5
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出発から十三分二十秒。ちょうど半分の道のりを超えたところであった。クリスがバックミラーをちらと眺めると、溜息を吐いてビッタが言う。
「ところでさ。どこでつかまれたんだと思う?」
少しずつ増える黒塗りのエレカを危うみながら、クリスはRP-22のある腿ホルスターの感触を確かめた。
間に合わなかったのか、それともやらかしていたのか。どちらかはわからないが、しかしまたチェイスをしなければいけないことは、確かだった。
「……ネットの発信元かそれとも、あんたがしてた根回しだのの時か。そんぐらいじゃない?」
クリスはタグレースを操作して、燃焼マップをハイトルクに切り替える。元からある程度そちら寄りだったが、ここまでくると欲しいのは再加速の時のパワーだ。あるだけ回せる、力なのだ。
「それなら、私たちが出てから追手が来るはずよ。どうして今来てるのさ?」
「知らないよそんなの。ともかく落としだのしないとまずいでしょ」
「……ちょい待ち、街中でやる気?」
「ポリスはお堅いね。でもまあほら、もう法律アウツってことで!」
片手を離し、ビッタはスリーブガンを構える。威力は豆鉄砲だが、それでもいくらかないよりはましになるだろう。クリスは操作に集中する、相棒を持つことは出来ない。
慣れない二輪車の上、彼女は練習とガードに指をかけながら適当に狙いをつける。4発程度、転げそうな軽い音。しかしそれはあからさまな装甲付きな黒塗りエレカのタイヤに向けて、一発を命中させてバーストさせるのだった————運転していたのが三下だったからか、それはスキール音を上げてガードレールに衝突する。
命中に驚きながらビッタは、古いコピー銃の狙いを、先の命中を契機として攻撃開始したストレイドたちにつけるのであった。
「ナイスまぐれ」
「うっさい。当てられたら承知しないからね」
粗製ではあるが、それでも十分に精度残したそれで、彼女はぱんぱんとタイヤか装甲か乗員かに命中させる。3発の時点でははずれは無し。マガジン半分の時点だと1発除けば全て敵には命中しているという状態であった————どこで練習したんだ。
残り8発のマガジンを一度確認し、ビッタは右に曲がるクリスの体にバランスを預ける。それを崩そうと狙うアサルトライフルの光はポラリスを左右に振って躱し、ギリギリのグリップで二人はコーナー外側に耐え忍んだ。
ばらばらと破片が散り、跳弾の音と波がシルクリートに浮かぶ。
「次!ストレート抜けたら左だからね!」
「わかってる!その次どっち!?」
怒号がメットに飛ぶ。
「ライン繋げて開けるから!タグレースの回線開けて!」
思考接続式のタッグを見せ、99ミニマムを牽制の乱射。そして使い切ったマガジンを腿のホルスターにはめて取り出し、マガジンを装填しようとビッタはする。急な体勢変更に気を取られ、それを道路に落としてしまう。
「開けたわよ!」
返事と同時に、後続のタイヤにグシャリと踏みつぶされた。チクショー!とバンバン肩が叩かれる。
「開けるのはいいけど!雑いの昔っからなんとかしなさいな!」
そんなビッタに向け、振り落とそうと見えるくらいに乱雑な回避をしながらクリスはブレーキ。車体を傾ける。
「うっさい!あんたは後ろ見ろ!」
車体を傾けての強引なブレーキからの再加速をしつつ、応戦で弾をいくらか当て、ワンマガジン使い切って彼女は答えた。接続確認しつつクリスは左に曲がる。そこからしばらくストレート。
「私のクソエイムで当たるわけないでしょうが!」
「じゃあなんでそんなレアもん持ってきた!」
「コピーが安かったのよクッソ腹立つほどにね!」
「じゃあポリ公の私に使わせればよかったじゃないの!」
「手放し運転すんなって免許取ってったのどこの誰よォ!」
「知るかァ!」
「おめーだよおめー!!!アタシの免許もうスクラップなんだからね!!!」
「うるせーぇぇええ!!いいからアンタはバランス取れぇえええ!!!」
クリスが叫ぶと同時に、九十度近いカーブが目の前に広がった。普通ならブレーキを引くところだが、それを限界近くまで車体を沈ませて曲がる。タイヤがサイドまで深く削れる。平滑に整えられたシルクリートの路面がもみじおろし直前まで彼女らの膝に近づく。
「……!」
投影面積が広がる。ならばと敵が、そこにぶち込む。数発の弾丸が命中し、ポラリスのホイルスペースにある彼女らの荷物を撃ち抜いて抜けた。
なかから液体の何かが漏れ出し、全てシルクリートに染み込まれて吸収されていた。
