第6話 【3分で読める912文字】
季節は移ってわずかに暖かくなった昇華(エアル)の頃。
コーヒー豆の入ったアルミバッグを開封する音。
皿とカトラリーが洗われ、ミキサーはバカ真面目に氷を砕き、床にかかるモップが歌った。
カウンター下に置かれた間抜け面の冷蔵庫にミルクピッチャーが入れられ、ブレンド飲料は相変わらず感覚がなくなるほど冷たく、客のざわめきはバニラと一緒に溶けていき、チップ用の瓶に入れられた硬貨が「チャリン」と一つ挨拶をした。
すると、ソーシオがロウソクのささったケーキを奥の角席に運んでいく。
その一区画だけ照明が弱められ、テーブルの上にはキャンドルが灯されていた。
ソーシオがケーキを置くと同時に空になったサンドイッチのカゴとコーヒーマグを片手で引き取り、カールしたままあまり減っていないバターの小皿をもう片方の手で掴む。
気恥ずかしそうにしている元軍人とそれを見て微笑んでいる牙獣族の女性が同じテーブルに向かい合って座っていた。
「こういうのは…… あんまり得意じゃないんだけど」
「でもあなたの誕生日でしょ? なら祝わなきゃ損よ」
「自分の誕生日を損か得で考えたことはなかったな」
「ウフフフ。この世界は損か得で考えれば、意外と楽しい一面も見えてくるものよ?」
「…………俺に幸せは似合わないよ」
「そうよね―― 最近あなた太ってきたからまずは痩せないとね。幸せは服と同じ。似合うように努力しないと」
「…………プフッ! アハハハハハハハ!」
例の件以来、二人が良く話すようになった。ジャンブが記憶している限り、最初に話しかけたのは亜人の女性の方からだったと思う。
「この前はありがとう」とか「あなたの言う通り医者は変えたわ」やら「あなたの切れ長の瞳って素敵よね。紫色彗星(ポイニークーン)の尻尾みたいに綺麗だと思うわ」なんて事を彼女の方から振っていたような気がする。
それに対して元軍人は「そう、ありがとう……」とか「俺の従兄は紫色彗星の流れる日に産まれたんだ」やら「だからそう言ってもらえると嬉しいよ」なんて返しで応えた。
きっと二人にとっては他愛のない会話だったのかもしれない。
「そっか…… 俺、まだ笑えるんだ」と、元軍人が呟くように言って微笑んだ。
それからさらに二か月が経った。
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