第8話 友達として

 ゲーセンの三階は、ガンシューティングゲーム、レースゲーム等が並んでいる。ここら辺のゲームは、めちゃくちゃ上手いガチ勢か、微笑ましいカップルしかやっていないイメージだ。まさか俺が後者になる日が来るなんてな。


「イオはガンゲーとかやるのか?」

「オンゲーならやるけど、ゲーセンのはやらないかな」


 オンゲーってことは、FPSか……。あれって民度が低いイメージがあるけど、イオはどんな顔してプレイしているんだろう。やっぱり暴言とか吐いてんのかな……全く想像できないけど。


「それじゃあ、やってみるか? 俺もあんまりやったことないし!」


 俺の提案に対し、イオは

「うん!」


と返事をした。

 俺は硬貨を二枚取り出し、目についたガンゲー筐体の1P側と2P側に投入する。


「あ、先生が出さなくても」

「いいんだよ、どうせ女神さまからたくさんもらってるからな」


 これから始めるゲームのタイトルは

「タイムグレイセス3」


らしい。下界にも同じゲームはあったが、俺が見たことあるのは4とか5だな。この世代の違い……ここでは検閲が厳しいとかそういう理由か?

 プレイを開始すると、二人のキャラクターが水上バイクを乗り回し、とある島へと接近していく。そして、敵の迎撃を掻い潜り、ついに島への侵入に成功したところで、操作が解禁された。

 だが――。


「ああーー! や、やられちゃった……」


 第一ステージの塔が崩れてくるところで、二人揃って敗北。なんだよこのゲーム! 調整間違ってるんじゃないか!⁉? 確か、細かい設定はゲーセン側でできるんだよな。ってことは、このゲーセンが調整下手ってことかよ。

 これはクリアできないな……。

 あきらめようとイオに伝えようとするが、彼女はすでに硬貨を取り出していた。


「まだやるか?」


 試しにそう訊いてみると、


「当たり前だよ! 負けたままじゃ悔しいもん!」


と、さぞ悔しそうに硬貨を投入した。

 こいつ、ガンゲーは得意ではないし、負けず嫌いということか。

 また彼女の新しい一面を知って、俺は一人舞い上がっていた。

 んじゃ、俺も再チャレンジするか!

 ――一時間後。


「ぬふふ! ゲームクリアー!」


 俺とイオは、二人仲良くハイタッチをした。だが、俺達のテンションの差は、天と地ほどの差であった。


「はぁ……はぁぁぁぁ。やっと終わったか……」


 テンションマックスなイオに対し、息も絶え絶えな俺。まあ、決してつまらなかったわけじゃないけど……。


「凄い達成感だよ! ありがと、先生!」

「ああ、なんてことないさ……」


 本当にこいつ、ゲームが好きなんだなぁ。ゲーム好きとはわかっていたが、ここまでとは思わなかった。これもまた、俺の知らない一面ってことでいいか。

 さて、いったんジュースでも飲んで、一休み――。

 なんて思っていた俺の手を、イオはつかみ取る。


「じゃあ次! 五階行こ!」

「え⁉ マジで⁉」

「うん! マジで!」


 こいつはサメかなにか?

 ちなみに四階は音ゲーコーナー。五階は格ゲーコーナーになっている。

 イオが意図的に四階を飛ばしたのは、音ゲーに興味がないということなのか、格ゲーが早くやりたいということなのか。


「ね、先生! ギルティナットってゲームやったことある?」

「何⁉ ギルティか⁉」


 ギルティナット……所謂格ゲーというものの一種だ。俺もこの半年間、隙あらば暇つぶしにプレイしていた。っというより、親父に殴られたくなくて、ゲーセンに通ってただけだけど。


「わざわざ訊いてくるということは…?」

「うん! 先生と遊びたいなって! もしやったことがないなら、教えてあげるからさ」


 ふ……俺に教える……か、百年早いわ!


「お前に俺のルナ・グッドガイが破れるかな?」

「まさか先生、やったことあるの!」

「そのまさかだ!」


 五階に到着した俺達は、揃ってにギルティの筐体を探した。

 発見したのは、下界のものより二世代昔のものだったが、まあいい。多少勝手の違いがあるが、俺が負けるわけがない!

