第11話 ユウトとフィーナ
龍神山を覆う魔素の霧は、フィーナとアスカとの二重封印により、薄まった。
魔素の霧は、うっすら漂ようくらいで、人体に影響を及ぼすほどでは無くなっていた。
そんな山道を、ユウトは急ぐ。
「待ってってば、ユウトぉ。」
フィーナが声をかけてくるが、ユウトは歩みの速度をゆるめない。
前回フィーナの仕草に、どぎまぎしたユウト。
自分の好みにどストライクなフィーナ。
そんなフィーナに惚れてまう事を、ユウトは全力で避ける。
それは異世界ジュエガルドに来る前に見た、妖精体のフィーナの素行。
あれが今目の前にいる美少女の本質であり、絶対惚れたくはなかった。
「ところで、青い龍の洞窟って、どこなんだ。」
普通に頂上を目指してたユウトは、ふと自分達の目的地を思い出して、立ち止まる。
「きゅ、急に立ち止まらないでよ。」
フィーナは振り向いたユウトに、ぶつかってしまう。
「ご、ごめん。」
ユウトは目の前にいるフィーナから、思わず目をそらす。
フィーナはムスッとする。
「ユウトってさ、なんでそんなに露骨なのよ!」
「な、何の事かな?」
ユウトは目をそらしたまま、答える。
「いくら私の事嫌いでもさ、そんな態度とられると、傷つくんだけど!」
フィーナは右手でユウトの顎をつかみ、自分の方へと振り向かせる。
いきなりユウトの目の前に現れる、フィーナのかわいいご尊顔。
その瞳には、僅かに涙がにじんでいた。
ユウトは思わずキュンとする。
「いや、別にそんな訳じゃ。」
反射的にフィーナの腕をつかんでしまったユウトは、目をそらせなかった。
「じゃあ、どんな訳?」
ユウトの顎をつかむ右手に、力が入る。
そしてフィーナの右手をつかむユウトの右手を、フィーナの左手が、がっちりつかむ。
「そ、それは、」
「それは?」
言い淀むユウトを、フィーナはにらむ。
「か、かわいい。」
うっすら涙を浮かべながら、怒りの表情をユウトに向けるフィーナ。
ユウトはそんなフィーナを、かわいく思った。
そしてそんなユウトの心情は、言葉に出てしまう。
「え?」
フィーナはキョトンと表情を変える。
「あ」
ユウトは、かわいいと思わず言葉が出てしまった事に気がつく。
「えと、これは、その、」
ユウトはなんとか言い逃れしようとするが、弁明の言葉が出てこない。
「ユウトねえ、」
フィーナは目を閉じて、わなわな震え出す。
そして目を見開き、右手でユウトの頬をはたく。
パシん!
「そうやって私の事からかうなんて、最低よ!」
フィーナはユウトから手を離し、そっぽを向く。
「ごめん、そんなつもりじゃ、」
ユウトは、それだけ言うのがやっとだった。
ジュエガルドに来てから、ユウトの様子は明らかにおかしい。
それが何故なのか、フィーナには分からなかった。
そんなふたりの様子を、アスカは笑いをこらえながら見ていた。
「痴話喧嘩なんかしてないで、先を急ごうぜ。」
「ち、痴話喧嘩?」
アスカの言葉に、ユウトとフィーナは同時に反応する。
ふたりは一瞬顔を見合わせるが、フィーナはアスカに反論したい気持ちが勝り、すぐにアスカに向き直る。
「バカな事言わないでよ、そんなはずないでしょ!」
フィーナの言葉を横で聞いてるユウトは、なぜかショックを受けた。
「そ、そうだよ、バカな事言ってないで、先を急ごう。」
ユウトは自分の言葉が、どこか遠くに感じる。
フィーナに惚れたくはないけど、フィーナに意識されてないのは、どこか嫌な気分になる。
「ああごめん、悪かったよ。」
アスカはニヤけた表情をおしころしながら、ふたりに謝る。
「で、青い龍の洞窟って、どこなんだよ。」
気を取り直したユウトは、改めてアスカに問う。
