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 金属粉末と綿付きの棒、ウエスにグリース、ナイフ、そしてタッグ。

 整備一式を持ったクリスは、後ろで暇をつぶしながら作業を見ているビッタに何も気を払わず、写真を丁寧に取りながらスライドを外し、バレルを引き抜き、マガジンのリブ接触部分を確かめ、遊底を押し回した。


「壊したら承知しないからねー!」


 何を言われても聞くことなく、彼女はバラバラになった部分品全てに欠けが無いかをしっかり見ると、どこがどう可動していたのかを軽く合わせ、原型と形が変わっているだろう場所に軽くナイフを当て、切り込めるのを確認して抉った。


 ほぼ粘度を失い、微細粉末で表面が一見すると鋳造部品かと見まごうようになっていた、回転軸のグリス汚れを彼女は取り払う。そして深くなればなるほどえぐり取れなくなるそれに粉末をかけ、砂消しゴムめいてウエスで削り、ぬぐい払う。


「……ったく、まだマシに動いてたとはいえこれはひどいじゃないの……」


 簡易ではありながら美しく組まれた反動抑制装置を、まるでパズルを解くかのように取り外してスプリング、おもり、メインフレームに分けて取る。どこかで見たような記憶のある、部分分割しやすくて性能の良い拳銃。

 コピー元の答えが頭に浮かんだが、今はそんなことよりもと作業を続けた。


「こんないいものどこで買ったのよ………間違いなく高かったでしょうに、なんで今まで手入れとかしないでいたのさ。バカ?」


 装置のグリスを塗りなおし、組み戻して数十回前後させて馴染ませる。次にロックをかけてトリガー解放状態を再現し、問題なく動くと確認してから、ほかの終わったすべての並ぶ、机に引いた布に置いた。


「それなりに値段は張ったわよ……でも性能は十分だったじゃん、いいの。あとバカは余計だから。私アンタより馬鹿じゃないから」


「ならそんなもんメンテせずに置くなっての」


 バレル内にガンオイルを流し、ビッタにありえないだろうがブラシがあるかと問い、返事がないままに弾丸のサイズに合わせたものを突っ込んで磨く。どうせないのはわかっているから、ポーズでいいのよどうせ。

 クリスは適当に、無視をする。


「聞いといて返事待たずに続けるなっての―!」


 幾らか中のメッキが削れたか気になったが、ウエスでまたこするとそれは杞憂と理解できた————くみ上げ、バランスチェックを軽くしてから、気づいたクリスはビッタに問うた。


「ああごめん。聞こえてなかったわ————で、これどこで買ったのさ。初期型のショートには及ばないけど、ミニマムなんて、あんたの収入程度じゃ買えないのはわかってるのよ?」


 丁寧にビッタに手渡し、クリスは昔見ていた銃専門雑誌を思い出す。一丁数百万で売りたいと書かれていた広告が、次号にはSoldOutになっていたほどのが、どうしてこんな奴の手に。


「……バレちゃったか」


「それにこれ、盗んだんでもないでしょ?盗むならコイツの価値はわかってるはずだし。シリアルもそれっぽいけど、真っ赤な偽物だし…………本当どこで買ったのよこれ。無茶な注文だしたら買えちゃったとでも言うつもり?」


「………そこもバレちゃったかー………」


 そこでたっぷりためて、ビッタは不敵に笑いながら続ける。

 本当にあるとは思っていなかったけど。クリスはその場所の名を、しょうがない奴だと続けてみる。


「『セカンドレイヤー』?」


「大当たり!私が追われる原因はそれなのさ!」


「大当たりじゃない!なんでまたそんなもんに手だしたのさ!」


 そして彼女は、馬鹿らしくなって銃を投げ渡した。



 ————



 先に取り出したタグレースを、そこらの無線LANの回線を盗んで接続し、足がつかないように情報を入手してから、すぐに切断をする。そして残った情報をクリスに見せ、ビッタは雄弁に語りだした。


「セカンドレイヤーへのアクセス方法は一つ。専用のカードを使って、オッツダルヴァ駅で乗り込むの。そうすれば特急カプセルに案内されるんだけどね、それに乗れば途中から、別方向の地下へと潜り始めるのさ————そうすればあとは簡単、つくまでしばらく眠ってるだけでほら!」


