆らったのだ、何をやらかしたのかをちゃんとわかってもらって、自分がどんな愚かをしたのか理解してくれないと。


「頼む……俺の働いてるとこはマフィアにはつながりがあるんだ…………」


 そう嘘つくヤクザもどきの指を一本折って、アリアは冷たく彼を持ち上げ、叩きつける。


「そう。でも何かできるわけじゃないんでしょ?」


 マフィアにつながりがあるも何も、マフィアごときが世界という構造に逆らえるわけが。信じられないというか信じる気のないアリアに、男はベラベラと武勇伝を語って見せ、そしてだから殺さないでくれと自信深くする。そのすべてが威を借りているだけのキツネなのに。


 アリアは同じ言葉を繰り返す。


「いいや!俺は顔が効く……だからなんだってできる!だから殺すな!お前たちに従う!忠を尽くす!だから!」


「で、ならあなたは何を捧げられるの?」


 その無駄な努力に半ば呆れ、ため息をついて彼女は続ける。


「例えば?」


 男は自身気に顔をキメる。正直不細工なのでやめてほしい。


「アンタを綺麗な体にすることだって、できる」


 というか私を場末にいるヤクザ崩れだとでも思っているのだろう————だからこんなのをしているとでも思っているのか。ちゃんちゃらおかしい。安全な立場に戻してあげられると、自分の力を示すのが救いだとでも?愚か者が。

 思うほどに、私らの世界は甘くない。


 その言葉にほんの少し惹かれたが、ストレイドに顔が効くハズなどないと思いなおし、アリアはさらに指を2本砕いた。痛みで叫ぶ男に『何か言うことはあるか』とほほ笑み、彼女は引きずって焼却炉の戸を開ける。2トンはあるだろうそれが簡単に引き上げられたことに男は驚き、そして静かに涙をこぼした。


「待って……待ってくれ!俺は本当に…………!」


 それを無視して、顔面を軽くあぶってみた。早くあきらめてくれと思いながら10分ほど、肉に焦げ目が入るくらいにしてみると、どうやら交渉の余地はないと恐れる。そしてさらに5分、先より距離を詰めて火にくべるとどうやら彼はどこかが壊れてしまったようで。


 火花に触れてびくりとはするけれども、全体としてはテレビを眺めている子供のように、無邪気に泣くだけで動かない。恐怖の中に幼くなってしまっていた————だが、それで拷問は終わらない。終えられない。


 首元を見ると、ジャックがあった。そこにブレイン・コピーを接続する。当然のことながら不可逆読み取りなのでそこはまあ、アレする。彼女はそれからデータを逆流、電脳の方に思考データを移して動かす。一つが二つになって、どうでもいい肉体が一つ出来上がる。


 それはまともな思考を持てるだけ、彼には不運だったろう。


「うん、待ったね。で、何をするんだって?」


 二つの意識に語り掛けると、ガクリと物理ボディが斃れる。逝ったか。まあそんな軟弱なものが人間だ、仕方ない。アリアは彼の足を折れるほどにつかみ放り投げて、そのまま戸をゆるりと閉めた。そして残っている電脳に向かい、微笑みかける。


「怨むなら自分を怨みな。で、ストレイドの敵は、どこにいるかを教えてもらおうか」


 腕に巻き付いていた彼のロケットを、使えそうだと写真を引き抜いて捨て、タッグのノーティスを送って、乗ってきたエレカを先に帰した。


 これからは夜の時間だ。暗くしつこい、アンダーグラウンドの時間だ。

 今日もこれで、平和になってくれるだろうか。いや、そんなわけはないだろう。



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