第7話 デートの始まり

 デートの約束をしたのは、次の日。

 どうやら天使学校にも休日というものがあるようだ。

 今回は、その休日を使ってのデートだ。

 俺はデート当日、待ち合わせ場所で待機していた。その待ち合わせ場所とは、天使学校の校門。

 土地勘のない俺のために、イオが提案してくれたんだ。

 俺は一応、待ち合わせ時間の午前九時よりも三十分早く家を出た。そもそも俺達二人共デートの経験がないため、午前九時が待ち合わせ時間として正しいのかもわからない。

 だが、流石は天使。なんとイオは、校門で待機していた。

 イオは俺を見つけると、大きく手を振った。


「せんせ~い!」


 なんて、大きい声を上げて。


「悪い悪い。まさかこんな早くから来てたなんてな」

「私も今来たところだから、大丈夫! それよりも、行こ!」


 俺の手を引いて、道を歩き出すイオ。

 その手の柔らかさに、俺は思わず心臓を高鳴らせた。

 ってこんなんじゃダメだ! 俺は俺の心を伝えるために、今回のデートに来たんだ! 高鳴らせるだけじゃなく、クールでもいなくては……。

 イオの服装は、桃色のボーダーが入ったキャミソールの上から、白いショート丈のTシャツを着ているものだ。Tシャツは恐らく、何かのゲームの柄だろう。その上から、いつもの猫耳パーカーを羽織っている。

 ボトムは桃色のスカート。なんというか、俺の中では白いイメージだったイオに、桃色が足され、いつもより可憐に見える。


「イオ」


 俺はつい、イオを呼び止めてしまった。

 彼女は俺の方を振り向いて

「どうしたの?」


なんて首をかしげる。


「服、似合ってるぞ」


 月並みだ。でも、俺にはこれ以上のことは言えなかった。

 それでも、イオはまるで世界で一番の誉め言葉をもらったかのように、満面の笑みを浮かべた。


「それを言うなら、先生も素敵だよ!」


 俺が素敵? 変な冗談言うなぁ。ま、デートなんだし、真に受けとくか。


「ああ、サンキュ」


 そして俺達は、再び歩みだした。


「そういえば、行きたいところがあるって言ったよな? どこいくんだ?」


 今日のデートコースは、恥ずかしながらイオに丸投げだ。

 彼女は豊満な胸を張って、自信満々に告げた。


「もちろん! ゲーセンだよ!」


 電車に揺られ、たどり着いたるは巨大なゲームセンター。

 ワンフロアだけでもそこそこの広さってところだが、それが六階建てになっている。

 イオ曰く、ゲームというものがあまり流行になっていないが故に、近隣住民を入れ食い状態にしているゲーセンらしい。

 俺達はそのゲーセンの自動ドアを潜った。

 一階は、プライズゲームコーナー。ぬいぐるみやフィギュアを景品にした、クレーンゲーム等が並んでいる。


「なんかほしい景品とかあるか?」


 俺は一応、イオに尋ねてみた。

 こういう時にカッコよく景品が取れれば、なんとなくデートっぽいだろ?


「う~んとね……」


 きょろきょろとクレーンゲームの台を見渡すイオ。

 俺は彼女に引かれ、迷路のように並べられた台の間を歩いていく。

 その時、イオはとある筐体を指さした。


「これ……かな?」


 クレーンゲームの筐体に入っている景品は、どうやら時計のようだ。

 指定した時刻になると、土管の中から赤い配管工が飛び出すというものだ。

 確かこれ、下界でも比較的新しい景品だよな。

 景品が並ぶタイミングに関しては、下界とのタイムラグが少ないのか?

 まあいいか。イオが欲しがっているのなら、俺が取ってやるだけだ!

 誰かの役に立つことが、俺の幸せだからな!

 なんて気合を入れているうちに、イオは硬貨を筐体へと入れていた。


「あれ? 俺が取ってやるのに?」

「少し見てて」


 イオは短く告げると、鋭い目つきで景品を睨みつける。

 右から左から、あらゆる角度から景品を取り囲む環境を把握しているんだ。

 イオ……こんな顔もできるのか……意外だ。普段から人懐っこさそうな、柔らかい微笑みを浮かべてるから、こんな表情ができるのなんて想像も付かなった。

 彼女の新しい一面を知ることができたのは嬉しい。

 だが何よりも、彼女の昨日までとは違う美しさに、目を奪われていた。

 クレーンゲームの筐体内部には、二本の棒が橋のように架けられている。

 その二本の上に景品が置かれている。

 景品を動かして方向を変えることで、二本の棒の間から景品が落ちてくるという仕組みだ。


「ここかな」


 独り言のように呟くと、イオはボタンを押し込む。

 そして、箱の上の方にアームがたどり着いた瞬間、手を離した。

 次いで、横方向に動くボタンを押し込む。

 今度は、箱の端を狙うようにアームを移動させた。

 箱の左上を右側にずらすように、アームを配置したんだ。

 その狙いは正確。普段からプレイしていることが伺い知れる。

 さて、アームはしっかり俺達の期待通りの動きをしてくれるかな?

