1-8

 その日、アルスは昼過ぎまで泥のように眠っていたそうな。

 

 ___昼過ぎ


「ン‥‥」

 目を覚ますと、年代を感じさせる木目の天井が目に入る。

 襲い掛かってくる睡魔に抗いながらもベットから起き上がると、洗面所で顔を洗う。

「……お腹減った」

 育ち盛りであった。ぼんやりとした顔で朝食(昼食)を準備する。


 アルスが暮らすこの部屋はグリムノアに通うため町の外からやってきた学生たちのための寮の一つであり、彼はその中でも家賃がかなり低い物を借りている。

 (一番安い所と言っても、下手な宿屋よりもしっかりした作りなおかげでそこそこお財布にダメージが来るのが悲しい所‥‥)

 マジックウェポン購入代の事も考えると、しばらくは朝食パン一枚生活が続きそうだった。育ち盛りのご飯としては悲しすぎるが、諦めるしかない。


「にしてもあの爺‥‥適当な所に飛ばしやがって。喧嘩売ることでリピートさせようとしてんのか‥‥?」

 結局昨晩はまともな魔道具マジック・アイテムを手に入れる事が出来なかった上、最後にはわけのわからない路地裏に飛ばされた。しかも、家に帰るために迷路のような道を歩き続け、朝日が昇る頃になってようやく家に帰ることが出来た。


 キッチンのコンロに小さな炎を魔法を灯し、パンを炙る。

 チリチリとパンが焼ける音を聞きつつ、昨日の事を思い返す。


「無詠唱かつ瞬時に魔法陣を展開、防衛できる魔法使いがあんな短距離の転移を失敗するわけねぇし‥‥おっと焦げる焦げる‥‥」

 綺麗な小麦色になったタイミングでパンを取り上げ、火を消す。こういった加熱だけでなく冷凍や粉砕と言った調理は魔法や魔道具の発達により、いちいち火を起こしたり、暗室で冷やしたり等の面倒な手間無く気軽に行う事が出来るようになった。


「んま」

 サクッと心地よい音と共に一口挟むと、ドアへ向かい挟まっていた新聞を掴む。


 見出しには「第20回目となる転生の儀 計画中か?」と大きく描かれていた。

 中身をざっと読むと、どうやらリミサの一流魔法使いたちが一同に集められているらしく転生の儀の為に必要な物資も続々と各地から集められていることが確認されたようだった。


「また新しい転生者‥‥ちょっとばかし過剰戦力すぎる気もするけどなぁ」

 魔族連合との戦いがどのような戦況なのか。それは、前線から流れてくるわずかな内容からしか知ることが出来ない。こういった新聞や町の掲示板を通じてでしか戦いの結果や様子を知ることが出来ないからだ。

 少なくとも、今世間一般に広まっている記録を見る分には転生者による活躍によって人類側が大きく優勢だと読み取れるのだが…。

「まぁ、うまくいったところだけを切り取って伝えてる可能性もあるのか」

 将来的に前線に参加したいと考えているアルスとしては、詳しい事を知りたいところだった。しかし、転生者が増えて損をすることがあるかと言われると特に無いわけで、世間一般としては新たな戦力が増えると盛り上がっているようだった。


 新聞を読みながらパンを一枚をササッと食べ終わる。多少の物足りなさを感じつつ、とりあえず昨晩そのままで眠ってしまった制服を着替えてしまおうと青を基調とした上着を脱ぐと、制服のポケットから何かが落ちた。


「‥‥そういえば昨日もらった店のカード、ポケットにしまったままだったな」


 改めてそのカードを見返すと、昨夜のセイリオの言葉を思い出す。


 __魔法陣、もとい陣形魔法に限界はねぇ。


 彼の言葉が蘇る。

 これまで学んできた事とは正反対の言葉。


 でも、もし本当なら…


「…少し陣形魔法の事、調べてみるか」


 あの爺は信用できないが、即座に無視できるほどアルスに余裕があるわけでは無かった。




 

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