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「ちょーっと追及厳しくなってきたかなー……」


 借りたアパートをすぐに引き払えるように、ポラリスのホイルスペースに乗せられるだけの荷物をクリスはまとめ始めていた。


 こっちに来る時に大体置いてきたとはいえ、睡眠用具に万能ナイフ、簡易整備用の工具にタッグとタグレース用の充電装備。ファストトラベルなしでは移動が面倒になる量だ。最低限を残して動ける状態になっておくに越したことは無いし、その状態でチェイスとか絶対にやりたくない。


 彼女はホイルスペースにしまっておいたバッグを取り出し、エンジンを切って三重のハードロックをかけ、併設のガレージに相棒をしまい、そこから自室へ入って粘着テープを取り出した。


 ポリス時代の都合上ショートではあるが、それでも落ちた髪がなんぞすれば最悪人間が割れる。広めれば祭り騒ぎ好きな人民が、どうエンジョイするリ・アストラのかは想像に難くない。


 彼女は手に一周巻きつけてフローリングをペタペタと延々繰り返し、床に落ちた物体の一つ一つをくっつけては回収していく。次に埃を限界まで取り払い、美しい状態のニス塗り木材へと変えていく。そして最後に、料理場のゴミ袋の中身を流せる分だけ流しで処理し、大まかにほぼすべての情報をぬぐい取ったら焼却する。


 これで新品同様とはいかないものの、十分に整えられたワンルームが目の前に広がることになった————そして彼女は、あと一つだけ掃除しなくちゃいけない面倒の方へ、顔を向ける。


「……別に掃除するのはいいけどさ、音がうるさいのなんとかしてくんない?」


 クリスは腐るほど聞いた声。腹立たしいめんどくさい声。


「ねえビッタ。私はちゃんと鍵をかけたし、誰もいないのは確認したはずなのよ……どこから入ったの?」


 こういう表現はあまりしたくなかったがと、彼女はRP-22を普通に向ける。


「ゼロゼロ物件の電子ロックなんてないも同じよ。ちょっとバックドアほじくればホイって開いてくれたわ。それより、向けるのやめてくんない?」


 ビッタはそれを、雑にはいはいと受け流した。そして握っている小さなチップを示し、こんなもの数百もしないで買えるのよと笑う。

 落ち着いてクリスは銃を下ろしセーフティーを入れてから、それが何なのかと渡してもらった。彼女は続ける。


「アンタ逃げてきてるのに、そんな事さえ知らなかったの?」


「悪かったわね。ソッチは私の埒外よ————あらこれ、ガキでも使えそうね」


 クリスはわかりやすく端子の形の示されたパッケージングの感想を述べた。ちゃっちい材質のカバーとお安いジャンク基盤が元になっているのから、ある程度雑にしても十分耐えるだろうというのがうかがい知れる。それと同じものをいくらか取り出し、ビッタは笑う。



「実際そうさね。なんせガキでも使えるように作ったんだから」



 そして少しだけ壁の方を向き、乾いた笑いと共に言った。


「ま、それで私も追われの身になってるんだけどさ……」


「何やらかしたの?」


 そんな色が哀愁を乗せているので、クリスは問うた。質問に対し、彼女は少しだけためらってから、大き目のパッドを取り出して画面を写し、クリスが見たような画像数枚をスライドさせ、つづけた。



「その前に、あんた『ストレイド』って知ってる?」



 名は知らないものの、起きていることの全てを理解したクリスは、映っている人外が自分を追っているものと同類であるとすぐに受け入れ、事実を答えた。


「名前は知らない……でもやってることなら知ってる。ショッピングモールで客を皆殺しにして、それをガス爆発に擦り付けるような、ヤバい連中」


「なら早い」


 ビッタが手をたたく。


「私ねー、あれに手―だしてねー、バレたの。それも死ぬほどヤバいバレ方してさ、そこらの適当な子飼いがクッソ高いマンションとかのロック解除に手だして、なんか知らんけどそこの不正とかで成功しちゃったんだよね…………で、私はなんかストレイドに手を出す邪悪な敵!ってことになったわけ。いやマジでそんなの知らなかったんだけど、勝手にそうなったのよ。書類盗んだっぽくてさ」