「……寄りにもよって、さっき直したばっかのとこを………」
あきらめと怒気が混じった声。
衝撃で何があったのか理解したクリスは、立て直すと同時にビッタから
まるで鬼がそこに誕生したかのようだった。
彼女はそのままタイヤを全てぶち抜く。クルリスピンして、装甲エレカが壁で火花を起こす。
「へっ!ザマミロクソが!逃げるわよ!さっさとネットなりで罠かけなさい!」
そこにポリスだったころの良識はなかった。
「……バイク程度で撃つなよ………」
ビッタはその姿に呆れる。
「レアもののパーツわっざわざ取り寄せたのよ!右専用のスライドタンクドア!ポラリス自体クッソレアなのに!オートシールなのよ!?オートリペアものなのよ!?ちょうど入れ替えたとこにブレットぶち込むなんてクズ許すもんですかい!」
回線経由で路上のタイヤカッターを上げ、ビッタはバカじゃねえのという風に吐いた。
「……お前もともとポリスだろ……そんなのが簡単に発砲するんじゃねえよって……」
「もうやめたわよあんなクソ組織!」
「さっきといってること違うじゃねえか!」
「うっさい!振り落とすわよ!」
「ああもう雑いな!ついてってやっから振るなバイクを!」
オービスの全てを一時スリープにし、爆走も激走もすべてを許すガバガバ警備として逃げる二人。長年の相棒じみた掛け合いを繰り返しながら、彼女らはまた、次の居場所へと走り抜ける。
見ているはずのカメラのレンズも、今は全てを停止していた。
というか、女の喧嘩はばかばかしいものでしかない。記録する意味だって、無かった。
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ガレージ付きの、それなりに見える一軒家。レンガ造りに見えるが中身は鉄筋コンクリートであり、弾丸は通さないくらいには強度あるオールドファッション。シルクリートができた後なのに、わざわざそうした古風な作り。
そんな切妻のポーチに降り立ち、ロックを開けてガレージを開き、荷物ごとポラリスを押し込んだのを見てから、暖かな木材で出来たフローリングの玄関に、足を二人は踏み入れた。
ガラガラと厚めのメタルシャッターが閉じる音が響いてくる。同時に元から静かな方であるエンジン音が消え、響いてくるのは女性の力む声と荷物との衣擦れだけになる。オートロックがガシャリとかかる。その上でマニュアル鍵を閉めて、ビッタは手伝おうかと、ガレージに続く戸を開ける。
「どうだい?なかなかいいんじゃないかなーって思うんだけど」
すると荷物を抱えて苦しんでいるクリスは、言葉をぶん投げ荷物を放り投げる。
「最悪ね。ガレージ代だけは払ってあげるわ————何ここ。いつの時代のセンス?」
「じゃあガレージで寝てよ。シャワーとバス、トイレだけは許してあげるけどさ」
「気が変わったわ、半分だけ払うから私に部屋を寄越しなさい」
「強欲なポリスは嫌いよ」
「じゃあ荷物あげない」
「ウソ。部屋一つだけは許してあげる」
そう言ってビッタは自分のぶんの荷物を持つ。
「それにもうポリスじゃないからいいの……あと、あの銃寄越してくれる?」
ここで二人は廊下に置き、平屋建ての部屋二つにそれぞれ分かれて運び込み、下着と洗面用品、食器と食料を出して備え付けの冷蔵庫に突っ込む————当然会話はつづけながらである。ビッタの声。
「なんでさ。あれは私のなんだから売らないわよ」
階段の板の音。
「メンテしてやるっつってんの!何回使ったの?そろそろガタってたでしょ、あの子」
カサカサと何かを開けている。
「銃なんて使いつぶすもんでしょ?メンテなんていらないって!」
袋の音と硬い音。
「……ビッタ、アレいつ手に入れたの?」
カチャリとRP-22の擦れるメタル。
「ざっと二年前だっけかな?」
「…………いつ手入れしたの?」
道具一式が部屋に出る。
「してない!」
そして響く、元気な返事。
「……………………二年も?」
ここでやっと、クリスは手を止めるのだった。2年?そんなに長く何もしてないなら、もしかしてどころか————絶対に、そうでしかない。
ビッタが元気よく答えた。
「二年も!」
そして十数分の沈黙。それから馬鹿じゃねえのといわんばかりに、荷を持ったクリスはドアを蹴り開けた。
「……一晩は返せない。これは確定事項だからね?」
「なんでさー!!!」
当たり前のことだったが、その反抗は許容されはしなかった。
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