美少女だらけの天使学校で用務員!?
すぴんどる
第1話 死因、女神のミス
人は幸せになるために生きている。
少なくとも、俺はそう思う。そのための努力なら、惜しむ気はない。
「さて、それじゃあ流星くんが選んだのは、スペードの九!
それを、束の真ん中あたりに戻します」
ここは何の変哲もない幼稚園。特徴があるとすれば、少しボロイことか。その教室の片隅に、俺を囲うように、園児たちの人だかりが出来ていた。
俺・天羽正人は、その園児たちの前で手品を披露している。
俺は右手に持っていたスペードの九のトランプを、わざとらしく山札に戻す。その様子を、園児たちは目を輝かせながら眺めていた。
「では、流星くんの選んだカードは、どこに行ってしまったのでしょうか。もちろん、上から一枚目ではありません!」
山札の一枚目は、ハートのキングだった。スペードの九の行方は……。
俺は一枚目をもう一度伏せ、右手の指を鳴らした。それから、山札の一番上のカードを裏返す。すると――。
「なんと、スペードの九が上がってきました!」
その光景に、園児たちは目を丸くする。そして一泊おいてから、場がどっと沸きあがった。
すごいと言う園児、種がわかったという園児、様々な子がいるが、その子たちの反応は、俺の心を癒していくようだった。
この手品のトリックは簡単だ。山札の真ん中あたりに戻すふりをして、上から二枚目に差し込む。そして、最後にカードが上がってきたと言いながら、上から一枚目と二枚目を同時にめくるだけだ。だが、たったそれだけのトリックで、これだけの子供たちを笑顔にできる。
これが俺の努力かって?
いや、これは俺の幸せそのものだ。
誰かのためになれる、誰かの喜びを作れる……。こんなにうれしいことはない。
「毎日悪いわねぇ。お金もあげられないのに、手伝ってもらっちゃって」
俺の傍らで手品を眺めていた保母さんが、俺の頭を撫でながら言う。
「いいんですよ。こうしてると落ち着くんです」
俺が幼稚園で手品を披露しているのには、深い理由がある。
俺の妹も、ここの園児だった。ある日妹を迎えに来た時、手品を披露したら、それが大反響。その後も妹を迎えに来るたびに、新しいネタを披露していた。……今日のは少しオーソドックスに立ち返ったけど。
だけど……半年前、妹と母さんが死んだ。
それ以来、親父は酒に溺れた。一度、理不尽にぶん殴られたこともある。俺も俺で、ひどく塞ぎ込んで、誰とも会おうとしなかった。
学校にも行かず、妹との思い出の地を回っていた俺は、この幼稚園にも立ち寄った。その時、保母さんに声を掛けてもらったんだ。手品をしてくれって。それから半年、ここで手品を披露するのが、俺の日課になっている。
「それじゃあ、もうお兄さんも帰るみたいだから、みんなで見送ってあげて」
どうやら今日はもう店じまいのようだ。
時間は午後六時。そろそろ共働きの親御さんたちが迎えに来る時間だろう。
案の定、園児からはブーイングの嵐。まあ俺はいつまでいてもいいんだけど、そこは幼稚園の体裁の問題だろう。
園児たちのブーイングを押し切り、俺は幼稚園を後にした。まだみんなと一緒にいたいというのは、俺も変わらないが。
俺はため息を吐きながら、帰路についた。殴られて以来、親父との距離感がつかめず、会うのが憂鬱だからだ。でも、曲がりなりにも俺の親。俺がいてやらないと、家族がだれもいなくなっちまう。
「……コンビニでも寄ってくか」
親父の土産に、酒のつまみでも買って。そうすれば、少しは話しやすいかもしれない。
幼稚園の門をくぐった俺は、そのまま近くのコンビニへと向かった。
コンビニは俺の家から幼稚園の間に何件かある。普通に帰路を歩いていれば到着するはずだ。
コンビニを見つけた俺は、酒のつまみに合いそうなものを探した。そう言えば、親父は豆腐が好きだったな、と思い出し、豆腐をカートに入れる。その他、俺のおやつになるものを放り込んで、レジへと向かった。
会計をすまし、コンビニを出ようとする俺。だが――。
つるりと俺の足元が滑り、俺は後方に大きく体勢を崩してしまった。尻餅をつくようなかたちで転びそうになった俺は、自らの体を受け止めようと両腕を地面に突き出した。
「痛てて……」
レジ袋が空を舞い、中に入っていた豆腐が零れ落ちる。その豆腐は俺の頭目掛けて落ちてきて――。
それが当たった瞬間、俺の視界が一変した。そして、あまりの光景に、息をのんだ。
あたりの景色は、真っ白だったんだ。影もないため、上下も遠近もわからない。ここが小さな部屋なのか、屋外なのかも。
なんだ……?