「……マジでアンタ、いいツラの厚さしてるわ…………で、その書類は?」


「適当に読んで捨てちゃった。コピーしたのあるけど」


「捨てなさいよ…………でもま、あるなら読ませてくんない?悪いようにはしないからさ捕まえるけどね


 数年前にチャラにしてくれない?と持ち掛けた通りの応答に感じ、クリスはあえてあの通りにこたえてみる。捕まえてどうにかなる状態じゃないんだけれど、彼女は肩をすくめる。

 するとビッタはあの時と同じように、どっちがどっちをするかの話を続ける。


「なら、取引よ。あんたがフィジカル、私がネットワーク。それでどう?」


 乗ってくるとは、かなり意外だった。


「尻尾きりしないとは?」


「アンタ私がそんなタマって?するならしてる。考えられるのは一時間。じゃないと掴まれてるから共倒れってね」


 そしてタグレースで空間投影し、一時間後にここの襲撃を行うと書かれたストレイドの計画書が映す。


「サングレ・オ・リベルタ。死か解放か、って映画のまんま。おっと、三十分経っちゃった。じゃああと三十分。でももっと時間はどうなるかなーってね。その間に掃除でも終わらせることね」


 そして内ロックを開けて外から閉め、彼女は隣の自室へと消えた。

 一つしかない答えを十秒だけ数え、ごみの全てを焼却炉に投げ込む準備を終えた彼女は、そのまま部屋を出て、応じる。


 そして予備のメットを投げ、ガレージで待っていろと言うのだった。



 ————



 サブシートを出したポラリスに二人でまたがり、物件の賃貸情報を消し去った彼女らは走り出す。

 行く先は偽名に偽IDで借りた通常の物件。ガレージ付きで出来るだけお安く、かつ身分が確保されていると受け入れられない限り、借りにくいと通っている場所。裏に落ちた二人がいるはずがないと思えるような、あえて表にあるような場所だ。


「信用してくれる、でいいの?」


 短距離通信でビッタは呼びかける。


「どうせアシあるのは私だけ。それに市民を守るのはポリスの仕事なのよ?」


「辞めてきたくせに何を」

「都合退職っていう名の強制解雇!」


 あえて大きく左右に愛車を揺らすクリス。


「だから私のせいじゃないし!」


 少しだけ操りにくくなった相棒を抑え、周りと同じ速度で車体を流す。そして音声入力で内臓タグレースを起動させ、クリスは持っている情報をビッタのHUDに映し出してやった。


「ああもうわかったわかった!から揺らすのやめー!……って、こいつ何?」


 それを視線入力で右に左にとデータを流し、大方を理解してしまう。彼女は目を輝かす。そこまでめんどくさいデータだったのだろうか。


「ぬすんできたデータ。あんたならちょいとはわかるでしょ?」


 それをすぐに、真顔に返事。


「どっから持ってきたのさ?」


 クリスが少しうつむいた状態のような声で囁く。


「……ポリス」



「ポリ公が犯罪を率先して犯すんじゃねえの!アンタ私に何言ったか覚えてる?!ポリスってのは法の番人なんだろうがーい!」

「っさい!手段はこれしかないからいいのよ!それに入れる方が悪い!」

「ならあたしが開けれたのもアンタが悪いことになるわ!」

「ポリスは例外!緊急避難!」

「お前やめてきたっつってんだろうが―!」



 割れんばかりの声量に拡大された声が、メットに響いた。

 つかの間の談笑が、このまま十二分続いた————それはしばらく、平和を示しているようにも、感じられた。



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