 硬貨を投入した俺達は、お互いにキャラクターを選ぶ。

 俺が選んだのは、ルナ・グッドガイ。炎の技を使う、初心者にも扱いやすいキャラクターだ。

 イオが選んだのは、ジョン。コインと抜刀術で戦う、ハードボイルドなおっさんキャラだ。確かこの世代では、最弱と呼ばれていたはず。この勝負、もらった!

 だが――。


「ま、負けた……? この俺が……?」


 い、今のはまぐれだ! この俺が負けるはずがない!


「ぬふふ~! どうする先生? 再チャレンジしてもいいよ?」


 売り言葉に買い言葉、俺は速攻硬貨を投入し、再びキャラクターを選択する。

――しかし。


「また負けた……。あ、ありえん」


 しかもこいつ燕カス使ってきやがった。燕カスとは……まあ簡単に言うが、超高難易度テクニックだ。相手のキャラクターの強制ダウンを奪うことができる。

 だ、ダメだ。Dループがようやく安定してきた程度の俺には、とても敵わない。

 Dループとは……まあ面倒だから省略するけど、テクニックの一つだ。


「先生、どうする? 再チャレンジする?」

「か、完敗だ……」

「え~! もう終わり~⁉」


 だからこいつはサメか何かかよ! 止まったら死ぬのか⁉ こっちには体力ってもんがあるの!


「まあ確かに、もう時間も時間だから、仕上げに行こう!」

「仕上げ?」

「うん! 記念撮影!」


 イオに連れられてきたのは、六階。ここはプリクラコーナーになっているようだ。記念撮影ということは、そのままプリクラの撮影ということなのだろう。

 でもこれ、本当にデートっぽいな。なんか照れてしまう。


「ほら、先生! 入って入って!」

「こ、コラ。押すなって!」


 イオは硬貨を投入すると、フレームや文字、撮影モードなどを吟味している。

 その手つきに、慣れは感じない。きっと普段は、プリクラなんて撮らないのだろう。

『それじゃあいくよぉ!』

 という間の抜けた声が聞こえてから、俺はどんなポーズを取っていいのか、一人あたふたしていた。

 対してイオは、全く動じていない。

 と、とりあえずイオと頭の高さを合わせるか……。

『はい、チーズ!』

 ちゅっ。

 シャッター音と共に、右腕に感じる柔らかい感触。腕自体が、二つのマシュマロに挟まれたような。

 頬にも、少し湿った柔らかさを覚え。ワンテンポ置いてから、ふわりと何とも形容できない、優しい香りが漂ってきた。

 俺は、イオにキスされていたのだ。もちろん口じゃないぞ、頬だ頬。


「んな……んな……⁉」


 言葉を失っている俺の傍ら、イオは妖艶な笑みを浮かべていた。


「ぬふふ……。先生、ドキドキしてる……」

「お、おい! 俺の正体がバレないように、協力してくれるんじゃ⁉」


 じゃ、の瞬間に、俺の体に預けられたイオの体重。

 や、柔らかい胸の感触が、腹に⁉


「大丈夫、ここでは誰も見てないから」

「誰も見てないからなに⁉」

「もっと仲良くなりたいなぁ」

「もう十分友達でしょうが⁉」

「うん、十分友達!」


 するとイオは、俺に胸を押し付ける力を、一層強めた。

 こいつ、絶対にわかってない。やはり、天使と人間の間には、埋められない価値観の相違があるようだ。


 時刻は正午を迎えた。俺達は、腹ごしらえのため、近くにあったファミレスに足を踏み入れた。

 幸いそんなに待つこともなく席に通され、現在料理を待っているところだ。


「ぬふふ~」


 テーブル席で、俺の正面に座ったイオが、ニヤニヤしながら先ほど撮ったプリクラを眺めている。


「そんなに面白いか、それ?」

「先生との友情の証だもん」


 やっぱりイオの言う友情っておかしくね⁉ 男女間でほっぺにキスしてる写真とか、完全にカップルのそれじゃねえか⁉

 ま、でも、イオが幸せそうだし、これでいいのか?

 それは置いておいて、俺はイオに一つ聞きたいことがあった。


「なあイオ、一ついいか?」

「ん? なに?」

「なんでいつも、学校でシャワー浴びてくんだよ?」


 彼女はどうやら、八時以降のシャワー利用の常習犯のようだ。俺と出会ってからも毎日使用しているらしい。その所為で、彼女とバッティングしないよう、こちらが気を使わなければならない。


「う~ん……まあ、ちょっと訳があってね」

「訳?」


 先ほどまでの笑顔はどこへやら、イオは途端に表情を曇らせると、視線を伏せた。

 な、なんか聞いちゃいけないこと聞いたか?

