第11話 みんなでお泊り

 理事長曰く『生徒との親睦を深めるのも用務員の役目』らしい。

 女子生徒の部屋に上がって、風呂に入る用務員がどこにいるんだよ……。あ、ここか。

 なんて思いながら、浴槽に身を預けた。

 風呂に入るのなんて何日ぶりだろうか? こうしていると、知らず知らずのうちに溜まった疲れが、湯に溶けていくようだ。


「はぁ~。極楽だ」


 ひとりでにこんな声も出てしまう。

 だが一つ、気になることがある。


「え~! 私は先生の背中を流すだけだよ!」

「ダメと言ったらダメです! 先生の至福の時間を邪魔するなど、言語道断です!」


 という会話が、脱衣所の外から聞こえてくることだ。

 イオの奴、ここまで来ても俺と一緒に風呂に入るつもりかよ。もはや友達どころか夫婦……でも一緒に入らないだろ。

 っていうかイオの奴、俺が人間だとバレないように手を貸してくれるんだよな? なんか不安になってきたんだけど。

 そもそも、人間であることを隠せって最初に言ってきたの理事長だよな⁉ だったらなんで女の子の部屋でお泊り会だなんて、いかにも危なそうな行事を許可したんだ⁉ 俺もしかして四面楚歌?

 その時、バンと風呂の扉が開け放たれた。


「先生! お背中お流しするよ!」


 現れたのは、やはり一糸まとわぬ姿のイオ。正直さぁ、俺こいつの裸を見るだけでもドキドキが止まらないんだよね。そしてドキドキしてることがミカにバレたら、俺アウトなんだよね。

 こいつわかってんの⁉

 俺は湯船から上がり、何も言わずにイオの肩を掴んだ。そして、ぐいと肩を押し出した。


「せ、先生……?」


 困惑するイオをよそに、俺は扉を閉めた。

 お、この風呂場鍵ついてんじゃん。掛けとくか。


「先生! どうして⁉ 私達友達でしょ⁉」

「男女で一緒に風呂に入る友達なんかいません!」


 こうして俺は、たった一人のバスタイムを手に入れたのだった。


 風呂から出ると、ミカはジュースを出してくれた。ここまで世話になるなんて、なんか悪いな。


「もう! なんでお風呂に入れてくれなかったの!」

「風呂くらい一人で入らせろよ」


 イオはぶー垂れながら携帯ゲーム機……PFPと呼ばれるものの電源を入れた。


「まさか、こんなところでまでゲームをする気ですか⁉」

「学校じゃないんだからいいじゃん」


 このやり取り、普段ミカは学校でゲームをするイオを咎めてるんだな。イオが一人、空き教室でゲームをしてるのは、ミカを回避するためだったのか。


「私の部屋でも禁止です! そんな低俗なもの!」

「低俗で結構ですよ~~だ」


 二人とも、いつもこんな調子なのか。確かにミカはゲームへの理解はなさそうだが、二人とも十分友達と言えるだろう。

 そんな二人の奇妙な関係に、少し憧れを抱いてしまう俺がいた。

 だがまあ、せっかくのお泊り会だ。イオが一人でゲームをしていてはつまらない。

 そこで俺は、懐からあるものを取り出した。


「じゃあ二人の間を取って……トランプと行こうか!」


 そう、俺が下界で持っていたトランプだ。幸い、天に召された際に持っていたものは、そのまま天界に持ってきている。こんな時もあろうかと、あれからずっとポケットに忍ばせていたんだ。


