1−14

「さて、今日も修行といくかのぅ!!」

「寝不足の頭に響くからそのバカみたいな声やめてくれ師匠……」


 もうすっかり暗くなり、大通りが店じまいのムードを醸し出している時間帯。

 裏通りの小汚い店からはまだ人の声が聞こえていた。


「なんじゃあ、なさけないのぅ。お前の方から授業があるから修行は夜にしてくれって言ってきたんだから、このくらいはしゃきっとせんかい」

「それはそうだけども……」

 セイリオにどつかれているアルスは机の上にぐでーんと脱力していた。

 やる気に体が追いつくとは限らないのである。

「ま、なんにせよいつも通り始めるだけなんだがな。ほれ、構えろ」

「うぃ〜す……」


 そういうとアルスは机の上にあった何枚かの紙束を掴み取る。そこに描かれているのは魔法陣と魔法文字。


「では起動するぞ。ほいっとな」

 あっさりとした声で足元に設置された魔法陣が起動する。そこから漏れるのは白銀の光。その光が視界を埋め尽くすと、先程までアルスの居た場所を囲むように銀色の球体が現れていた。外から中を見ることはできず、内側からも外を見ることのできない缶詰状態だ。

 そして、その内側にいるアルスは首をグルグルと回し

「さて、やりますか」

 とメモをじっくりと見つめ始めた。




(圧縮の陣……)

 セイリオは無事に魔法陣が発動したことを確認すると、おいてあった本の山に腰掛ける。


(結局の所、魔法陣について学ぶ以上、それを構成する図形と魔法文字……まぁ、普通に使うものでざっと200か300か。応用も含めるとさらに。それらを学ばないぶんにはどうしょうもない)


 なにせイメージが重要視させる円環魔法と比べ、陣形魔法は正確に陣を描くことが出来なければ発動すらできないわけである。こういった複雑さも若者の陣形魔法離れを後押ししているのだった。


(こっちにも時間がないんで時間を「圧縮」させた固定空間で覚えてるもらってるわけなんだが……)


 目の前にある銀色の球体。その内部は時間が「圧縮」されている。わかりやすくすると、こっちでの1分が内部では一時間弱になっている筈だ。もし仮に中が透けて見えた場合、ものすごくゆっくりと動くアルスの姿が見えるだろう。

 そして、アルスはここ一週間この店に来ると3分間この球体に潜り、ひたすらに暗記に徹してもらっている。


(雑に計算しても3時間ほど。それを7日間普段の学業と合わせて毎日か……)

 当然、円環魔法と陣形魔法は学ぶ物が違う上、さっきの様子だと予習や復習で睡眠時間も削っているのだろう。ただ「強くなりたい」だけではここまで身を削る事はないはずだ。


「つくづく似てんだよ、まったく……」

 乾いた笑いが、部屋に響く。



 そして3分が経過し、球体が割れる。

「……」

 アルスはそのことに気がついていないようで、魔法文字をメモに書き取ったまま無言でメモを見つめている。

「ほれ、終わりじゃ」

 コツンと手持ちの杖で叩くと、少年はハッと顔を上げる。


「っ……!? 終わってたのか……」

「休憩挟んだらテストと行くぞ〜」

 その発言にウゲェと露骨に嫌そうな顔をしたまま、緋色の少年はぐでんとテーブルに突っ伏せる。


「……何となく思ってたけど、やってることが学園と同じな気がする……」

「そりゃ物事教えるのに特化した場所が学校ってやつじゃし。後テストって作る側も大変だって覚えとけ?……露骨に嫌がられるとそれはそれで辛いんじゃよ」





















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