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クリスは一つ一つ盗んだ情報を調べては足で調べていくたびに、一つのうわさにたどり着いた。
『ケルスの地下の地下にはとてつもなく大きなプラントが存在し、企業がそこを自らの闘争の場としている』というものだ。
当然こんな荒唐無稽なものをポリス時代は信じる気なんて何をしても起きようはずがなかっただろうが、その荒唐無稽に触れた今ならば話は別だった。どう考えてもそれは、あの人外に何か関わっているはずだ。
陰謀論にしか思えない。推論のプロットでお絵かきをするようにしか見えない。
けれどもその絵が実在すると知ってからは、もう嘘だとは、思いたくない。
「地下の地下、ねぇ…………あればなんだかんだ起きてそうだけど、それをどうやって確かめればいいのやら……」
第一そこまでつながる連絡手段なんてものは知る限りではないし、知らない部分でもあるのかは怪しい。現代の技術でもせいぜい200キロのトンネルを掘り進められれば上々なのだ。それなのにここのさらに地下へと、管理部分の機能を損なわずに道を通すにはざっとその倍以上は道がいるだろう————ネットワーク、インフラ。
通さなければいけないものは、数多くある。
軽いメモだけをPC内にデータ保存し、彼女はそんなばからしい物語を頭から消し去った。
「そんなのがあったら、私は全財産売っぱらってここから逃げるわ。見なかったことにして————でもまあ、そんな夢の一つでも見るのも悪くはないけれど……」
そのまま、後に向けて連絡をしておいたジャンク屋へと、レンタルのエレカを起動する。
「そう、夢の一つだと、見ることができるならいいのだけれど」
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ぼろっちいいくらかの小屋が、二輪車のジャンクヤードのあたりに建てられていた。連なるようにして出来ているそれはガレージで、その中に何台かの
当然のことだった。なぜならばその中の一つに、注文の品があるのだから。
彼女はその中の一つを訪ね、ガレージ内部に注文の品を携えて待っているはずの男を呼んだ。
「ミスターヤスタカ!頼んでいたものの受け取りに来たわ!」
ポリスのころに一度世話になった相手であり、時々私物のメンテを任せていた相手だった————彼女がポリスを辞めた時に、偶然にも愛車を預けていたエンジニア。
それは「あいよ」とだけ返して戦車の装甲並みのシャッターを開け、待ち構えていた『ポラリス』のエンジンを切りながら躍り出た。
「アンタの相棒は今回もまた、キッチリ整備終わってるぜ。今回の変更点を説明でもしようか。まずシリンダーを交換して微妙に吸気量をだな」
ヤスタカはいつものようにクリスに相棒を任せてから、タッグを取り出して列挙を投影する。それをまたいつものようにいらないと、信頼しきって彼女は答える。
「説明はマニュアルとかにでもまとめておいて頂戴。それよりも引き渡しが先」
「わかってる、問題ねぇ。それに」
彼はポラリスのシートに内蔵されたタグレース端末を指し示し、ドラッグですいた歯を見せた。
「いつもみたいにこいつの中に送ってあるから、そいつを読んでくれりゃあわかるぜ」
「なら後で読み込むわ。振り込みは確認してるわよね?」
「もちろん。ただガスがちょいと高くなってアシが出たが、そこは負けといてやる」
そしてたった一つだけ残しておいたカウルのパーツをはめ込み、ちゃんと完成だと言う。少し寄れという風にして小声になり、怪訝にする。
「それよりも、だ。いつもなら期限長めにとるアンタが俺をせかしたんだ。なにかあるんだろ?」
それに沈黙でクリスは答える。走り出したほうが早い、というのだった。外に出るのはリスクだった、急げるなら急ぎたい、というのだった。
「言えないならいい」
そういうことなんだなと長年の感で理解したヤスタカは、繋がっているケーブルとの接続を切って続けた。
「変更点だけ述べるぞ!」
エンジンに再度火を入れ、音に負けぬように彼は叫ぶ。
「まずギア比が注文通りに変えたから、ちょいとラグが出る!」
タグレースに送り込まれたデータとキーを元にして、ポラリスのメインシステムが起動し、マニュアルモードで操作ユニットのチェックを始める。
「次に排気量増えてるからちっとばかし速い!」
勝手に上下するクラッチにスロットル、そして早まっては落ちるタコメータの針。
「最後にバランサー増したから初動は重めになってるぞ!」
獣のごとき唸りをしてからそれは、全てを理解しクリスに従い始めた。
「だが制御リミットは外した。乗れれば全部アンタのもんだ」
だから手を振って彼女は出ると意思を示し、足を離してクラッチを繋げた。
スキール音が一瞬で粘りによって消し飛び、つややかな黒のハブレスホイールは大地を駆け、十数秒でケルスの街に紛れて見えなくなった。
「行ってこい!次を待ってるぞ!」
最後に響くのは、彼の待望だけ。
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タイヤがシルクリートをこするたびに、グリップは加速度的に増していく。
フレームの基礎を幾重にも折り重ねられたカーボンナノチューブのシートで構成され、それに酸素の入る隙間無きほどに密着させ成型された無垢のアモルファス高張力金属が、摩擦の解消と部材保護、そして単体でも機能できうるほどに練りこまれた最低限の機能を与え、そこに部分品を取り付けることによって能力を拡張。
それらの中に、当時での未来技術を収めることで、圧倒的な制動性能とバランサー能力、グリップとクリッピングの向上をしていた。
後の世代に使われることを考えての構造ではあるが、製造当時には拡張性に見合うだけの技術が無かったために見向きもされなかった、ロストテクノロジーの一種。再突入用の有人カプセルや、真空管で飛んだ音速戦闘機の一つに見られるような運命をたどった、早すぎた物体。
それがポラリスだったのだ、扱いにくいけれども高性能は、当然だった。
途方もなく昔に建造された
そんなものをポラリスは有機的な形状のフレームに採用し、搭載容積的に見てもかなりの無理がきくようにしているのだ。50㏄から1200㏄までのほぼすべてのエンジンを駆動軸を合わせる事さえできれば搭載できるようにとの頭の狂った発想を元に、製造した社のものならすべて互換するように完成している上、操作用の内部機構は別でフレーム内部に収めていることからも、その異常さがわかるだろうか。
付け加えるなら、このバイクには公称スペックを達成するうえでエンジンが必要ないというのも特筆するべき点である————蒸着とコールドハンマーによってモーターを構成する部品は全てリムに収められており、リチウム炭素バッテリーを別途で搭載すればそれだけで動くのだ。
まさしく万能な完全の機体。
だが当然コストはそれに釣り合わなかった。だからプロジェクトはどこかへ蹴っ飛ばされ、販売も短期で終了したのだが、それでもマニアだのに残っているものがある————そしてそれが、クリスの駆る愛車であった。
静かなモーター音と情熱の炎灯るエンジン音が相互に響きあい、マフラー内で無数に反響しては反発して砕けあう。
「少しばかり重いわね……軽さがとりえだったのに、これはちょっときつい」
ほんの少し左右に振って彼女は、新しくなった相棒のバランスを理解し、交通事故製造機とまで言われるそれをノンブレーキにアウトインアウトで、ガードレールギリギリを曲がり切って見せた。
その隣を通り過ぎる、わからいように装甲された高級リムジンが一台。
見逃しはしなかったが、それに手を出して焼かれるバカではクリスはない。
そのまま彼女はフルスピードで走り去り、簡単に安全圏へと逃れ切った。
星に手を届かせることができないように、それは露光写真めいて軌跡を描く。
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