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「シュライエル・マッハー!」
「安くて強い!」
「今ならロック三年分!」
締め切りに追われるライターが適当に書いたようなセリフが、オルパレンの街頭に流れる。ケルスの中央近いそれなりに発展した都市であるゆえに、人民の数自体は多いものの閑静であるという不思議な街。
ほとんどの人間が計画住宅に住んでいるからなのか、この街を通るエレカの数が少ないからなのか、それとも子供の姿が学校等を除くとほとんど見えないからなのかはわからない。だが果たしてどうしてかはともかくこの町は、住んでいる住民にとっては、閑静な素晴らしい住宅用地であった————彼らが踏み入ることのできないその下、
地下鉄への階段を下りながら、男はパスケースを取り出してちらと見る。
『RR-0032』
番号の
ほんの一瞬だけわかるように描かれたホログラムを彼は改札の表面に通し、すぐに来るように手配されたインスタントムービングに乗り込む。白と青で塗り分けられたそのファストトラベルは、外見こそ他のものと同じではあったが、中身と行先はそうではない。
乗り込むと圧搾空気で扉が閉まり、停車しているもの全てが埋まると同時にレール上のエアが抜かれ、それらはある程度の時間をおいて発射される。なかに人間が乗っていてもいなくても、それらは同じだ。数か時間がそろったなら、移動が始まるのだ。
互いがギリギリ見えないくらいの距離で、それらは隣のレールを走っていた。行先もだいたいがバラバラであるがゆえ、どこで消えてもおかしくない。どこで見えなくなってもおかしくない。
2020年代の地下鉄ですら隣のレールが見えないのだ、この時代のだって。
カプセルは少しずつ離れていく。幾らかは同じレールに乗ることもあるが、それもすぐに距離が離れた————マグレブでマグレブ技術で地上を飛ぶそれのなかで、ほんの少しだけアストラは身を崩した。
地下鉄がまさか、ブラックマーケットへの入り口になっているなんて、誰が考えるだろう。文字通りアンダーグラウンドであるとはいえ、そのさらに下があるなんて、誰が考えるだろう?
技術の都合上抑えてはいるものの、わずか一時間で800キロメートルを走り切るそれは、ほんの十数分で彼が求める地への移動を終えた。高低差はおよそ2キロメートル。毎秒2メートル程度の落下————高速エレベーターには及ばないが、それでも住居用の倍程度はある。
ある程度の肉体がなければ、吐くこともあるだろう。そして同時にこの距離を進むのだ、普通にしていれば抜けることは、できないだろう。
「こんなもんをマジで作ってたのかよ………根っこが深いぜ全くよ」
アストラは噂話でそこら辺から適当に聞き出した『セカンドレイヤー』が実際に存在するものなのかと半ばあきれながら驚く。
彼はステーションに到達したそれを、まるで初めて都会を目にした森の人めいて眺めていた。そこからでも望める世界は、かなり発展しきっていた。上以上に。
「そりゃ俺の一件も簡単にもみ消せるわけだ。しかもこの深さって……絶対に結構な量の廃棄物出たわけでそれをどこにって…………いや、考えるのは後にするか。そこらへんは実際にあるんだ、ヤったことに違いはねーんだから」
モダンのステーションから降り、アンダーシティ以上に整えられたストリートをコツリと歩くと、彼は適当に目についた店の扉を開けた。
美しく整理の行き届いた棚が彼を出迎えた。
「注文はあるかい」
店主が短く告げる。
「R&Gの99ショート、それも前期型を頼めるか」
それにアストラは、不可能に近い答えをした。百と数十年前に生産が終了し、材質の硬度と高精度な加工、そして扱いやすいサイズと高いストッピングパワーに低い反動という、この世の全ての技術を詰め込んで出来上がったような名銃の、もっともよくできたと言われるタイプだった。
現代日本の価値にして2億円ほどの値が付くほどの代物で、スライドレールで飯が食える、とまで言える工芸品でもあった————当然そんなものが、出るわけないと彼はわかっていた。
だがそれをいともたやすく店主は受け、タッグを使って倉庫から一丁取り出した。
冗談だろうとアストラは、目を丸くしそうになったのをギリギリでこらえる。なんてもんを持ち出してるんだお前は。お前冗談だろ?銃のコピーは50年前に違法になってるんだぞ?マジもんか?
「その前にパスを寄越しな」
昔恋人と博物館で見て、ゴリゴリに眺めすぎて怒られた時の記憶が、彼の頭によぎる。それに触れているのだとアストラは、嘗め回すようにフィールドストリップをしそうになった。店主が、買うならパスを出せと続ける。
まあいい、試しだとミュータントから盗んだカードを、パスケースから出してスキャンし、店主に確認させる。
「本当に初めてらしいな………だが認証は通ってる。OKだ代金は2000でいい。アモは別だから追加でもらうがいいか?」
彼はどうせ持って行くんだろうと、箱を隣に並べた。
「いや、アモはある。だから2000でいい………キャッシュはこいつで良いよな」
それを別にいらないと、彼は手を振った。支払いの方もカードで出来るかと冗談めくと、店主が終わっていると告げる。そしてマニピュレータのロックを外し、アストラに本体とマガジン三本を店主は持たせる。
アストラはレンジを借りられるかと聞き、ゼロチェックするならフリーというので彼は奥に行った。
マジだったなら。
彼はワクワクしながら、歩いていく。
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ミュータントである彼の限界精度ですら、たいていの銃器ではバラけて数発は外れてしまった。人間が使える限界は今でも変わらない。サイボーグは法律で禁止されているし、それを抜くための弾薬ではブレーキが足りない。だから結果的に、第二次と大きくは変わらない。
それが嫌で、アストラは今まで拳銃だのサブマシンガンだのを扱ってこなかった————そもそも能力でワイヤーを飛ばす方が何倍も楽で強く、精度がいい。投擲の方が強いのだ、当たり前のことだ。
けれども99ショートの精度は簡単に、彼の能力を超えてしまっていた。適当に選んだ15メートルでは、全くずれなく一つの穴をあけるのみ。30メートルでミリのグループが出始めるといった程度で、50メートルの距離をしてなお十分にワンホールと言えるだけのものであった。
早撃ち、連射、トリックショット。どれをしてもなお反動を制御でき、かつ集弾能力に全くといって差は出ない。あまり銃を扱ってこなかった彼ですら、これがとてつもない品であることが理解できた————だから博物館にある、というのだろう。
一枚だけ50メートルレンジに残っていた、ワンホールのペーパーターゲットを見て彼は言う。
「でもなんでこんなものを2000なんて安値で…………50でワンホールできるのは十分腕も性能もおかしいだろ……?マジかよ……」
上の店頭に並んでいた物と値段上は全く変わらないし、現代の金余りの状況から考えれば、むしろそれよりも圧倒的に安い。というか絶対にコピーなのだろうが、それでなおこの性能を誇る。どこの技術を、使っている?
これもまたなんだかんだで組織連中がかかわっているのだと、彼は心の中で理解する。
ギャングどもの奴がオモチャにしか思えない。
まるで戦争でも、するつもりなような————そんな、こだわりにしか、思えない。
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