第4話 シャワールームでばったり…
日は完全に沈んでいるし、俺はイオに帰るように告げ、用務員室へと戻ってきた。
しばらくして、理事長が生活用品を一式届けてくれた。布団や歯ブラシ、シャンプー、そして明日から着ることになる紺色のつなぎだ。
シャワーは夜になったら女子シャワー室を使ってもいいらしい。学校は夜の八時で使用禁止にしているので、中で女の子とバッティングすることはないらしい。
っということで、俺は今まさにシャワー室にいる。天使でもシャワーは使うのか……なんてくだらないことを考えながら。
その時、あることに気が付いた。
「あれ? シャンプー忘れた⁉」
しまった……。このシャワー室があるのは、体育館。用務員室からはかなり離れている……というか、理事長の置いて行ってくれた道案内シートがなければ迷っているレベルだ。
これから取りに戻るのは面倒だしな……今日はシャンプーなしでいいか……。でも、ここは曲がりなりにも女子校。身だしなみには気を付けた方がいいだろう。
「あ、使います?」
不意に後ろから差し込まれた声とシャンプー。おお、なんて親切な人だ!
俺はシャンプーを手に取り、お礼を言うため、個室の仕切りから顔を出した。
「あ、ありがとうございま――」
シャワー室の廊下にいたのは……イオ⁉ なななななんでこの時間に⁉ 理事長は大丈夫って言ってたのに⁉
「い、イオ⁉」
しかも、一糸まとわぬ姿……⁉ し、身長は百四十センチほどしかないのに、た、たわわに実った胸が自己主張をしていて……。
「あれ? 先生もここ使ってるの? 女子シャワー室だよ?」
『キャーへんたーい!』って反応に恐れていたが、イオはさぞ落ち着いた様子で眉を顰めた。
「もしかして先生、覗きに来た?」
「んな⁉ んなわけあるか⁉」
しかし、はたから見たら女子シャワー室に侵入したただの変態である。
俺は個室に顔を引き戻し、思わず両目を塞いだ。
「ぬふふ……本当に男の人って変態なんだ……」
「変態じゃありません! い、言い訳のチャンスをくれ!」
「え~、どうしよっかな~」
え、この子裸見られて恥ずかしくないの⁉ 恥ずかしがってるの俺だけ⁉ あれか⁉ いい体してるから、見られたくてたまらないとかそういうのか⁉ それじゃあ変態はどっちだよ⁉
「お、俺、住み込みの用務員でさ! シャワー室がここしかないから、使ってもいいって――」
「ああ、わかってるって、みんなに言いふらしたりしないから大丈夫。校則破って、この時間にシャワー使ってる私も悪いしね」
「わ、わかったなら早く出なさい!」
「え~せっかく先生とまた一緒になれたのに?」
この子なんでこんなに俺に懐いてるの⁉ しかも裸なのに! 天使ってやつには羞恥心ってもんがないのか!
「明日になったらまた会えるだろ!」
「明日の放課後まで退屈だもん!」
するとイオは
「そうだ」
と手を鳴らす。……まともなアイデアじゃないことは、なんとなく察しが付く。これ以上裸の美少女と一緒にいたら、俺の心臓が持たん! ここは――。
「し、しつれいしました~」
と穏便に済ませるしか――!
しかし、俺の肩がものの見事にイオに捕らえられてしまった。
「待ってよ! 頭洗ってないんでしょ?」
「あ、洗ってないけど……」
ダメだ、いやな予感しかしない! 絶対これ
「あれ」
を言い出すぞ!
イオとは出会ったばかりなのに、なぜかそんな気がする!
「――頭、洗ってあげるよ!」
ホラァ! ほら言い出した!
「だから先生! ほらほら!」
「ちょちょっ! 押すなって!」
俺が身動ぎをしてイオの手から逃れようとしたとき――。
つるりと、俺の足元が滑った。ああ、ここシャワー室だもんね。しかも床乾いてない。そりゃ滑るわな。
そして、運悪くも転んだのはイオのいる方向。このままじゃイオを固い床に叩きつけてしまう。な、何とか後頭部は守ってやらなくては。
なんて考えていた最中、俺の頭は柔らかい何かで受け止められた。次いで、地面を突こうとしていた俺の手が、またも柔らかい何かを鷲掴みにする。
「おっと。先生、こんなところで転んだら危ないよ?」
柔らかい……気持ちいい……。これってまさか、まさか……。
俺は、柔らかい二つのボールに挟まれた顔を、恐る恐る上へと向けた。見えたのは、谷間から覗くイオの可愛らしい顔。
やっぱりこれは……⁉
「ぬふふ……先生、流石に女子の胸に顔を埋めるのは、養護できないかな?」
ッホラァァァァァァ!! ほらやっぱり! 俺を受け止めたのは、イオの胸! 身長のわりに自己主張の激しい胸! 掴んでいるのも胸! 言い方変えるとおっぱい!