まさかここがコンビニの中?
そんなことがあるもんか。コンビニどころか、この世であるかも怪しい場所だ。
「残念ですが、あなたは死んでしまいました」
あまりの急展開に驚いていた俺は、後方から聞こえた美しい声に、思わず振り向いた。
そこにあったのは、玉座のようにも見える巨大な椅子。
座っていたのは、白いローブに身を包み、金色の髪を地面に垂れる程伸ばした、美しい女性……。
死んでしまった?
俺が?
俺は訳も分からずに、ただぽけーっとその女性を見つめていた。
「お気持ちはわかります。その若さで交通事故に遭ってしまうだなんて、無念ですよね」
「こ、交通事故?
豆腐の角に、頭をぶつけるのが交通事故⁉」
その女性は、さながら女神様だ。だが、そんな女神さまが目を丸くした。まるで今の俺と同じように。
女性は、右手に何やら書類の束を召喚すると、そのページをぺらぺらとめくっていく。
今、物を
「召喚」した……?
それにさっきの言動……まさかここが、死後の世界⁉
女性の手は、あるページに到達したとたんに止まった。そして、そのページを眺め――、
「あ、やっべぇ⁉」
と漏らした。
とても美しい女性が出してはならない声である。
「え⁉
やばいって、やばいって何が⁉」
「あなたは知らなくてもいいことですよ、太郎さん?」
「俺正人なんだけど!」
先程の声から打って変わって女性は、何事もなかったかのように微笑むんでいた。
「……少しだけ、待ってくださらない?」
そして彼女はそう言うと、巨大な椅子の裏に逃げ込んだ。会話がかみ合わないさっきまでの様子、そしてやっべぇという言葉。導き出される答えは一つだった。
俺、人違いで殺されたんじゃね?
椅子の裏から聞こえてくる、汚い口調の言葉の数々。
その女性がもう一度俺の前に現れた時には、その美しい髪はぐしゃぐしゃに乱れていた。あの椅子の裏で頭を何度も掻いていたことが、容易く想像できる。
「あなたに、協力していただきたいことがあります」
女性は椅子に座りなおすと、何やら神妙な顔つきで語りだした。
「協力?」
「率直に言いますと、私は人違いで、あなたを殺してしまいました」
「あ、やっぱり?」
「随分物分かりがいいのですね」
まあ、今までのこの人の言動で、そんな気はしてたし。それに……。
「ま、あれ以上生きてても、何ができたかって話ですしね」
「は?」
母さんと妹が死んでから、俺はずっとそんな問いかけをしてきた。……俺自身に。
だってそうだろ?
人はあんなに簡単に死ぬ。今回だってそうだ。この女性……女神様かなんだろうか?
……の手違いで、どうやら俺は死んでしまった。こんなに簡単に失われる命に、どうして執着できる?
「だから、別に死んだところで、そこまで悲しくないというか――」
気付くと、俺は女性を俯瞰していた。あれ?
今まで地べたに座っていたはずなんだが。
首元を見てびっくり。どうやら俺は、女性に襟首を掴まれたまま、持ち上げられていた。
「ああ⁉
死んだところで悲しくない⁉
テメェ、命を管理するあたしの前で、何を言ったかわかってんのか⁉
あぁん⁉」
「え、えぇ⁉」
お前人違いで殺したんだよね⁉
お前が言えたこと⁉
いろいろ言いたいことはあるが、女性のキャラの急変に、俺の声は喉元でつっかえてしまった。
「いいか!
テメェは絶対に生き返らせる!
そのうえで、テメェに協力してほしいことはただ一つだ!」
「は、はあ」
「あたしはあたしのミスを隠ぺいするために、二か月間のうちに事務処理の裏をかく」
隠ぺい⁉
今隠ぺいって言ったよねこの人⁉
命を管理するって言ってたけど、命の管理者がそれでいいの⁉
「テメェの命は、天界に一時的に置いておく!
二か月間、お前には天使として生活してもらう!」
「ちょ、ちょっと待って、話が見えてこないんだけど!」
「わかったな!」
わかってない!
と言おうとしたはずなのに、俺の視界はそこでホワイトアウトした――。
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