 ぴろろーんぴろろーんと、無駄に緊張感を煽る音と共に、アームが下降していく。

 そして――箱に当たったアームの棒が、ぴたりと停止する。

 まるで俺達を嘲笑うように、そのアームは数秒間静止していた。

 早く動け、早く結果を教えてくれという俺の心の声など知らない様子で。

 きゅいきゅいきゅいきゅいっという効果音が、筐体から鳴る。それと共に、アームが上昇を始めた。

 だが、景品の入った箱はピクリと動くだけ。決定打になった様子はない。


「ダメか~」

「ううん。行けると思う」


 するとイオは、硬貨を五枚連続で投入した。実はこの筐体、五枚連続投入で一回無料なのだ。

 イオは、意図的にそれを使わなかったのだろう。まずは、筐体の様子を探るために。

 だが、先ほどアームの力を見たはずだ。あれしか動かないのでは、この景品を取るには結構時間が掛かるのでは? それに、金も……。

 俺は女神さまから無限ともいえる金をもらっているが、イオはお小遣いだろう。彼女の財布事情に、あまりダメージを負わせるわけには……。

 そんなことを考えているうちに、イオは箱の右下を左に動かすように、アームを移動させていた。

 今度も少ししか動かないだろう……なんて思っていたが、なんと箱大きく角度を動かされる。あと一押しで取れるのではないかと思うほどに。


「な⁉ なんでだ⁉」

「この筐体、片方のアームだけ弱くされてる。左右のバランスが悪いと、景品の動き方が読みづらくなるから……」

「そ、そんなこともあるのか……」


 で、今回は強い方のアームで景品を動かしたと。

 そうこうしているうちに、イオは景品を取り出し口へと落としてしまった。

 なんと、六回以内で景品を取ってしまったのだ。

 モンファイがあまり上手くないから、ゲーム全般が下手なイメージがあったが……。こいつ、結構やるんじゃないか。

 これもまた一つ、イオに関する新発見だな。

 景品を手にしたイオと共に、俺達は二階へと上がった。

 二階もプライズコーナーであるが、こちらはフィギュア等が多く置いてあるようだ。


「二階はフィギュアが多いんだな」

「うん。可愛い女の子のフィギュアがいっぱい……。先生、欲しいのとかある?」


 え、何の質問? 地雷? 地雷なの? これで他の美少女フィギュアが欲しいとか口走ったら最後、また色仕掛けされちゃうとか⁉

 そんなことを考えたせいで、一昨日の出来事を鮮明に思い出してしまった。

 イオ、綺麗だったなぁ。

 無邪気に笑う今の彼女に、一昨日の姿を重ねてしまい、俺は胸は思わず飛び跳ねてしまった。


「先生?」


 この質問……いらないと答えるのが一番無難だが……。せっかくのデート、歯の浮くセリフの一つや二つ、言っても罰は当たらないだろう。


「お、俺は……イオが一番可愛いと思うぞ?」


 い、言った~! 自分で言っといてなんだが、めっちゃ恥ずかしい!

 だが、これは決まったはずだ。きっとイオは、また無邪気に微笑んでくれるはず――。


「え……? 先生、何言ってるの?」


 だ、ダメだ~! まったく届いてない!

 イオは、何言ってんだこいつ、と言いたげな表情で俺を見上げてきていた。

 彼女はその後、ぽけーっと俺を眺めていたが、何かを自己完結したらしく、にやりと口角を上げた。


「ぬふふ……先生、やっぱり変態だ……」


 どうやら、変態の角印を押されてしまったようだ。

 ってちょっと待て。

「可愛い」


という単語が出たら

「君の方が可愛いよ」


というのはデートのセオリーじゃないのかよ⁉ 俺はマニュアル通り言っただけだぞ⁉ マニュアルなんか読んだことないけど!


「……なんで変態なんだよ……」

「変なこと言うからだよ」


 変なことって……ただ褒めただけだろ……。


「男の人ってみんなこうなの?」

「さぁな。天使がどうだかは知らん」


 うるさいゲーセンだからいいが、大きな声でできる会話ではないな。万一にも聞かれてしまったら、俺は地獄行きだ。

 俺は気恥ずかしさを捨てるように、イオよりも一歩前に出た。だって、渾身のセリフを叩き落とされてしまったんだ。ちょっとすねたくもなる。

 そんな俺の手をイオは両手で掴んでくる。


「でも、嬉しいよ、先生」


 そして、イオも恥ずかしそうにはにかんだ。その微笑みに、俺は目のやり場を失ってしまう。

 女の子の手の柔らかさ……やはり、一昨日の出来事が、俺の脳裏を過った。

 彼女に伝えたい言葉を探しているのに、俺はまたこの問題を難しくしようとしている。その苛立ちと、イオの新しい表情を開拓できた喜びが、俺の中でぐちゃぐちゃに混ざり合った。


「……三階、行くか」


 俺はイオの手を強く握り返し、今できる最大の笑顔を返した。

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