 クリスは秘匿回線からすっぱ抜いたデータを一つつまみだし、その内容物を読みながら聞き流す。


「こんなところにクソデカ地下都市~!ってカンジ。どうよ、どう?ヤバくない?こんなもんケルスの真下に埋まってるんだってさ!」


「なんてもん埋めてるのかしらねぇ……で、そこはどんな?」


「そうね、着いたら大体のことが金で出来るわ。例えば殺し。一人アシつかないように殺そうって頼むんなら、ピンキリだけど大体500万で片が付くわね」


「500!?高いけど格安じゃないの!」


「んで次にドラッグ。上で流れる同人の粗悪な水増しより、安く早く効くのが出てるね……アウアウな濃度も成分もできるし、扱われが多いから上の企業のより数段安全ってのもある」


「上ので同人……?ちょい待ち、じゃあ私らが取り締まってたのは?」


「あれポリスが仕事してるってアピール用だってさ」


「……!!」


 クリスはそれを聞くと、タッグをクッションに投げつけた。


「他にもコピー品に海賊版に偽物に贋作に試作品の横流しに売り切れたはずの大量の物資に…………。転売ヤーだのじゃ予想もつかないくらいには店売りされてるのと同じもんが捨て値で売られてるし、あら!人間まで買えちゃうっぽい!」


「————かーッ!!!!」


 そんな非日常的で非現実的な事実の裏側に、クリスは天井の方を向き手を顔に当てて笑った。

 ご丁寧にそれらは証拠付きなのだ、分かってしまえばしょうがなかった。彼女は隣のぬいぐるみをもって、顔を埋めてゴロゴロ転がる。それからすぐに、たっぷり息を吐いて続ける。


「…………予想以上とか、そういうレベルじゃなかったわ…………腐りすぎよケルス…………もうここまでくるとさ、何でこんな町守ろうとしてたんだろうね………ばっかみたい。何ここ。ゴミじゃない」



 悲しげな声で空虚に笑うクリスに向け、ビッタは何らかのカードらしきものを取り出し、そしてそこに記されている偽造のマークを彼女に突き付ける。


「あらそう。ポリスの言うことじゃないわねぇ……ところでこれ、なんだと思う?」


 それが何かがわからないクリスではない。それをけだるげに引き抜き、ちらと見てから彼女は、使った跡を見て答えた。


「どうせ偽造したんでしょ?んでまたなんでかそれがバレちゃったってとこ」


「正解」


 ビッタがそれをさらに引き抜き返し、タグレースで投影して続ける。


「もっと言うなら、あんたの奴に突っ込んであったバックドア経由でちょろまかしたのさ……実はもう一枚だけコピーできるけど、どうする?紛失とかで3枚コピー作れるらしいんだけど、死んでるカードのコピーから取ったからさ。それで限界、ってわけなんだけど」


 それを聞くと、クリスはためらわない。


「……寄越せ」


「と思って終わってるわよ。ほれ」


 だからまるで手裏剣のごとく彼女は投げた。クリスが受け取ったそれは、完全に先のものと同一であった。


「手際いいわねぇ。侵入するのはいつ?」


 しげしげと表裏を眺めて、彼女はポリスのときのように腰のケースに収めた。


「私の方は一週間欲しいと思ってるんだけどさ。装備ヤミで漁りたいし、ポラリスをどうにか戻したいし」


「ならこっちもいろいろ取り寄せるわ。ジャンジャン君ぬいの新作出るし。他に何いる?」


 そう言って彼女は、匿名の運び屋に連絡し、いくらか保存しておいた隠匿商売のサーバーとつなげる。それのカタログを軽く流し見て、これとこれととクリスが選んでいった。


「あ、でもぬいは増やし過ぎ禁止」

「なんでよ!」

「アンタ前のとこ足の踏み場なかったじゃない」

「だってぬいはかわいいもん!」

「……ほんと、変なとこでいい趣味してるわ」

「お互い様。みーくんに顔埋めてたの忘れないからね」


「……!それは!そうだけどさ!」


「というかあのポケットぬいぐるみのとこだったじゃん!それで!」


「殴るわよベリス……今日は殴るわ!」


 ついでにキャットファイトも、そのカートに入った。



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