「ミカも、これなら低俗じゃないだろ?」


 大富豪やババ抜き、スピードといったゲームがこちらでも通用するかはわからないが、その時は手品でも披露してやればいい。


「はい。でも私、ババ抜きぐらいしか……」


 あ、ババ抜きはあるのね。


「は~い! 私もババ抜きやる!」

「んじゃ、配るぞ!」

「ぬふふ! 負けないからね!」


 そして俺達はババ抜きを始めた……のまではいいんだが。

 俺は困惑していた。

 ミカの持つ手札は、残り二枚。どちらかがババだとみて間違いはなさそうなんだが……。

 そのババが、どちらかわかるんだ。

 俺の手がババに差し掛かると、こいつめちゃくちゃ嬉しそうな顔するんだ。

 んで、ババじゃない方を取ろうとすると、めちゃくちゃ悲しそうな顔するんだ。

 なんかこれで勝つのって、悪いことをしている気分。

 ちなみにイオはとっくのとんまにあがっている。地味にイオのポーカーフェイスは強い。これもまた新たなる一面だな。

 ミカの笑顔を守るため、俺はババだと思われる方を引いた。これがババでなかったら、彼女の作戦勝ちなのだが……。

 ババだった。案の定ババだった。

 あ、ミカの奴、俺からババの方引きやがった。これじゃあ平行線だ。

 仕方がない、あがっちまうか。

 俺はミカからババでない方のカードを取り上げ、勝負からあがった。


「あがりだ」

「ぬふふ……いい勝負だったねぇ」

「ふ、不覚です……!」


 なんだかんだ、一番楽しんでるのがミカじゃねぇか。

 まあでも、これじゃあ勝負にならないな……ほかの遊びにした方が――。

 その時、俺の腹の虫が鳴き声を上げた。そういえば、もうそんな時間か……。

 丁度いい、ここらへんで飯にするか。


「ぬふふ……先生お腹鳴ってるよ」

「飯の時間だな」


 ミカは

「何か振舞いましょうか?」


なんて言っているが、これ以上の施しを受けるだけってのもな。


「いや、どっかに食い行くか。奢るぞ?」

「そ、そんな⁉ 先生ともあろうお方から――」

「それじゃあ先生! ここ行きたい!」


 イオが俺に見せてきたのは、スマホ……のようなものの画面。そこに記されていたのは……

「下界風ラーメン」


 俺達は、イオの希望から下界風ラーメンを食うことにした。

 だが、下界風ラーメンってなんだ? そもそもラーメンは中華料理だけど、日本のものとは全く違うらしいし……。やっぱり、起源である中国のものに近いのか?

 その疑問は、下界風ラーメンの店内で、より深まることとなった。

 麺が空を飛んでいる。誇張じゃないぞ。本当に空を飛んでるんだ。

 ふりざるを店主が振ると、そこから飛び出た麺が空を飛び、スープの入ったどんぶりに浸かる。もちろん、スープを周囲に溢しながら。そして、それをそのまま提供してきたんだ。


「へい! 下界名物、天川ラーメンだよ!」


 ……。

 どこが下界風だよ⁉ 下界のどこ風⁉

 少なくともこれ日本風じゃないわ!

 しかも名物って……どこの名物だよ!

 中国! 中国なのか⁉

 だけど、味は普通に美味かった。


「ごちそうさまでした、先生。でも、よろしかったのでしょうか……?」

「いいってことよ。先生はお金持ちだからな!」


 女神さまのおかげで。

 ラーメンをたらふく食った俺達は、ミカの家へと続く道沿いを歩いていた。


「下界風ラーメン! 美味しかったね~! 先生はいつもあんなの食べてたんだ!」


 あ、バカかこいつ⁉ 口を滑らせやがった!

 間違ってもあんなもん食ってこなかったけどな!


「え、それって……」

「あそこのラーメンは美味いからな」

「で、でも先生、先程は随分と驚いていらっしゃいましたが……」

「いつ行っても楽しめる! それが下界風ラーメンのいいところだ!」


 そう言っている傍らで、俺はイオの肩を捕まえ、彼女に耳打ちをした。


「口滑らすなバカ!」

「ご、ごめんごめん」

「ごめんで済むか!」


 まったく、こいつはこれだから……。

 にしても、ミカの食いつき具合……これ、俺が人間だとバレたら即通報だな。

 その時だった。


「お嬢様⁉」


 という声が、俺達に差し込まれたのは。

 ここら辺を歩いているのは俺達しかいない。お嬢様ってもしかして、ミカのことか?

 俺が振り向くと、そこには黒塗りのリムジンが停まっていた。

 先程声を上げたのは、そこから降りた一人の男性……。

 その男性がリムジンの後部座席を開くと、そこからもう一人の男性が下りてきた。

 豊かな顎鬚を蓄えた、身長二メートル程はあろう人だ。黒い背広に袖を通したその姿は、いかにも富豪の主人といったところか。

 その人物が、俺達の元へと歩み寄ってくる。ぶっちゃけ、めっちゃ怖い。


「今は勉強しているはずの時間だろう。こんなところで何をしているんだい――」


 そしてその人物は――。


「――イオ?」


 イオの前で立ち止まった。


「お、お父さん……」


 え、お父さん⁉ この紳士が⁉ ってことはお嬢様って……。


「イオの……親父さん⁉」

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美少女だらけの天使学校で用務員!? すぴんどる @spindle

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