第10話 魔素の霧

 青い龍が住むという、龍神山の洞窟へと向かう、ユウトとフィーナとアスカの三人。

 三人は、転移魔法で龍神山のふもとへ転移する。


 ついてみて、三人は唖然。

 龍神山は、深い霧に覆われていた。

 三人が今立っている地点は、普通に晴れている。

 しかしそこから1メートル先は、深い霧の中だ。


「これが、龍脈からあふれた魔素ってヤツか?」

 ユウトは婆やさんの言葉を思い出す。

「だから、龍脈ってなんなのよ!」

 アスカは少しいらだつ。

 婆やさんの説明の時にも聞いたが、スルーされてしまった。


「龍脈、か。」

 改めて説明しようとするも、なんか難しい。

「えと、大地を流れる、気の流れ?

 その気の流れる道すじを、龍脈って呼ぶと思う。」

 ユウトの説明を、アスカは意外にも熱心に聞いている。

 ユウトはなんだか、嬉しくなる。

「ほら、婆やさんは魔素がマスタージュエルまで流れてるって言ってたじゃん。

 その魔素の流れを、龍脈って呼ぶんじゃないかな。」

 ユウトは異世界ジュエガルド風に、解釈してみる。


「なるほど、つまりマスタージュエルが砕かれて、行き場を無くした魔素が、こうやってあふれてるって事だな。」

 アスカは目を輝かせる。

 それは婆やさんも言ってた事柄だが、自分で考えて導き出したって事が、アスカには大きかった。


「問題は、この魔素の霧の中には、入りたくないって事かな。」

 魔素の霧を値踏みしていたフィーナは、そう判断する。

 確かにユウトも、こんな霧の中には入りたくない。

 と言うか、魔素という物は、人が触れても大丈夫なのだろうか?

 この魔素の霧を、晴らす方法は何か無いだろうか。

 ユウトはふと、地球での出来事を思い出す。


「食べないの?」

「はあ?」

 ユウトの発言に、フィーナはキレそう。

「だっておまえ、地球では旨そうに食ってたじゃん。」

「誰が食うかよ。」

「え、いただきまーすとか、言ってたじゃん。」

「はあ。」

 ここでフィーナは大きくため息。


「あのね、ユウト。私説明したよね?

 もしかしなくても、あんたバカなの?」

 フィーナは異世界ジュエガルドに来て、あれは封印の宝玉に吸い込ませて浄化させてると、説明したはず。

 とは言っても、ユウトには地球で食してたフィーナの印象が強かった。

「でも、フィーナが妖精になれば、これくらい食べられるんじゃない?」

「な訳ないでしょ!」

「ああ、妖精変化か。」

 横からアスカが口を挟む。

「あれ、味覚が共有されちゃうんだよな。

 旨い魔石なんて、そんなにないのに、よくやるわ。」

 と言いながら、アスカは笑いをこらえてる。

「仕方ないでしょ!

 あっちの世界では妖精変化じゃないと、存在出来ないんだから!」

 フィーナはユウトに向けた怒りのテンションそのままに、アスカにぶつける。

「だから、異世界に行くのはよせって、私は言ったんだよ。」

 とアスカはフィーナをたしなめる。

「またその話し?

