第2話 天使学校
――あれ? 俺、いつの間に寝てて……。
気付いた時には、俺は横になっていた。でも、おかしい。視界いっぱいに広がっているのは、青い空。雲一つかかっていない、晴天の空だ。そんな場所で昼寝なんて、漫画やアニメじゃあるまいし……。第一、ここどこだよ。
にしても、変な夢だったな……。女神みたいな女性に、死んだとか申告されて。天界で生活しろとか言われて……。天界?
まさか、ここって――。
その時、俺の視界の上から、一人の女性が覗き込んできた。ピンク色の髪を肩あたりで切り揃え、スーツに身を包んだ妙齢の女性だ。逆光の所為で容姿はよくわからないが、とんでもない美人であることだけは伺える。
「あなたが、天羽正人さんですね?」
「ええ? そうですけど……」
「女神さまから話は聞いているわ。二か月間、ここで暮らすって」
「え……? 女神さま……?」
まさか、さっきのは夢じゃなかった⁉
俺が寝ていたのは、土の上。上体を起こして辺りの様子を伺う。見えるのは、視界の奥に鉄棒、その手前にサッカーゴール。俺の体には、白線の石炭がこびり付いている。ここは……校庭?
「突然のことで驚いているでしょうけど、ここは人目に付くわ。ついてきてください」
「は、はあ」
俺を取り巻く現状はよくわからないし、今はこの人についていった方がよさそうだ。
でも、さっき見た夢で女神さまと思われる人が言っていたのは
「天界で二か月暮らすこと」
。っとなると、ここが女神さまの言う天界?
のわりには、俺が住んでいた世界とそう変わらない光景だ。という感想は、すぐに崩れ去ることになる。
「すげえ建物だな」
この校庭と思しきスペースは、四方が校舎と思われる建物に囲まれていた。そこまではいい。問題は、それでも隠し切れないほどの高さの時計塔が、そびえ立っているところだ。
俺の目の前を歩く女性は、クスリと微笑むと、
「確かに、下界にはあまりない規模の学校ですわね」
と言った。
学校……やはり学校か……。ただ、そこそこの大きさはある校庭が、四方を校舎に囲まれている……つまり中庭扱いということだ。この学校、一体どれほどの規模なのか?
俺は様々な疑問を胸に、女性の後をついていった。校舎に入り、いくつもの角を曲がり、エレベーターを昇り……連れてこられたのは。
「理事長室……?」
女性は理事長室の扉を開くと
「入って」
と短く告げる。俺は、女性の後に続いて、理事長室へと入室した。
入って右側に並ぶ、難しそうな本の数々。部屋の中央には応接セットが置かれており、部屋の奥には巨大な事務机がこちらを向いていた。典型的な理事長室といった部屋だ。
理事長、どんなこわもてのおっさんが出てくるのかと身構えていたが、今この部屋にいるのは、女性と俺のみ。
そして女性は、巨大な事務机に向かうと、その椅子へと腰を掛けた。
じゃあこの人が、ここの理事長……? こうしてみると、この人すごい美人さんだ。ピンク色なんて現実離れした髪の色をしてるのに、違和感など全く感じさせない程に整った、可愛らしい顔つき。それでいて、どこか大人の色気を感じさせる。少し垂れ気味の優しそうな目からは、慈愛の念が漏れ出していた。
「ようこそ、天羽正人さん。ここがあなたが二か月間暮らすことになる、天使学校よ」
「……天使、学校……?」
天使……でも、目の前にいる女性は本当に、ただの人間にしか見えない。天使と言えば、翼くらい生えているイメージだが。
「そう。旧友……例の女神さまに、あなたを匿ってほしいってお願いされてね。間違えて人を殺してしまったなんて言ったら、女神さまクビになってしまうから」
や、やっぱりさっきのは夢なんかじゃなかったのか……。じゃあここは、本当に――。
「じゃ、じゃあ、ここは本当に、天国なのか⁉」
女性はその美しい瞳をさらりと左に流すと、
「天国、とは少し違うかしら」
とはにかんだ。
「ここは天界。人の運命を管理する『天使』達の世界よ」
天使って……突然言われたって、普通なら到底信じない。ドッキリの類だと思って軽く流すところだ。でも、さっきの妙な夢の内容を、この女性が知っていることから、信じざるを得なかった。もしかしたら、まだ夢の中……ということかもしれないが。
「私はその天使を育成する学校、天使学校の理事長・マルティよ。よろしくね、正人さん」
本当に天使と見紛うほどの微笑みに、俺の胸は思わず飛び跳ねた。
「は、はい。よろしくお願いします……?」
「さて。それで、二か月間うちにいるって話だけど……今回は、本当に迷惑を掛けたわね。あの子……女神さまは、少しそそっかしいから」
迷惑も迷惑、大迷惑だ。生き返らせてくれるとはいえ、人違いで殺されるなんて……。
「安心して、あなたは二か月間、ここにいればいいだけよ。もちろん、暇なら仕事は用意するし、ここで使えるお金も提供するわ」
「でも、そしたら下界での二か月間はどうするんですか? その間は行方不明ってこと?」
それは困……らないな。現状、学校にはまともに通っていないし。親父は少し気の毒だけど……まあ二か月家出していたってなれば、いい薬になるだろう。
「安心して。何とか理由をでっちあげるから」
それは安心……か? っていうか、ここ天使の学校だよな? なんで女神のミスの隠ぺいに、ここまで手を貸すんだ?
その答えは、俺が問うまでもなく、理事長が語りだした。
「あの女神さまは私の学生時代の同級生でね。あの子が女神の座を下ろされるのは、私も本意ではないわ。あなたをミスで殺した女神が無罪放免っていうのも、癪に障るかもしれないけど……」
「生き返らせてくれるんですよね。なら、俺は何とも思いませんよ。だって――」
――生きていたって変わらない。そう言おうとして、俺はその言葉を飲み込んだ。また逆ギレされたら堪ったもんじゃないからな。
「まあ、俺は大丈夫です」
そんな俺を見て、理事長は優しく微笑んだ。
「そう。なんだか、あの子が怒っていたのもわかる気がするわ。あなた、命が惜しくないんでしょう?」
「……そう、ですけど」
というかあの女神、俺に向かって逆ギレしたことを理事長に伝えてたのかよ⁉
「天使としては、見過ごせないわね。命は大切にしてもらわないと」
「……はい」
「まあ私は、あなたがどんな考えでも、文句を言うつもりはないわ。でもせっかくだし、ここでの生活は楽しんでみてね。帰るころには
「生きたい」
って思うようになれるように」
生きたい……か……。
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