すごい……転びそうになった俺をいともたやすく受け止め、反発してくる……。それに、鷲掴みにした胸も、指が全部沈み込んでしまいそうで……。
「って、違うんだ! これは意図してこうしようとしたわけじゃなくてな……!」
だがあろうことか、イオはそんな俺の頭を……思い切り抱きしめてきた。
女の子の柔らかい胸と腕に包まれて、いい匂いがして……最高……じゃなくて! なんで抱きしめてくるんだよ! 俺ってそんなにモテたっけ⁉
「事故でも、女の子の体を触ったことは事実でしょ? ぬふふ……もし、この事実を他の先生に言ったら……先生どうなっちゃうんだろうね?」
「っく、ど、どうするつもりだ」
本当にどうなっちゃうんだ? 今の俺は天界に違法滞在している……ってっことでいいんだよな。それが犯罪を犯したってなれば、もしかして地獄行きとか……⁉
「私の言うことをおとなしく聞いてくれれば、誰にも言ったりしないよ」
俺に、イオの言うことをおとなしく聞く以外の選択肢はなかった。
俺は天界のことを何も知らない。ここで犯罪を犯してしまったらどうなるのか、見当もつかないんだ。その恐怖が、俺をイオに従わせた。
「じゃあ、おとなしくしててくださいね~」
――だが、イオの要求は
「俺の髪を洗う」
ことだった。
もはや何が何だかわからん。明日理事長に聞かなければ……この学校の風紀がどうなっているのかを。
しかも……背中に胸が当たってる。むにっむにっと、無限の柔らかさを俺の肌に残しながら。話変わるけど、∞(無限)っておっぱいに見えるよな。え? 見えない?
イオはシャンプーを手に垂らすと、そいつを俺の髪に当てた。シャンプーが頭皮に当たらないよう、髪の毛で泡を立ててから、全体を洗っていく。その手つきは、やはり女の子だけが為せる技だろう。
イオの細い指が、俺の頭を撫でていく。そのたびに、何とも言えない心地よさが、俺の前身を這っていく。
「先生……私、本当に嬉しいんだ」
「な、何がだ?」
「先生と会えて。私、ゲームはいつも一人でやってるから……。だからね、先生にどうしても友達になってもらいたくて……」
先生なのに友達、か。まあ、そういうのも悪くないかもしれない。
「まさか、俺の髪を洗うってのも?」
「そう! こうやって身体洗いっ子すれば友達っぽいじゃん! そうすれば、先生も友達になってくれるかなって」
まさか、友達欲しさにそこまでするのか? いや、天使にとっては普通のことなのか?
俺は天界と下界には、決定的な価値観の違いがあるのでは? と睨み始めた。
「どう? 友達になってくれる?」
イオの献身的な行為に、俺は思わずため息を漏らした。友達ってのは、そういう風になるんじゃないからだ。
「イオ、友達ってのは、そうやってなるもんじゃないぞ」
「え?」
「俺達が出会った。俺はお前と一緒にゲームを楽しんだ。もう十分友達だろ?」
その言葉に、イオの手が止まった。
……今俺、すごい恥ずかしいこと言ったな。何が十分友達だ。
ま、まさかイオにドン引きされたんじゃ……⁉
だが、イオの反応は予想外なものだった。
俺の背中に押し付けられる彼女の乳房。
首元に回される腕。
俺はイオに、後ろから抱き着かれていたんだ。
「うん! 十分友達!」
「いいいいいいい、イオ⁉ ちょ、ちょっと⁉ 男女間の友情ではそうやって抱き着いたりしません!」
「いいも~ん! 友達なんだも~ん!」
「だ、だからぁ!!」
こうして、俺の天界生活は、一人の少女との出会いによって始まった。
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