別にフィーナに聞いても良かったのだが、今ユウトは、アスカと向き合っていた。
「それなら、そこだよ。」
アスカは数メートル先の山すそを指差す。
魔素の霧が、若干濃くて分からなかったが、確かにそこには洞窟の入り口らしきものがある。
「じゃあ、とっとと青い龍を倒してこようぜ。」
行き先を示されたユウトは、先を急ぐ。
「待ちなって。」
そんなユウトを、アスカが引き止める。
ユウトは振り向く。
今までニヤけてたアスカの表情は、真剣な表情に変わっている。
「この先の魔素は濃い。
下手すれば、さっきの二の舞になる。」
「う、」
アスカの言葉に、ユウトは返す言葉が出ない。
さっきの二の舞。
それはユウトがフィーナに斬りかかった事。
あの時ユウトは、自分を止められなかった。
それはユウトの心のスキに、魔素が入り込んだと言える。
そしてアスカの目の前で繰り広げた、ふたりの痴話喧嘩。
アスカには、再びユウトが気が狂う未来しか、見えなかった。
「だからはっきりさせたいんだけど、おまえフィーナの事」
「わー!」
アスカが言おうとした内容は、ユウトにはすぐに分かった。
ユウトは思わずアスカの口をふさごうと、手を伸ばす。
アスカは自分に迫るユウトの右手の手首をつかみ、手首をひねる。
ユウトの身体は宙を舞う。
さながら合気道の護身術にやられたかの様に。
ユウトは背中を地面に叩きつけられる前に、身体を素早く回転させ、両足でしゃがみ込む様に着地する。
「おー。」
そんなユウトを見て、フィーナは思わず拍手する。
「で、私の事がどうしたの?」
フィーナは拍手をパチンとやめ、両手を合わせたまま、ユウトに問う。
「それは、」
ユウトの目が泳ぎ、そのままアスカと目があう。
「ああ、こいつ、おまえの事が好きなんだよ。」
「わー、ちょっとアスカさん!」
アスカはそう言ってくれと感じたので、そのまま口に出した。
「はあ?そんな訳ないでしょ?」
自分の事を好きだと言われても、フィーナにはピンとこなかった。
「ユウトの態度、見てないの?
どっからそう言う発想が出てくるのよ。」
フィーナはキリッとアスカをにらむ。
なんて鈍いヤツ。
アスカは吹き出しそうになるが、なんとかこらえる。
「ユウトも、なんか言ってやってよ。」
そんなのれんに袖推しなアスカの態度を見て、フィーナはユウトに話しをふる。
「ああ、俺もそんな感情は、全力で否定する。」
ユウトもキリッとした良い表情で、フィーナに答える。
「それはそれで、なんかムカつくわね。」
良い表情のユウトを見て、フィーナはヒクつく。
「もう、バカな事やってないで、とっとと行きましょ。」
フィーナは、いつまでもこんなやり取りやってられないと、洞窟の入り口に目を向ける。
「喜べ、フィーナもおまえの事、好きだぞ。」
アスカはそっと、ユウトに耳打ちする。
当のフィーナは、ユウト達からはそっぽを向いていて、その声は聞こえない。
「な、」
いきなり言われて、ユウトはちょっとパニくる。
「何やってるのよ、ユウト。早く来なさいよ。」
フィーナは洞窟の入り口の前で、ユウトを待つ。
「あんた、私の事守るんでしょ?」
とフィーナは続ける。
それを聞いて、アスカはユウトの背中を押す。
「ほら、行くぞ、ユウト。」
ユウトは、まだパニくった状態だった。
アスカに押されたユウトを先頭に、三人は洞窟の中へと向かう。
アスカは思う。
今のユウトも少し心配だが、わだかまりのあった少し前の状態よりかは、マシだろうと。
今なら、魔素の心配も、そんなに無いだろう。
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