 なんて心配していると

「ま、いっか」


と呟き、俺を真っ直ぐに見つめてきた。


「私の両親がさ、ゲーム嫌いなんだ。『そんなものをやってたら、嫁もらってくれる人がいなくなる』って言ってさ。だから、私がゲームをしてることは内緒なんだ」

「嫁に? 話が飛躍しすぎだろ?」

「ゲームをやっていると馬鹿になる」


とはよく言うが

「嫁に行けなくなる」


は初めて聞いた。


「大事なことだよ。ゲームが趣味の人と、結婚したいだなんて思わないでしょ?」

「いや、そんなことはないだろ」


 何? ゲームって天界ではそんなに嫌われてんの?


「それじゃあ先生、私と結婚してくれる?」

「はぁ⁉ な、なななな」


 何言ってんだこいつ⁉ こ、これどうやって答えればいいの⁉ っていうか俺、求婚されてる⁉


「な~んて、冗談。先生は友達だもんね」


 イオは、ほんの少しだけ寂しそうに、そう言った。

 本当ならこんな美少女、結婚でも何でもしてやる。でも、イオが求めている答えっていうのはそうではないんだろう。

 それから数分間、気まずい空気が、俺達の間を漂った。俺がバカな質問をしたばっかりに……。


「ねえ、先生」


 その空気を破ったのは、イオの声だった。


「この後、行きたいところがあるんだ!」

「行きたいところ?」


 昼食を終え、俺はイオに手を引かれながら、彼女の言う

「行きたいところ」


へと同行する。

 だが、進んでいくうちに俺は気付いた。これ、学校に戻っているんじゃないか?

 俺の予想は的中、イオは天使学校の校門をくぐり、休日の校内へと入っていく。

 廊下を進み、エレベーターに乗り、俺のみ知った通路を進んでいく。

 これは、いつも理事長室へと向かう通路だ。

 だがイオは、理事長室へは入らなかった。理事長室の前を通過し、その先の階段を上がる。

 そして、扉を開くと――。

 ――そこには、絶景が広がっていた。

 学園と、その周辺にある街並みが、俺達の眼下に広がる。


「ここは……?」

「本当は入っちゃいけないんだけどね」


 ここは、学校の時計塔⁉ 理事長室はここにあったのか!

 さっきの扉は、時計塔の周辺にせり出した足場へと繋がっていたんだ。

 足場は人一人分の幅しかない。簡単な手すりしかついていない足場は、少しだけ怖い。

 だが、ここから見える爽快な景色に、そんな恐怖は塗り潰されてしまっていた。


「どう? デートの最後には、ピッタリじゃない?」


 俺は、イオのその言葉に、このデートの真の理由を思い出した。

 そうだった……今回は、俺がイオに

「伝える」


ために、デートに来たんだ。


「先生……一昨日は、ごめんなさい。私、ゲームが好きな友達が欲しくて……約束を守ってもらえなかったことが寂しくて、焦っちゃって……。本当に、ごめんなさい!」


 イオはぺこりと頭を下げる。これがイオの気持ちか……。

 俺はその言葉を咀嚼するように頷いた。


「もう怒ってないよ。いや、最初から怒っちゃいない。だから、頭を上げてくれ」

「それじゃあ、次は先生の番」


 イオはけろりと顔を上げると、微笑みながらそう言った。

 俺はイオに、何を伝えたかったんだろうか? このデートの中で俺は、その答えを見出していた。

 今日は、イオの色んな一面が見れた。格ゲーが得意なところ、真剣な眼差しが綺麗なところ、疲れを知らないところ……。


「なあ、イオ。俺達は友達だけど、まだ友達としては日が浅い。それこそ、まだまだ他人だ。でもさ、今日、いろんなお前を見た。きっとまだまだ知らないところが、たくさんあると思うんだ」


 俺はイオの瞳を、真っ直ぐに見つめた。照れくさいけど、見つめなくちゃいけないんだ。この気持ちを伝えるために。


「だからさ、もっとイオを知りたい! 学校の職員として。何より、友達として。だからこれからも、いろんなイオを教えてくれ!」


 それを聞いたイオは、照れくさそうに笑いながらこう言った。


「うん! 喜んで!」


 その姿は、一昨日なんかとは比べ物にならないくらい、美しく、可愛らしかった。

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