 もういいでしょ、こうやって強い戦士を連れてこれたんだから。」

「強くても、レベルは低いけどな。」

「あんた、そのレベル低いヤツより弱いけどね。」

「何?」


「それより、急ごうぜ。」

 ふたりが喧嘩に発展しそうなので、ユウトは口を挟む。

 フィーナとアスカの姉妹喧嘩のダシに使われ、ユウトもあまり良い気はしない。

「待ちなさい!」

「うお?」

 魔素の霧へと向かうユウトの両手を、後ろからフィーナとアスカがつかむ。

 不意に両手をつかまれ、ユウトはバランスを崩して尻もちをつく。

「あんた、死にたいの?」

 フィーナとアスカは、同時に口にする。

 そして、顔を見合わせる。

「えと、どうゆう事?」

「この霧はね、魔素の塊なの。」

 またフィーナとアスカは同時に発言し、気まずそうに顔を見合わせる。


「あ、あんたが説明してあげなよ。」

「う、うん。分かった。」

 アスカは説明役を、フィーナに譲る。

「この霧はね、魔素の塊なの。」

 うん、さっきも聞いた。とユウトは思ったが、口に出さなかった。

「魔素に触れた動物はね、精神が弱ければ魔石獣と化すの。」

 へーそれは初耳。とユウトは思ったが、口には出さなかった。

「でもこの魔素は濃すぎる。

 触れたら凶暴な魔石獣と化すか、下手したら死ぬわよ。」

「ま、まじかよ。」

 つまり、今ケツが痛くて立ち上がれないユウトだが、魔素の霧に触れるよりはマシらしい。


「じゃあ、どうすればいいんだ、これ。」

 ユウトはケツをさすりながら立ち上がる。

「やっぱり、二重封印〔フェアリーデュエット)しかないと思う。」

 フィーナがユウトに説明中、何やら考えてたアスカは、そう結論を出す。

「やっぱり、そうなるわよね。」

 フィーナも同意する。

 ユウトは、専門用語を持ち出すふたりについていけず、バカ面をさらす。

「ユウト、刀を構えて。」

 フィーナは何の説明もせず、真剣な表情でユウトに言う。

 言われるがままに、ユウトは刀をにぎる。


 この魔素の霧の中には、凶暴な魔石獣しかいない。

 しかし、魔石という拠り所がない為、霧の外では存在出来ない。

 その魔素の霧を、フィーナとアスカが薄める。

 霧の外に出された魔石獣達は、拠り所を求めてユウトを襲う。


 フィーナとアスカは、顔を見合わせて、うなずく。

 そして目の前の魔素の霧を見据え、左手首の封印の腕輪の宝玉を、リズミカルに叩き始める。


 とん、ととん、ちゃーらちゃらチャララン。


 ふたりの足元に、魔方陣が現れる。


 ちゃーららー、ちゃらららーん。

 ちゃーちゃー、ちゃらららららーん。


 ふたりは後方宙返りをしながら、妖精体になる。


 ずんちゃんちゃらら、ずっちゃん。ずんちゃんちゃらら、ずっちゃん。

 ずんちゃっちゃ、ずんちゃっちゃ、ずんちゃっちゃ、ずんちゃっちゃ。


 ふたりが宝玉を叩かなくても、宝玉はふたりの奏でた曲を流し続ける。

 いや、その宝玉が妖精体に変化した訳で、この曲の出どころは、フィーナ達の身体からとなる。


「ユウト、この曲が終わるまで切り抜けてね!」

 妖精体のフィーナが、ユウトに声をかける。

 といっても妖精体になったフィーナとアスカ。

 ユウトにはふたりの区別がつかなかった。


 フィーナとアスカは、曲に併せて飛び回る。

 魔素の霧は徐々に晴れていき、中に潜むモノの姿を顕にする。

 それは魔石獣の姿をかたどった、魔素の塊!


「ぐがー!」

 まずは人の形をかたどった魔石獣が、襲いかかる!

 ユウトはすれ違いざまに、刀を横一閃。

 魔石獣は霧となって四散する。


 それを合図に、様々な姿をした魔石獣が、ユウトに襲いかかる!

「く」

 ユウトは襲いくる魔石獣達を、次々に迎撃する。

 ひと太刀浴びると四散する、魔石獣達。

 だけど、斬った時の手応えはあった。

 つまり、この魔素の塊である魔石獣もどきに触れられたら、やばい!

「うおおおお!」

 そう思ったユウトの戦法が変わる。

 基本的に迎撃一辺倒だったが、自ら攻勢に回る。

 魔石獣の各個撃破。

 魔石獣の攻撃を受けたら死ぬ。

 その恐怖から、まだ攻撃体勢にはいっていない魔石獣を撃破していく。

 攻撃してくる魔石獣は、後回し!

 そいつをかわして、他の魔石獣を斬り、それからそいつを斬り殺す!


 ずんちゃー、ずんちゃーん、チャラらラーン、たたーん。


 曲が終わり、フィーナとアスカは元の人間体に戻る。

 魔石獣達を斬り殺したユウトは、突然現れたフィーナに斬りかかる!

 カキン!

 ユウトの攻撃は、アスカの剣に受け止められる。

 ユウトは刀を振り上げると、角度を変えて振り下ろす!

「落ち着け!」

 アスカは左手をユウトの顔面に向けてかざし、青の水魔法を放つ。


 この魔法は、青の水魔法の水冷波。

 冷気を帯びた冷たい水を放つ。

 暑い真夏には重宝する魔法だ。


「助かったぜ、アスカ。」

 アスカの魔法で吹っ飛んだユウトは、上体を起こして礼を言う。

「自分では、どうしようもなかった。」

 ユウトは刀を握っていた右手を見つめる。

 フィーナに斬りかかった瞬間、相手がフィーナである事に気がついた。

 だけど、一度放った攻撃は止められなかった。

 止められなかったのは攻撃だけではなく、攻撃的な自分自身もだった。


「そんな、ユウトが私を殺そうとするなんて。」

 フィーナはショックを受け、膝から崩れる。

「ご、ごめんフィーナ、自分を止められなかった。」

 ユウトはアスカの魔法で吹っ飛んだ体勢のまま、フィーナに謝る。

 そんなユウトの言葉は、どこかフィーナには届いていない。


 パシん。


 そんなフィーナの頬を、アスカがはたく。

「おまえも見てただろ、ユウトの顔を。」

「そ、それは。」

 アスカはユウトに聞こえぬよう、小声で話しかける。


 魔石獣と戦っていた、ユウトの表情。

 それは、恐怖に歪んでいた。

 殺される前に殺さなければ、殺される。

 そんな悲壮感を浮かべたユウトを、直視出来なかった。


「あいつをこの戦いに巻き込んだのは、おまえだ。

 最後までユウトを信じてやれ。

 それがおまえの義務だろ。」

「はい。」

 アスカの言葉に、フィーナはうなずく。


「ごめんね、ユウト。」

 フィーナはユウトに近づき、まだ腰をおろすユウトに手を伸ばす。

「なんでおまえが謝るんだよ。」

 ユウトは思わず顔をそむける。

「私が謝りたいから、よ。」

「わ。」

 フィーナは伸ばした右手を、ユウトの左脇に入れ、ユウトの身体を持ち上げて立たせる。

 いきなり至近距離に現れたフィーナに驚くユウト。

 反射的に視線をそらす。


「ユウトってさ、私の事、見てくれないよね。」

 フィーナはユウトの左脇に入れた手で、ユウトの左肘辺りのジャージの袖を掴む。

「やっぱり、こんな戦いに巻き込んだ私の事、嫌ってるのかな。」

 フィーナの右手は、かすかに震える。

「そんな事ないよ。」

 ユウトは顔をそむけたまま、つぶやく。

「じゃあ、なんで私の事、見てくれないの?」

 フィーナの言葉に、涙が混じる。

「それは。」

 普段聞き慣れないフィーナの声に、ユウトは思わずフィーナを見る。

 そこには自分好みの可憐な美少女が、目に涙を浮かべている。

 ユウトは見とれて、言葉が出ない。


「それは?」

 いくら待っても出てこないユウトの言葉を、フィーナは聞く。

 ユウトは我にかえる。

「そ、そんなの、どーでもいいーだろ。」

 ユウトは左肘をつかむフィーナの手をはらい、背中を向ける。

「ちょっと、ユウトぉ?」

 フィーナはユウトの突然の行動に、少し驚く。


「い、今は早く、王妃様が受けてる呪いを解かなくちゃ、だろ。」

 ユウトはそそくさと歩き出す。

 龍神山を覆う魔素の霧は、完全に晴れてはいないが、見通しはかなり良くなっていた。

「待ってよ、ユウトぉ。」

 そんなユウトの後を、フィーナが追いかける。

 そんなふたりのやりとりに、笑いをこらえながら、アスカが続く。

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